感想。
ようするに――
「大切なのはシステムだ」
などとおもいました。
キャラクターの魅力とか
誰も知らない分野に関する知識とか
サスペンスとか
考え抜かれたプロットとか
そんなのは実はどうでもよくて、
大切なのはシステム・仕組みだけだ、ということがようやくわかりました。
小栗虫太郎(1901~1946)
このように生年・没年を書いてしまうと――
わたくしなんぞはどうしても
小津安二郎(1903~1963)
おなじ1900年代生まれの彼のことを思ってしまいます。
かたや、
「システム」を捨て去って以降、駄作・珍作しか書けなくなった天才作家。
かたや、
頑固におのれの「システム・仕組み」を守りきり、
「僕はトウフ屋だからトウフしか作らない」
と言ってのけた映像作家。
全9巻なんですけど
1「紅殻駱駝の秘密」→つまらん。
2「完全犯罪」→最高。「青い鷺」大好き
3「黒死館殺人事件」→もう最高。どうにでもして。
4「二十世紀鉄仮面」→もう最高。小栗虫太郎あんたはトマス・ピンチョンのお師匠だったのか??
5「成吉思汗の後宮」→つまらん。
6「人外魔境」→もう、つまらん。
7「屍体七十五歩にて死す」→やけにつまらん。
8「航続海底二万哩」→つまらん。つまらん。あーなんでこんなの読んでんだろ。
9「成層圏魔城」→ああ、つまらんつまらん。やっと読み終わった。
おもしろいのは9巻中3巻だけ。
なぜこうなったか?
「黒死館殺人事件」を書いたあの男が、
なぜこの体たらくなのか?
――答えはたぶん、冒頭に述べました、「システム」にあるのだとおもいます。
ま。誰もがおわかりかとおもいます……「ヴァン・ダイン・システム」の採用です。
・ファイロ・ヴァンス(探偵)→法水麟太郎
・ジョン・F・X・マーカム(検事)→支倉検事
・アーネスト・ヒース(刑事)→熊城捜査局長
この三角形の採用です。
ま。このことは小栗自身が法水の口を借りてこのように書いてますが……
ヴァンダインは、如何に因数(ファクター)を決定する事が、切実な問題であるか教えているんだ。だからさ。何より差し当っての急務と云うのが、それだ。因数だ――さしずめその幾つかを、このモヤモヤした疑問の中から摘出するにあるんだよ
(沖積舎、小栗虫太郎全作品③「黒死館殺人事件」54ページより)
ところが、「黒死館殺人事件」のたった二年後、
「二十世紀鉄仮面」で、このヴァン・ダイン・システムをみずからぶっこわしてしまう。
冒頭のシーンが支倉、熊城との別れ、というのがすさまじい。
「いよいよ、二人を失って、この法水も、街頭に立たねばならぬか。もともと私立探偵は、公けの機関で認められているものではない。この二人がいたからこそ、これまで司法権と、腐れ縁を続けて来たのだ」
(沖積舎、小栗虫太郎全作品④「二十世紀鉄仮面」11ページより)
「それでは、此処で別れることにしよう。お名残惜しいが、公式に君たちと手をつなぐのも、今夜限りだよ」
(同書12ページより)
そして……二人と別れた法水の前にあらわれるのが……
最初の三字は、どうやら、VANとも判読出来るが、さて、終りのWには、一体何の意味があるのであろうか。
「フウム、VANWか」
(同書14ページより)
「ヴァン・ダイン」のVAN であるのは興味深いところです。
(作中ではファン・ワルドウ号という船につながるので、もちろんヴァン・ダインとは関係ないのですが……)
で、「二十世紀鉄仮面」でヴァン・ダイン・システムを
放棄して以降、
小栗虫太郎はダメダメになっていく。
その過程がこの全集を読むとほんとによくわかります。
「システム」なしの情報の羅列。
ほんとつまらない。
ではなぜ大切な「システム」を捨てたのか?
――さあ、わかりません。
推測するに……
①所詮アメリカの作家の借り物のシステムにすぎんじゃないか、とイヤになった。
②とにかく家族を養っていかなきゃならんので、(あと、いろいろ遊びたいし)作品の質とかどうでもよくなってしまった。
③システムの重要性を理解していなかった。
④として、時節柄、探偵小説が書けなくなってきた。
というのを当然思い浮かべるところですが……
だったら横溝正史はどうなんだ? というところです。
戦後「本陣殺人事件」で華々しく「金田一耕助」をデビューさせた
横溝正史(1902~1981)は、
やっぱり1900年代生まれだったりする。
(小栗に比べると失礼ながら格下のような気もしますけど……)
④は言い訳にすぎんとおもいますよ。はい。
僕なりにおもうことは……
たぶん、ですけど、
小栗虫太郎、自分のヴァン・ダイン・システムの独創性に
気づいてなかったのかもしれない。
んーというか、「小栗・システム」というべきか?
「ヴァン・ダイン・システム」は上記のように……
・ファイロ・ヴァンス(探偵)
・ジョン・F・X・マーカム(検事)
・アーネスト・ヒース(刑事)
この三角形なんですわ。
ところが、「小栗システム」は……「黒死館殺人事件」で明らかなように
・法水麟太郎(探偵)
・支倉検事
・熊城捜査局長
+
・紙谷伸子(美しき殺人者」
この四角形なのです。
あるいは「聖アレキセイ寺院の惨劇」であれば
最後の一項目は
・ジナイーダ(美しき殺人者)
となるし、
「潜航艇「鷹の城」」であれば、
・ウルリーケ&朝枝
となる。
とにかく四角形です。
ヴァン・ダインにおいて、女性キャラはなるほど登場しますけど、
「グリーン家」のアダにしろ、
「僧正」のベルにしろ、
やっぱし影が薄い。
(というか、ファイロ・ヴァンスってホモっぽくないか?)
「黒死館」の伸子のように――
もう私には、自分が犯人でないと主張するのが厭になりました
(沖積舎、小栗虫太郎全作品③「黒死館殺人事件」187ページより)
こんな魅力的なセリフはヴァン・ダインのヒロインたちには
無縁なわけです。
さらにいうと、「黒死館殺人事件」全体が
法水麟太郎と紙谷伸子の恋愛物語とも読めるわけで……
――あーなにが言いたいんだろうか?
ようするに小栗虫太郎君には
小津安二郎のようにシステム・スタイルを大切にして書いてもらいたかった。
あと、3,4作は「黒死館」レベルの作品が生みだせたはず。
などとおもうのであります。