八犬士=八卦の化身。
これが判明したところで、いろいろな謎を解くことができます。
まず、「南総里見八犬伝」最大(?)の謎、
仮少女・旦開野(にせをとめ・あさけの)こと犬阪毛野様が
犬田小文吾君をたぶらかした一件につきまして――
(岩波文庫の3巻目です)
あっさり解答してしまおうとおもいます。
ご存じない方のためにあらすじをザザッとみると――
犬阪毛野たん、というお方は
親の仇を討つために 女装して女田楽の一員として活動しており、
ま、華麗な踊り子さんとして 仇の屋敷に侵入するわけです。
そこで、その屋敷に軟禁されていた犬田小文吾と会い、
いろいろあって……
毛野(♂)「あん。どうせかなわない恋ならば いっそ殺して!!」
小文吾(♂)「む。そんなこといわれたって」
毛野(♂)「あなたの脱出を手伝ってあげるわ! 命なんか惜しくないの!」
小文吾(♂)「む。そこまでいってくださるのか。脱出後はオレたち結婚しよう!」
などという会話をかわす仲になっちまうのですが……
(江戸時代の小説すさまじい……)
よくよく考えてみると、この部分、
腐女子向けサービス
以外の必然はまったくない。
わけです。
生真面目な曲亭馬琴先生、
読者さえ容赦なく叱りつける高慢ちきな馬琴様が……
そんな涙ぐましい理由でこの華麗なシーンを描くものだろうか??
「先生先生、ここはひとつBL要素をもりこんでくださいまし」
とかほざく編集者が江戸時代にいたともおもえんし……
この謎を五行説で解いていこうとおもいます。
まずご理解いただきたいのは 五行説の基本中の基本、
相生・相剋の理論です。
この理論は「八犬伝」理解のための基本理論ですので、
必ず暗記しなければなりません。
まず
「相生」(そうじょう・相性がいい関係)
・木生火→「木」は「火」を生じる
・火生土→「火」は「土」を生じる
・土生金→「土」は「金」を生じる
・金生水→「金」は「水」を生じる
・水生木→「水」は「木」を生じる
「暗記せよ」などと書きましたが、どれも常識的なことをいっております。
木から火がうまれ
火から土(灰)がうまれ
土から金(鉱物)がうまれ
金から水(結露)がうまれ
水から木(植物)がうまれ
という具合。金生水だけがわかりにくいですが。
ま~古代中国では青銅器の器に液体を入れていた、ということもあるかもしれない。
おつぎ。
「相剋」(そうこく・相性が悪い関係)
・木剋土→「木」は「土」を剋す
・土剋水→「土」は「水」を剋す
・水剋火→「水」は「火」を剋す
・火剋金→「火」は「金」を剋す
・金剋木→「金」は「木」を剋す
これまた単純なことをいっております。
木は土を剋し(木が土を傷めつける)
土は水を剋し(土嚢・堤防で水をせきとめたりする)
水は火を剋し(水で火を消す)
火は金を剋し(火で金属を柔らかくする、溶かす)
金は木を剋し(斧などで木を伐採する)
はい。ではこの相生・相剋の理論を「八犬伝」に応用すればよいわけです。
すると
・犬阪毛野(一白水星)=水気
ですので、
相性がいいのは、
・犬山道節(六白金星)=金気
・犬川荘介(七赤金星)=金気
・犬江親兵衛(三碧木星)=木気
・犬塚信乃(四緑木星)=木気
この4人になります。
逆に相性が悪いのは、
・犬田小文吾(八白土星)→土気
・犬飼現八(二黒土星)→土気
・犬村大角(九紫火星)→火気
この3人になります。
つまり、
犬阪毛野(一白水星)と犬田小文吾(八白土星)は
相性が最悪。
ということになります。
じゃ、なんで馬琴先生は こんな最悪の組み合わせの二人の出会いを書いてしまったのか?
8人も主要人物がいるのですから、
別の出会いを書いてもよかったはず。です。
しかし……あくまでドマジメ、生真面目な、馬琴先生。たぶんプロットを練る時に ↑の九星図を使ったのではあるまいか??
つまり、
・乾・犬山道節(六白金星)=金気
・兌・犬川荘介(七赤金星)=金気
(金気同士で相性がいい)
・坤・犬飼現八(二黒土星)=土気
・離・犬村大角(九紫火星)=火気
(火生土で相性がいい)
・巽・犬塚信乃(四緑木星)=木気
・震・犬江親兵衛(三碧木星)=木気
(木気同士で相性がいい)
・艮・犬田小文吾(八白土星)=土気
・坎・犬阪毛野(一白水星)=水気
(土剋水で相性最悪……)
この4つの組み合わせは必ず書かなければならなかったわけです。
□□□□□□□□
もとい、
毛野と小文吾の出会いのシーンをこまかくみていきましょう。
テキストは岩波文庫「南総里見八犬伝(三)」です。
ざっとあらすじ。
荒芽山で五犬士が集結したのですが、
管領・定正の軍勢に攻められ、五犬士は散り散りに……
犬田小文吾はいろいろありまして、
馬加常武(まくわり・つねたけ)という悪いやつに軟禁されてしまいます。
その屋敷へ冒頭説明しましたが、馬加を仇と狙っている
女田楽・旦開野(あさけの)こと、犬阪毛野様が乗り込んでくる、というわけです。
以下、
成金エロじじいの馬加が 今ちまたで評判のロリータアイドル 旦開野たんを呼んで
小文吾にみせびらかす、という そんなシーンです。
当下いと艶妖なる少女の、年は二八ばかりなるが、搨箔縫箔したる、六尺袖の表衣に、雑色の下襲して、炷籠たる奇南の香も、えならぬまでに、今の世にはいとめづらかなる帯の襅めきて、幅広きを、竪ざまに、締なしたる、腰は風に靡く柳の如く、姿は独立る花に似たり。色好みなる心もて今これを見たらんには、魂忽地天外に飛て、この君の為には、命も惜からずと思ふめれど、小文吾は性として、声色を嗜ざれば、目前に出て来ぬる、この少女をよくも見ず、こゝろの中には爪弾して、あらずもがなと思ひけり。
(岩波文庫「南総里見八犬伝(三)」300ページより)
16歳の美少女、あでやかな衣装、なんなの、このいい匂いは……
ため息がでそうな名文ですが……
このシーン。
旦開野嬢……もとい毛野様の心理を追ってみますと……
「やった。馬加の屋敷に乗り込んだぞ」
↓
「よし。ロリコン馬加たぶらかし作戦完了。
今晩中にも馬加一家皆殺しにしてやる。わくわく」
↓
「え……まって、
なに、あの大男(小文吾のこと)。
新入りの用心棒???」
↓
「しかも……土気??
こいつ、八白土星??」
↓
「や、やばい……
お、犯されるぅぅ……」
(土剋水、小文吾・剋・毛野なので……)
旦開野嬢の心中はこんな感じだったはずです。
華麗に踊ってますが、心中おだやかではない。
が、
ここで重要なのは 小文吾君の中二男子っぽい反応です。
「少女をよく見もしないで、心の中で チッとおもっていた」
トマス的に……というか、五行的にみると、これが最重要ポイントです。
「ん。まてよ。
お、犯されるぅぅ……
――とか、おもったけど、
このデカぶつ(小文吾)、案外ウブじゃん。
あたし(絶世の美少女)とろくろく目も合わせないでやんの」
↓
「この新入り、ひょっとして中二レベル??」
↓
「よし。たぶらかしてやれ」
この短い一説に隠されているのは、以上のような「土気」と「水気」の戦いです。
本来ならば「水気」は「土気」に勝てるはずはないのですが、
その「土気」が案外ウブで、色仕掛けに弱い、ということを
お利口な毛野様は見抜いてしまった。わけです。
なので、以下に続く かんざし攻撃。ラブレター作戦(和歌を送る)は
苦手な土気(小文吾)のパワーを弱めようという作戦。
さらに小文吾を狙った馬加側の刺客を かんざし手裏剣で殺す、という強烈なシーンもありまして
冒頭紹介しましたラブシーンへとなだれこみます。
「その疑ひは理りながら、嚮にわらはが打かけて、おん身の仇を撃留たる、花釵児を見給ふても、心は大かたしられもせんに、物いはぬとて相見たる、夏野の男女郎花、結ぶは露の玉櫛笥、ふたゝびこゝにあはんとて、神をかけ樋に流したる、木の葉に示せし水茎の、深き思ひを今さらに、知らず皃なる薄情、とても愜はぬ恋ならば、切ておん身の手にかゝりて、死んとまでに覚期して、来つるを不便と見給はずや。心つよし。」と怨ずれば、・・・
(同書313ページより)
「あん。どうせかなわない恋ならば いっそ殺して!!」
で締めくくられる
旦開野嬢(毛野様)の名セリフですが……
注意深い読者ならば。このセリフが「水気」だらけなのを見抜くことでしょう。
「露の玉櫛笥」「樋に流したる」「水茎」
びしょびしょの「水気」だらけのセリフで 「土気」小文吾を圧倒します。
これで苦手な「土気」を完全に弱めた毛野は
馬加一家虐殺作戦を実行にうつすわけです。
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これだけだと、論理が強引なような気もしますので、
一点だけ補足。
それは
毛野の仇、「馬加」という名前。
これも馬琴先生のこまかい計算がうかがえます。
なぜなら、
馬=午=火気
だからです。
お昼の十二時を「正午」といいます。
火気の一番盛んな時間なので 「馬・午」の時間なのです。
あるいは
一年で一番火気が盛んな真夏は六月(旧暦です)
六月は 午の月なのです。(一月・寅 二月・卯 三月・辰……六月・午となります。これも旧暦)
ようするに馬は火気の動物。
つまり、
水剋火……
犬阪毛野(水気)・剋・馬加常武(火気)
という裏のイメージがあるわけです。
もう、名前からして、毛野に一家皆殺しにされるしかない運命だったわけです。
馬加さんの敗因は
トマス・ピンコのブログをきちんと読んでいなかったから。
ということになります。