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佐藤忠男「増補版 日本映画史Ⅰ」「増補版 日本映画史Ⅱ」感想

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佐藤忠男ジイさんをバカにするな!
とわたしは主張したい。

たしかにサヨク臭ぷんぷんで、批評方法も古臭いけど。
バカにしてはいけませんよ。このジイさんは。

僕が最近読んだ、
「日本映画史」ですが、
「岩波書店」+「佐藤忠男」ですので、
まーイヤァ~な予感がするわけですけど。

たぶん、アレなんだろうな。とおもうんですけど。

で、読んでみますと……
予想通り
「反戦」「労働運動」「下層労働者」を描いたつまらなそうな作品が
無条件に高評価をうけ、
(良心作、正しいテーマ、とか意味不明なコトバがでてくる)
ブルジョワなものは低評価。
(正しくない、のでしょうね)

「侵略」「戦争責任」「なんとか大虐殺」「戦場の狂気」とか
最近NHKもあんましいわなくなってきたコトバが頻出する。

戦時下の日本映画はのきなみ低評価。
また黒澤明の『一番美しく』(一九四四)では、レンズ工場で兵器としてのレンズを磨く作業に熱中する若い女性の姿がいちばん美しい姿として讃えられる。
(佐藤忠男著、岩波書店「増補版 日本映画史Ⅱ」51ページより)

クロサワとはなにか、を語るうえで、
ひょっとしたら一番重要な作品かもしれない傑作「一番美しく」は
「戦意高揚だからダメ」とたった二行で切り捨てられます。

あとは、まーいろいろダメな点があって、
例をあげると、

(トマス注:円谷英二の「赤道を越えて」という作品について)
この作品にはひとつ、歴史的資料としてたいへん貴重だと思われる点がある。この練習艦には、若い皇族の海軍将校が二人も同乗して任務についており、それで行く先々で日本人たちが集まって熱烈大歓迎をするのである。たぶん、皇族たちがいなくても、日本の軍艦は海外同胞たちに歓迎されたと思うが、それがもうじつに熱烈で、当時海外にあって孤立感を味わいながら頑張っていた日本人たちの、母国によせる想いの強さがそこでくっきりと分かるのである。
(佐藤忠男著、岩波書店「増補版 日本映画史Ⅰ」438ページより)

この短い一節だけでもダメポイントがたくさんあって、
①「海軍将校」という日本語は存在しない。(海軍士官です)
②さらにいうと、練習艦に乗るのは「少尉候補生」である。
③海軍、および練習艦隊の重要性がまるでわかっていない。

③の帝国海軍の練習艦隊についてフォローしておきますと、
私たちのころ、昭和六、七年時代は、日露戦争時代の旧式巡洋艦(磐手、浅間)で遠洋航海に出たが、「国際法規」によって定められているとおり、軍艦はその国の国土の延長であり、国を代表している。外国の港に入るたびに、その国の元首にたいして礼砲を交換し、表敬訪問使を送る。
(吉田俊男著、文春文庫「日本海軍のこころ」101ページより)

という感じです。
国家的行事といってよろしいでしょう。

昭和五年生まれの佐藤忠男先生、
太平洋戦争以前の日本における「海軍」の位置、というのを
もうちょっと勉強していただきたい。
あの……
「たぶん……歓迎されたとおもうが」とかじゃないんです……



ん、でも佐藤忠男はやっぱりすごいんだ。
サヨク忠男ジイさんをなめてはいけない。
――というのを以下主張していきたい。

忠男ジイさんの仕事というのはなにか?
一言でまとめると
「映画を民俗学の方法で分析するという無謀な試み」
だとおもう。
民俗学というとあれです。柳田國男とか折口信夫とかのあれ。
昔話とか、民具とか、風習とかを分析する、あれ。

具体的にみていきましょう。

江戸時代の日本には、技巧をこらした手作りの遊びが豊富にあった。そのひとつが影絵である。
(佐藤忠男著、岩波書店「増補版 日本映画史Ⅰ」3ページより)

しょっぱなの文章がこれなんである。
どうです? 民俗学してますでしょう?
で、影絵→写し絵→パノラマ→覗きからくり
と、民俗学っぽい解説がありまして、

一九四七年の小津安二郎の『長屋紳士録』の中には笠智衆がこれを歌ってきかせる名場面がある。
(同書5ページより)

と、このでっかい書物の一番最初に登場する監督名が
「小津安二郎」というのはトマス・ピンコを泣かせる。
と同時に「ははん、長屋紳士録は映画の根源への旅であったか」
などとおもったりもする。

で、トマス・ピンコらしく
小津関係を引用しますと、

一九二三(大正一二)年に小津安二郎という青年が撮影部の助手として蒲田に入ってきた。彼は裕福な家庭の息子だったが、中学時代にアメリカ映画のマニアになって勉強を怠り、上級学校の進学に失敗して、伝手をたどって撮影所にやってきたのだった。
(同書216ページより)
いかにも小説の主人公のような書き方でまた泣かせる。
(あ。ご存じのように、忠男ジイさんの代表作は「小津安二郎の芸術」です)

あとあとみていきますが、こういう主人公めいた扱いを受けているのは
もうひとり、黒澤明だけです。
(忠男ジイさん「黒澤明の世界」という著作もあり)
忠男ジイさんにとって、日本映画というのはオヅ&クロサワ
この二人につきるのかもしれない。

あ。あと、忠男ジイさんの書き方の特徴として、
「出身階層」「学歴」これを必ず書いていくのもなんか民俗学的几帳面さ。
(――んー、でもジイさん自身の学歴コンプレックスをみるべきか?)

ヘンリー小谷がハリウッドの映画監督術と称して松竹蒲田撮影所に伝えた俳優を操り人形のように動かす方法をいちばん極端に実行したのは一九二七年にデビューした小津安二郎だった。
(同書235ページより)
(トマス注、小津安二郎のことです)無声時代の一流監督でこれだけ多数の作品が保存されている人は他にいない。日活などは戦後に現像所の火災によって戦前のフィルムの大部分を失ってしまったのだが、おなじ松竹蒲田の同時代の五所平之助も、私によく、口惜しそうに語ったものである。僕や斎藤寅次郎君の作品はみんなヒットしてフィルムがボロボロになるまで商売に使われたから残っている作品は僅かしかないが、小津君の作品は評判は良かったけれども興行的にはいまひとつだったので、フィルムはきれいなままに残っているんだよ、と。
(同書239ページより)

どちらも小津に関して「なるほど」というところです。
・小津の方法論のルーツはヘンリー小谷。
・小津作品は売れないので後世に残った。

あと、忠男ジイさんのおもしろいところは、
当時の「常識」を後世に残す、というところです。
五所平之助の証言は、たぶん同時代の人には「常識」だったことでしょうが、
今の人間にはこういう感覚はつかみにくい。(五所作品なんてみたことない)

「常識」ほどどんどん消えて行くものです。
大事件、特別な出来事は書き残しますが、「常識」は書き残さない。
忠男ジイさんの仕事は民俗学なので、
こういう「常識」をきちんと書き残すのです。

 サイレントからトーキーへの転換の時期にハリウッドでは、既成の映画俳優や映画監督は使いものにならなくなるのではないかと考えられ、ニューヨークのブロードウェイの演劇界からたくさんの俳優や監督たちがハリウッドに招かれた。しかし日本ではそういう現象は生じなかった。はじめ、セリフのまずい俳優は没落すると心配されたが、田中絹代の下関なまりが案外愛嬌があっていいと受け容れられたのをはじめ、発声に極端なクセがあって初期の幼稚な録音装置ではしばしば聴きとれないことさえある大河内伝次郎が、むしろその異様なイントネーションが怪物的キャラクターにマッチして評判になり、声帯模写の芸人がいちばん喜んで真似る人物になった。
(同書331ページより)

はい。これも当時の「常識」
でも今の人間にとってはわからない感覚。



一九三三(昭和八)年に、トーキー専門の映画会社として出発したP・C・Lが、一九三六年に最初の助監督募集を行った。五〇〇人を越える応募者のなかから五人が採用されたが、会社の方針によって、東大出、京大出、慶大出、早大出が各一名で、もうひとりは京華商業出身でプロレタリア美術同盟に属して絵を描いていた黒澤明という青年だった。結局、のちに監督として成功したのは黒澤明ひとりだった。
(同書333ページより)

クロサワ登場。
小津に続き、ここも小説の主人公してます。
で。また大好きな学歴。
学歴のないヤツが東大卒に勝つ、という。

あと忠男ジイさんのいいところ。
むやみに人物の内面描写をしない、というところだとおもいます。
『自伝「蝦蟇の油」によると、~である』
とか書きたくなるところですが、ジイさんは書きません。

学歴・経歴、と履歴書風データをたんたんと書けばそれでよいのです。
このクールさは(忠男ジイさんに限らず)サヨク知識人の良い所でしょう。

日本映画の歴史の上で、もっとも対蹠的に違った作業のすすめ方をした両極端は小津安二郎と溝口健二である。
(同書370ページより)
小津の映画には、一糸乱れぬ整然とした秩序があった。いっぽう溝口の映画にはしばしば破綻があった。しかし成功した溝口の映画には比類ない力強さと燃えたぎるような美しさがあった。
(同書371ページより)
小津や溝口は、自分のねらいどおりのショットが得られるまで何十回でも撮影のやり直しをしたので、俳優たちは極端にあがり、また、その神経を苛立たせまいとして撮影現場では余計なもの音ひとつたてられないような緊張感がみなぎった。その逆に、撮影現場では俳優たちを意図的にリラックスさせるようにしたのが島津保次郎だった。
(同書372~373ページより)

ここらへんも「常識」でしょう。
「常識」をきっちり書き残す。これ大事。

2巻目もみていきましょう。
松竹大船の女優陣を列挙しております。

可憐でしかも明朗で芯の強そうな田中絹代、いつも不幸な運命に泣いて耐えているかのようなメロドラマのヒロイン専門の川崎弘子、美人薄命を絵に描いたような清純な乙女で実際に肺病で夭折した及川道子、とってもモダーンでしゃきっとした桑野通子、モダーンさに知的なスマートさがプラスされていた高杉早苗、エキゾチックな小妖精ふうの逢初夢子、白人との混血で本当にエキゾチックな井上雪子、明るくて堅実で育ちの良さそうな三宅邦子、良家のお嬢さんふうで大輪の花のようだった高峰三枝子、くったくのない爽やかな個性を持って小生意気な役にも重宝された木暮美千代、……(以下省略します)
(「増補版 日本映画史Ⅱ」14ページより)

ここも当時の常識。

僕個人のことをいうと、小津作品だけでなく、
清水宏とか島津保次郎とかにも目を向けた、最近になって
ようやくこういうことがわかってきたとおもいます。
ようするに、ですね。
現代の人がこれだけの情報を得るには、
相当の枚数のDVDをみて、で、はじめてわかる、というものなわけです。
でも、昭和初期の映画ファンには
こんなこと「常識」で、わざわざ書くまでもないことだったでしょう。

はい。感想、ちょっと長くなったので、
これで最後の引用にします。
この一節は、忠男ジイさんの良い所と
サイアクな部分が混在していて興味深い所です。

 黒澤明の作品では、その主人公たちは、しばしば周囲の人物たちから、あなたの独特な生き方はわれわれ平凡な人間には理解し難いと言われる。(中略)
彼らは誰とも連帯しようとせず、自分の生き方を自分できめ、自分だけの苦悩を自分ひとりで苦しむ。彼らは自分の生きる意味を自分で発見する人間であり、その極端に閉鎖的な態度自体、ふつうの人々からは異常に見える。おそらくそこには、日本人の大勢順応的傾向と呼ばれるものに反対しなければならないとする黒澤明が第二次大戦の経験から学んだ強い主張がこめられているのである。
 第二次大戦最末期の一九四四年に黒澤明は、彼の唯一の戦争協力映画『一番美しく』で、疑うことを知らずに夢中になって全員で兵器生産に働く少女たちの集団を描いた。それは大勢順応の極致とも言える姿だった。その否定は、一本や二本の作品でケリをつけられるものではなかったのである。

(同書264ページより)

良い所は、はじめの一文。
「黒澤は英雄の映画だ!」とスパッと歯切れよく描写してしまう。
このあたりさすが忠男ジイさん。

ただ後半あやしくなってくるのは――
忠男ジイさん自身の勝手な理論でものを歪めて語ってしまっている点で……
つまり
「戦争協力映画は皆愚作である」
という理論のことです。
つまり「戦争協力映画」=「戦争犯罪」=「侵略行為」
という理論のことです。
(僕自身は「戦争犯罪」というコトバの法的根拠に疑問をもっていますが、ま、それはおいておいて)

この理論を守るためになにもかもを歪めてしまっている忠男ジイさんがあわれです。
つまり……黒澤は太平洋戦争の苦い経験から、
誰とも連帯しようとせず、自分の生き方を自分できめ、自分だけの苦悩を自分ひとりで苦しむ
こういう人物を描くようになった、というのですが、
黒澤は、戦時中のデビュー作「姿三四郎」から一貫して
こういう英雄的な主人公を扱ってきたのであって、
戦争は関係ありません。

あと、「一番美しく」は、大勢順応の極致、というのですが、
これも……ご覧になった方ならお分かりなんですが、
「姿三四郎」同様の
誰とも連帯しようとせず、自分の生き方を自分できめ、自分だけの苦悩を自分ひとりで苦しむ 
こういうヒロインを描いているわけです。

さらにさらに……

その否定は、一本や二本の作品でケリをつけられるものではなかったのである。
黒澤は「一番美しく」を否定するために
戦後作品を作ったというのですが、
黒澤ファンならだれでもご存じのように、

「一番美しく」という作品は、小品ではあるが、私の一番可愛いい作品である。
(黒澤明著、岩波現代文庫「蝦蟇の油」259ページより)

と黒澤自身断言しており、
あこがれの入江たか子と一緒に仕事ができたし、
ヒロインの矢口陽子とのちのち結婚する、ということもあり、
「否定」などできるはずのない作品なのです。

□□□□□□□□
えー、というわけで、
ほめてほめて、で、最後けちょんけちょんにやっつけてしまいましたが

……
しかし、忠男ジイさん。
なんといいますか、やっぱり「映画に対する愛」というのは
この人が一番なんじゃないでしょうか?

そう。映画への愛が、やっぱり凡百の批評家と、
忠男ジイさんの違いなのでありましょう。

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