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小津安二郎「東京物語」のすべて その10

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その10です。

一体いつ終わるのか??


トマス・ピンコの野郎。

しきりに……

「空間論」「空間論」といいますが、

ちょいとわかりずらいかとおもいますので、

具体的にみてみようとおもいます。


そこで前回の最後に書きました――

・「晩春」は「行く」映画である。

・「東京物語」は「来る」映画である。

これを解説します。


まず、「晩春」のシナリオ……

これね。

妙に「行く」が多いんです。ちょいと目についたものだと、


S21

小野寺「ああ、やってるんだね春陽会――行ってみないか」

紀子「あたし、ミシンの針買いたいんだけど……」

小野寺「どこだい、行こう行こう」

S47

アヤ「いつ行くのよ、あんた」

紀子「行かないわよ」

アヤ「行っちゃいなさいよ早く」

紀子「いやよ」

アヤ「行っちゃえ行っちゃえ」

S71

周吉「もう行ってもらわないと、お父さんにしたって困るんだよ」

紀子「だけど、あたしが行っちゃったら、お父さんどうなさるの?」

周吉「お父さんはいいさ」

紀子「いいって」

周吉「どうにかなるさ」

紀子「それじゃあたし行けないわ」


はい。ここだけじゃないんです。代表的なものだけ抜き出してみました。

「行く」だらけ、です。

これは当然、原節ちゃんがお嫁に「行く」映画だからです。


なので、

「話者がA地点からB地点へ移動する」

という「空間論」を物語る動詞――「行く」が多用されるわけです。



一方「東京物語」……


S28

とみ「そう、わざわざ今日来てくれんでも……暫くおるんじゃもん……」

S35

周吉「ウーム……、とうとう来たのう……」

とみ「へえ――ここあ東京のどの辺りでしゃあ」

S39

志げ「いいわよ、どっちみち、うちへも来るわよ」

庫造「そしたら金車亭へでも案内するかな」

以上、前半はこんな感じ。

(敬語のいらっしゃる、というのも多い)

あとは……前回ご紹介した中盤あたりも……


S101

沼田「東京へ来りゃ、ええ息子さんや、娘さんがおるし……」

周吉「そりゃァ、あんたんとこでもそうじゃ」


S103

紀子「いいえ――でもほんとによく来て頂いて……もう来て頂けないかと思ってましたわ」


S106

志げ「変な人つれて来ちゃったの」

庫造「だれだい」


S111

とみ「へえ……でも、もう来られるかどうか……ひまもないじゃろうけど、あんたも一度尾道へも来てよ」

紀子「伺いたいですわ、もう少し近ければ」


「来る」「来る」「来る」……

これはもちろん、

「東京物語」が笠智衆&東山千栄子の老夫婦が東京へやって来た、

という映画だからです。


なので、

「話者の場に、ある人物が移動してくる」

という「空間論」を物語る動詞――「来る」が多用されるわけです。


さらに……

言わずもがななことを書けば……


・「行く」は性的絶頂を表現する動詞。

(そういう目でみると、「晩春」アヤちゃんの「行っちゃえ行っちゃえ」はそうとうにヤバイし、ラスト近く、笠智衆にキスをして「ええ行く、きっと行くわ」はこれまたヤバイ)

・「来る」は死を表現する動詞。(お迎えが来る)


さらにさらに……

小津&野田コンビは知っていたでしょうが、


・英語の go は「死ぬ」の意味。

・英語の come は「性的絶頂」の意味。


で、「行く」と「来る」――「死」と「生」(性?)は

交換可能なもの、けっきょく同一なものかもしれない?

という視点がなんか含まれていそうです。


□□□□□□□□


S112


前回ご紹介したところからみていきます。

東山千栄子が――

「これでもう、もしものことがあっても、わざわざ来て貰わあでも……ええけ……」

と「来る」=「死」の予感を語るシーン。




山村聰が

「これだと名古屋か岐阜あたりで夜が明けますかねえ」

といいます。


ここ。「淑女は何を忘れたか」の節子(桑野通子)の

S48

節子「うち明日のいま時分もう大阪や」

とか、

S49

時子「ねえ、節ちゃん、もうどの辺まで行ったでしょう」

小宮「さあ沼津あたりかな、いま頃はもう寝台でよく寝てるだろう」


を思い出したいところ。


引用、ですけど、

若くして亡くなった桑野通子のイメージとか、

空襲で破壊された戦前日本のイメージとか、「帝都」東京のイメージとか、

いろいろなものがシナリオの数行の中につめこまれていそうです。


桑野通子がみていた「東京」は、「東京物語」の「東京」とは

まるで別物のはずです。


S115

「大阪城の見える駅」という設定。

平山家の三男、大坂志郎登場。


この平山敬三役。

もともとは佐田啓二を考えていたらしい。

それもあってか??

大坂志郎は現場でかなりしごかれたようです。


 大坂志郎、玄関から上る。

「君は肩から歩くが、足が開き過ぎるぞ」小津の声がかかる。

大坂「そうか、間に合わなんだか、そうやと思うたんや」

小津「セリフが駄目だ」

 大阪のアクセントがどうしても関西弁にならない。

「少し溜息まじりで」注意されて、「そうか、間に合わなんだか、そうやと思うたんや」

 大阪、上気気味になって益々一本調子、小津、何回も辛抱強くやり直しをさせる。

(フィルムアート社「小津安二郎戦後語録集成」195ページより)


そういう目で見ると、大坂志郎、

毎ショット毎ショット、表情がものすごく固い気がする。



先輩「おお、お父ッさんおッ母さん来たんやて?」

敬三「ええ、えらいこってすわ。寄る筈やなかったやけど、汽車ン中でおふくろ、なんや具合悪うなってしもて……」


S116

「敬三の下宿」


とみ「――でも、思いがけのう大阪へもおりて、敬三にも会えたし、わずか十日ほどの間に子供らみんなに会えて……」


またまた登場、「思いがけず」=「うずまき」


背後の野球のユニフォームは敬三のものなんでしょう。


田中眞澄が……何の本だったか、

戦後まもなくの映画雑誌には

野球のユニフォーム姿の小津安二郎の写真がよく出てくる、

と書いてました。


小津安っさんその人も野球好き。


周吉「ウム――よう昔から、子供より孫の方が可愛いいうけど、お前、どうじゃった?」

とみ「お父さんは?」

周吉「やっぱり子供の方がええのう」


まーことさら可愛くなく描いてましたので、ムリもない。


これは「東京暮色」S23に受け継がれます。


沼田「よくねえ、昔から孫の方が可愛いなんて云いますけど、そんなもんですかねえ、お父さん、どうです? 僕ァそんなもんじゃないと思うんだけどな」



周吉「なかなか親の思うようにはいかないもんじゃ……慾云や切りゃにゃが、まァええ方じゃよ」

とみ「ええ方ですとも、よっぽどええ方でさあ。わたしらは幸せでさあ」


もちろん「麦秋」のラスト S144の引用。

周吉「ウーム……みんな、はなればなれになっちゃったけど……しかしまァ、あたしたちはいい方だよ……」

志げ「……いろんなことがあって……長い間……」

周吉「ウム……慾を言やア切りがないが……」



S118

平山医院です。


文子「満足なすったかしら」

幸一「そりゃ満足してるよ、方々見物もしたし、熱海へも行ったし……」

文子「そうねえ」

幸一「当分東京の話で持切りだろう」


これは「一人息子」の引用といいますか、

なんといいますか……


S101

杉子「おかあさん満足してお帰りになったかしら」

 二人、見合う。

良助(呟くように)「多分満足してはお帰りになるまいよ。――本当いうと俺はまだおッ母さんに東京へ来て貰いたくはなかったんだよ」


たいして孝行していない「東京物語」の夫婦が満足しきっていて、

一方、

けっこうがんばった「一人息子」の若い夫婦がなんだかがっかりしている。


S119

廊下の電話のベルが鳴りまして、

ひさしぶりに「砂時計形」「コカコーラ瓶形」の登場。


S120

志げ「尾道からよ、京子からなんだけど。おかしいのよ、お母さん危篤だっていうのよ。え? ええ、そうなの」


末娘が親の死を兄弟に伝える、というパターン。

「戸田家の兄妹」を思い出させます。


「戸田家」は、高峰三枝子が父の死を伝え、

「東京物語」は、香川京子が母の死を伝える。


S125


ついさっき「ハハキトク」の電報を受け取った山村聰が、

何事もなかったかのように

犬(おそらく)とじゃれあうショット。


ロングなので、なんだかよくわかりませんが。

(犬とか写らない)



次作「早春」で

高橋貞二がこれをやります。


「早春」はじっさいにワンちゃんが写る。


高橋貞二の場合、ふいに奥さんから妊娠の話をきいて、

その流れです。




S126

米山商事です。


三宅邦子から、原節ちゃんに電話が。


ぼんやりと歩く原節ちゃん。


↓↓んー、モダニズム絵画みたいな構図。


わたくし、こういうの好きです。

バルテュスあたりにこういう不思議な構図がありそうで……


胸元はもちろん聖なる数字「3」――



S129

平山医院。幸一と志げが話しあっています。


志げ「ちょいと兄さん――」

幸一「なんだい」

志げ「喪服どうなさる? 持ってく?」

幸一「ウーム……持ってった方がいいかもわからんな」

志げ「そうね、持ってきましょうよ。持ってって役に立たなきゃ、こんな結構なことないんだもん」


このあたり、「戸田家の兄妹」S18の吉川満子――


千鶴「ねえ、帰って来られないか分からないけど、もしかすると電話かけて、喪服持って来て貰うかも分らないわ――そんなことがあっちゃ大変だけど……」


を思い出させます。引用。


「持ってって役に立たなきゃ、こんな結構なことないんだもん」

ドナルド・リチー先生が、なんて気の利いたセリフか!

と驚嘆してましたが、


日本人のおばさんはこういう言い方、しますねー

もちろん、それをすくいあげて、シナリオに利用できた、

というのは小津&野田コンビの力量。



で、

杉村春子がいったん帰りかけて、また戻り、

でもけっきょく何もせず、帰ります。↓↓


小津安っさん、「晩春」のこれ↓↓ が、


よっぽど気に入ったようです。



S132

尾道の平山家です。

「昏々と眠っているとみの枕元で、周吉と京子が見守っている」


登場人物が「3」人

背後の石仏が「1」+「2」

という……


東山千栄子が危篤だということを考えると……深い……


香川京子はこれ一作きりですねー

小津安二郎、香川京子について、いわく……


人中に出られる時にね。実に大変洗いたての感じがして、大変まァ、ぼくは見染めたわけなんだ

(フィルムアート社「小津安二郎戦後語録集成」185ページより)



腕時計をみる、という仕草。

「麦秋」を思い出します。


S133

「京子の部屋」「京子、来て、前掛をとり、ちょっと身づくろいして出てゆく」


京子たんが白ソックスをはくところを丹念に撮る……

はっきりいって必要のない病的なシーン。

なんかエロいし……


覗き見めいた、異常さが、

端正な「小津調」の中におさめられると

ごく普通のものとしてみられてしまう。


けど、異常だ。靴下に妙にこだわるんだよなーー



S135

「路地」「京子、出かけてゆく」


オープニングのS5と同じ構図……




その11につづく。

次回でようやく「東京物語」おわりか??




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