水枕ガバリと寒い海がある
算術の少年しのび泣けり夏
昇降機しづかに雷の夜を昇る
凍天を降り来て鉄の椅子に在り
広島や卵食う時口ひらく
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以上、西東三鬼(さいとうさんき)の俳句。代表作をうつしてみた。
…とかいって偉そうに。
俳句、まったくわかりません。知識もありません。
「水枕ガバリ」は、どこかで目にした覚えがあるが。
そんなトマス・ピンコさんが、なぜ俳人・三鬼の「神戸・続神戸」なんか
読んでしまったかというと、
出発点はコレ↓
「Uボート総覧」であったりする。
ドイチュ映画の「Uボート」にハマってた時代に
色々買った本の中の一冊。
これ一冊でUボートのすべてがわかるという優れものなんだが、
その中に…「グローバルシステム:1939~45年のUボート作戦図」
ってのがのってまして、
R(トマス注:作戦区域名称):日本
蓄電池補修と建造施設を含む小規模なUボート基地が神戸に設立された。
(デヴィッド・ミラー著、大日本絵画「Uボート総覧」126ページより)
とかなんとか書いてありまして、
神戸にドイツ軍の基地があったことがわかる。
第二次大戦中、ドイツと日本の間を、潜水艦が行き来して
人材とか資材とか、機密情報とかをやりとりしてた、ってのは、
西村京太郎「D機関情報」(映画にもなった)とか、
吉村昭「深海の使者」なんかで読んで知ってたんだが、
どっちも日本海軍のことを描いており、ドイツ側のことは
なんだかよくわからない。
え?神戸にUボート基地?
…と気になってはいたんだが、
「Uボート総覧」も、上に引用した、たった一行で片づけているんで、
さっぱり事情がわからないでいた。
ところが、意外なところから突破口が見つかることになった。
それがこの本、西東三鬼「神戸・続神戸」なわけです。
とかいって、三鬼のことをとやかく書ける能力がないんで
文庫のカバーの文章を写しときます。
“東京の何もかも”から脱出した“私”は、神戸のトーアロードにある朱色のハキダメホテルの住人となった。第二次世界大戦下の激動の時代に、神戸に実在した雑多な人種が集まる“国際ホテル”と、山手の異人館〈三鬼館〉での何とも不思議なペーソス溢れる人間模様を描く「神戸」「続神戸」。
…ですと。
なんかデカダンな雰囲気らしいじゃないのん?
じっさい読んでみて驚いた。超一級の短編小説群。
なぜこんな良いものをいままで知らないでいたのか?
Uボート目的で読んだんだが、そんなのどうでも良くなってしまった。
とはいえ、初志貫徹。
いちおうドイツ海軍関連のところをざっと引用してみる。
(国際ホテルに住む女たちに関して)
彼女等は、停泊中の、ドイツの潜水艦や貨物船の乗組員が持ち込んで来る、缶詰や黒パンを食って生きていた。しかし、そのホテルに下宿している女達は、ホテルの自分の部屋に男を連れ込む事は絶対にしなかった。そういう事は「だらしがない」といわれ、仲間の軽蔑を買うからである。
(講談社文芸文庫「神戸・続神戸・俳愚伝」10ページより)
ドイツ兵達は、豊富な食糧をかかえ込んで上陸し、ホテル住まいの淑女達を奪い去るのだから、マジット・エルバの強敵にちがいない。彼はドイツ水兵の身体に密着した上衣や、途方もないラッパズボンを批評して「オペラヘイタイ」と称して軽蔑していた。彼の説によれば、立派な兵隊は、桶の胴のような胸を持ち、おしゃべりであってはならないのだった。実際、ドイツ水兵は饒舌家揃いであった。
(同書15ページより)
その頃の港には、ドイツの巡洋艦と潜水艦が、脱出の航路をアメリカの潜水艦に看視されていて、出るに出られず、豊富な食料品のあるままに、成す事もなく停泊していた。多くの水兵達は、缶詰や黒パンを盗んで上陸し、それを代償にして女を買っていたが、彼等が、どこかオドオドした素人の葉子に眼をつけない筈はない。その葉子はまた、自らを売ろうと待ちかまえていたのだ。
(同書41ページより)
頼みというのは、この老人、およめさんがほしいのだという。話を聞いてみると、醜悪なこの老ドイツ人は、有馬にあるドイツ海軍倉庫の番人で、倉庫には潜水艦、巡洋艦の大食いの水兵が、五年間食っても食い切れないほどの食糧があるという。
(同書47ページより)
カナリヤはドイツ潜水艦の水兵が、空気のテストをするために艦内で飼っていたもの。
(同書57ページより)
ザッとこんな感じ。(ちょっと引用しきれない)
「有馬にドイツ海軍倉庫があった」とか
「Uボード内でカナリヤを飼っていた」とか、色々知識は得るが、
いや、それよりもこの、うーん…西東三鬼の描く神戸にやられる。
食欲、性欲…カネ、女、
ドイツ人だの、中国人だの、エジプト人だのが
欲望の赴くまま蠢きまわる。
その中心で彼らを観察する元歯科医、
今は軍需品関連の商売をしている「アンクル・サイトウ」
その一方で
大日本帝国も、ドイツ第三帝国も戦争やってるんですけど、ね。
巻末の小林恭二先生の解説もおもしろかった。
わたしはかつてとある文芸誌のアンケートで、戦後の短編ベスト3を選べと言われたとき、躊躇なく三鬼の『神戸』を選んだ。正確には短編ではなく短編連作であるが、どの一作をとっても短編ベスト3に入るだけの価値がある。わたしの個人的な位置づけでは、『神戸』は色川武大の『怪しい来客簿』や村上春樹の初期作品の魁となるべき小説である。
(同書272~274ページより)
なるほど、ムラカミハルキの遠いご先祖ねぇ~
ムラカミ何某は嫌いだが…
語り手のニヒリスティックな雰囲気。
「どこでもない」場の雰囲気。
いずれも「死」をまとわりつかせたキャラクター達。
なんかは似てるかもしれない。
ともかく、僕は、西東三鬼なるダンディな放浪者。
いろんな俳句を作って、
『神戸』なるすんばらしい短編を書いたオッサンが
この国に存在したのだな、と知っただけで収穫であった。
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もう一回最後に、繰り返しましょう。
んで、熱だしたときにでも、思い出しましょう。
水枕ガバリと寒い海がある