NASCARが楽しくてしょうがない。
なのだが、情報が少なくて困る。
F1なんかだと、本屋さんへ行けば雑誌があり、
関連サイトもいくつかある。
NASCAR だと情報を得るには現地のサイトを見るより他ない。
英語は読めますよ、英語は。
ネットに使われているレベルの英語は。
でも問題は 「日テレG+」のNASCAR放送が一週遅れなこと。
だから現地サイトをみてしまうと、
来週放送のレースの結果がわかってしまう。
一度これをやってしまって
(たしかデイル・アーンハート・ジュニアがタラデガ勝ったとき)
涙をのんだことがある。
結果がわかっているレースを見るほどつまらないものはない。
わたくし、
NFL(アメフト)も「日テレG+」でみるのだが、
NFLの場合、オードリーのやってる「NFL倶楽部」とかいうのがあったりして、
情報はまあまあ充実している。
NASCARもそういかないものか。
……いかないだろうな。
たぶん、1:24のミニカーとか買っちゃったのは、
情報不足のせいだ!!
ロガーノのクルマ買ってしまった!!
(↓Joey Logano #22 Pennzoil Platinum 2015 Fusion 1:24 LIONEL社製 箱はこんな感じです)
今年の3/30の記事に
F1とNASCARの違いを書きました。
それを繰り返しますと――
・クルマは市販車ベース。(いわゆるフォーミュラカーではない。ただしエンジンは700馬力)
・エンジンメーカーはシボレー、フォード、トヨタ
・エンジン音がめちゃくちゃ派手。
・ほぼ毎週やってる。
・会場はアメリカ国内だけ(たぶん)
・レース場はオーバルコース(楕円形)
・なので観客はレース場内で起きる出来事をすべて目撃することができる。
・クルマを容赦なくぶつけあう。接触はあたりまえ。
(F1でそれをやるとクルマがすぐに壊れる)
・順位が目まぐるしく変わる。
・イエローフラッグがやたら多い。
・↑に関連するのだが、勝者がさいごのさいごまでわからない。
・大クラッシュが「ビッグワン」とかいってレースの見せ場のひとつになっている。(F1はクラッシュはあんまりない)
・レース後、ドライバー同士の殴り合い、どつきあいもたまにある。
・表彰式、シャンパンは出てこない。コーラとかスポーツ飲料を飲む。
・レーシングクイーンみたいなセクシー系のおねえさんは出てこない。
今、
これに書き加えることは――
・たまにロードコースもある。あと三角形のコースもある。
・ドライバーが各人 個性豊か。
というのがありますかね。
あと細かいことで言うと、
スポンサーはチームにつくのではなく、
ドライバーそれぞれにつくようです。
なので今、ミニカーを紹介している、ジョーイ・ロガーノだと、
シェルだのペンゾイルだのコカコーラだのがスポンサーについている。
(優勝インタビューの時はこれ見よがしにコカコーラを飲む)
ジョーイ・ロガーノはペンスキーというチームにいるんですが、
チーム・ペンスキー自体にシェルのスポンサーがついているのではない。
(よね??)
ペンスキーは2台体制で
ブラッド・ケセロウスキー
ジョーイ・ロガーノ
の二人の若いドライバーなのですが、
ケセロウスキーは、ビールのMiller Lite がスポンサーなので、
おなじチームなのにクルマの色が全然ちがう。
ここらへん見始まった時に戸惑った点です。
F1の場合、フェラーリにしろ、マクラーレンにしろ、
どのチームも、
同じチームのクルマはほぼ同色のカラーリングです。
あ。あと、冠スポンサーがレースごとにかわるという現象もあって、
スーパースター、デイル・アーンハート・ジュニアの場合。
普段はNationwide なのだが、(保険会社?)
マウンテンデュー(炭酸飲料)だったり、
あと、マイクロソフトの Windows10 がでかでか車体に描かれてたりもした。
クルマのカラーリングがころころ変わります。
F1ではありえない話。
(↓トミカと 大きさの比較)
(↓トラックバーを調節する……なんていうんだ? レンチを挿しこむ口まで再現されています)
(↓凝ってます)
どうも……
F1というのは、FIAと巨大自動車会社のエゴの産物のような気がします。
なので、現状、メルセデスとルイス・ハミルトンが図抜けている、
というすこぶるおもしろくない状況を、
どうあっても変えようとはしません。
「観客視点」というのが皆無、だからです。
その点、NASCARは、すがすがしいほどに
「観客視点」です。
たしかにシボレー(GM)、フォード、トヨタがからんでいますけど、
エンジンは、鋳鉄のブロックかなにかでつくったOHVエンジン、という、
時代錯誤もいいところのエンジンで――
だから、さいきんトヨタ、NASCARで調子いいんですけど、
「NASCARで培ったテクノロジーを市販車の開発に活かし……」
なんてことは
ぜったいにトヨタはいわない。
なぜなら NASCAR以外では何の役にも立たないエンジンだからです。
市販車にはまったく応用ができないローテクエンジン。
F1ではポール・トゥ・ウィンが多いですが、
だいたい予選の結果が本戦に反映されますが――
NASCARは予選はけっこうどうでもいい感じ。
予選用の「一発勝負」のセッティング
本戦用の「長丁場用」のセッティング
これがまったく違うクルマのようで……
ま、とにかく誰が勝つかがまったくわからない。
レギュレーションも、
とにかく「観客視点」でどんどん変えていくようです。
(NFLもこの点、この姿勢は同じ)
F1は今年の勝者は
ハミルトン、ロズベルグ、ベッテル、たしかこの3人だけだとおもいますが、
NASCARは、えーと何人だろう??
JJ、デイル・ジュニア、ロガーノ、ケセロウスキー、ハーヴィック、カート・ブッシュ、カイル・ブッシュ、エドワーズ、ハムリン、ケンゼス……
たぶんこの10人だとおもう。
勝者はばらけるのです。
一番人気のドライバーは
デイル・アーンハート・ジュニアという人で、
この人の存在は 米国のクルマ番組の Fast & Loud で知ったのですが、
とにかくスーパースターのようです。
デイル・ジュニアの人気について、解説の人は……
・人柄が謙虚なこと。
・容貌も武骨で気取っていないこと。
・レース場でも謙虚なこと。そのくせ、度胸があること。
・他人の攻撃をしないこと。
等々、いってますが、
それはなるほど、そうなんですけど――
(タラデガだっけ? 久しぶりに勝って、このデイル・ジュニアはポロッと涙をこぼしてみたり、インタビューはなんかしどろもどろだったし……とにかくめちゃくちゃいい奴!! なのである)
なんかこの人をみるたびに山口昌男理論を
思い出してしまうのはどうしたわけか。
とくに彼の好きな「悲運の王子」というパターン――
悲運の皇子は、日本の王権・天皇制がその政治・祭式構造の張力を支えるための、宇宙論的に不可欠といってよい構成部分であった。
(山口昌男著、岩波現代文庫「天皇制の文化人類学」95ページより)
たしかにトロツキーは父レーニンの傍らにあって革命の貴公子の風貌充分という聖痕を帯びていた。あらゆる意味で群を抜いた知性と才能の煌めき、風貌と挙動のダイナミックな演劇性、西欧的教養、ユダヤ起源、孤立、軍事指導者、世俗性からの隔離、永久革命の理論等々……のすべての点において彼は時代から屹立していた。それに加えて政治的かけひきにおける「聖なる白痴」ともまごう無垢な無能さも、彼のおそらくは聖痕の一部であった。
(山口昌男著、中央公論社「歴史・祝祭・神話」179ページより)
デイル・ジュニアの父、デイル・シニアは、
やっぱりNASCARドライバーで、
山口昌男風にいえば、NASCARの「王」だった。
デイル・ジュニアは生まれた瞬間に「王子」だったわけ。
それが「悲劇の王子」に昇格するのは、
2001年、デイトナでのデイル・シニア――つまり「王」の事故死の瞬間。
なんかくわしいことはわかりませんが、
デイル・ジュニア、王子を勝たせようとして、なんか死んでしまったらしい。
(ちなみに、デイトナ、という場所はアメリカのレーサーにとって聖地のような場所である。F1におけるシルバーストーン、モンツァあるいはスパのような)
そんな「悲劇の王子」が、
絵に描いたような「正義の味方」キャラで――
それに加えて、マスコミ関係に対する対応が……
なんかシャイで不慣れな感じがするあたり……
山口昌男のいう「聖なる白痴」の感じがする。
ただここまで完璧に「悲運な王子」していると――
アーンハート王朝の二代目の王、
デイル・アーンハート・ジュニアなる男。
この人もまた、親父同様、事故死してしまうんじゃないか、などと、
時速200マイルでこの人がコーナーに突っ込んでいくたびに
なんかヒヤヒヤしてしまう……
んー……
しかし、NFLにしろ、NASCARにしろ、
僕が好きなアメリカ産のスポーツは、まったく日本では流行りませんなー……
一度見に行きてぇなーー