オタッキーな本です。
でも――
一言でいって名著です。
それもじわじわと効いてくるタイプの名著。
自分の中では――あくまで個人的なはなしですが――
マーシャル・マクルーハン「グーテンベルクの銀河系」
クロード・レヴィ・ストロース「野生の思考」
エーリッヒ・アウエルバッハ「ミメーシス」
みたいな……
モノの見方がガラッと変わる本という気がします。
「戦争」への見方がガラッとかわります。
(あ。↑の3つの本は戦争の本じゃないです)
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なのですが、はなはだ「名著」らしからぬ ダサい表紙なのだよな。
銀河出版というきいたことない出版社の本。
1997年7月25日初版
なんですか、この色彩センスは……
「600機の1/72模型による世界初の立体的比較!
並べてみりゃ分る 第二次大戦の空軍戦力」
斎藤幸雄さんという長野のオジサンが作りためた たっくさんの1/72サイズの ヒコーキを目の前に
宗像和広 三貴雅智 小松直之 兵頭二十八
という四人のオジサンがグタグタ オタッキーなことを語り合うという内容です。
兵頭先生は、まあ、今そこそこのビッグネームになりましたが、
あとの三人はよく知らない。(有名人だったら申し訳なし)
ただ、宗像和広という人は この本をみてもらえばわかるが すごい人だったんだろうなとおもえます。
残念ながら若くして亡くなったようですが。
以下、感想。
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感想① 企画倒れ
何度となく読み返している本なのですが、
(なんか時間が空いた時に読むのにちょうどいいんですよね)
正直なところ 初読の感想は
「期待外れ……」
というものでした。
というのも 「並べてみりゃ分る」というのに
ヒコーキのプラモの写真が小さく、
そして撮り方が下手くそなのか? どうにも比較したいポイントがはっきりしない。
(オレに撮らせろというくらい下手くそな気がする……)
この企画を成立させるには
一ページまるまる写真にあてるべきだとおもうのですが、
その予算がなかったのか? 印刷上のなにか問題があるのか?
とにかく写真が小さく なにがなんだかわからん という企画倒れ。
あと図面はやっぱしあったほうがいいな。などともおもう。
宗像 飛燕はメッサ―のマネだという俗説、あれは、側面図で比較するから勘違いをするのです。側面図で比較していいのは戦艦だけ。戦艦は、片舷砲戦力を比べてみる必要があるでしょう。でも、飛行機はまず上面図で翼面荷重を比較しないと、根本的な性格把握を誤る。側面図はヒコーキ本には無用なんです。むしろ有害。
(銀河出版「並べてみりゃ分る 第二次大戦の空軍戦力」85ページより)
などと宗像先生がおっしゃっているのだから 上面図的に撮るべきだろうに
そういうこともしないのが謎。
まあ、あと欠点をあげるとすると……
章のタイトルが
「イリューシン4と一式陸攻」とか「イタリアの液冷戦闘機とMe109」
とかいう具合なので ある程度のヒコーキ知識がない方にはチンプンカンプンな内容だとおもいます。
ただMe109(ドイツの戦闘機 メッサーシュミットBf109ともいうからややこしい)
などと聞いて燃え上がっちゃうような人は必読です。
感想②オタクによるオタクの「戦争論」
まあ、第二次世界大戦を語っているわけですが、
ガンダムファンがモビルスーツについていろいろ語る、あのノリでヒコーキを語る。
そうおもっていただいてよろしいでしょう。
小松 専用軽量機をあやつる天才的学童パイロット……ってそれ日本のロボットアニメじゃないですか‼ やっぱりあれは戦中の日本より悲惨な話だったのか‼
兵頭 あの「させるかーっ」というセリフを誰が最初に使ったのか、私は知りたい。
(同書105ページより)
とはもちろん 機動戦士ガンダムのはなし。
あと、
三貴 ドイツの技術は世界一ィィィィィィ!
(同書118ページより)
これはもちろんジョジョですね。
小松 爆撃機は逃げようにも逃げられないところがあるから、そういう戦場でもカモでしょう。傭兵空軍向きじゃないから、昔あった傭兵航空マンガも戦闘機が主役ですね。
(同書13ページより)
これは「エリア88」
しかし、考えてみると
のちに成立する兵頭先生の「軍学」というのは
オタクによるオタクの戦争論であったな、などとおもうわけです。
余計なイデオロギーも 余計な神話もなく、
純粋に機械・マシーンを考察することで浮かび上がってくる真実というものがあるはず。
自動車評論家の福野礼一郎先生のスタイルにもなんか似てます。
福野先生ファンは読んだ方がいいかも。
感想③「1000馬力エンジン」搭載機
38ページからはじまる「「1000馬力エンジン」搭載機」なる章。
これがたぶんこの本の中心であり、白眉だとおもいます。
トマスの勝手な理解だと
液冷1000馬力エンジンがまともに作れないのだったら
大日本帝国はアメリカと戦争するべきではなかった。
もしくは
アメリカと戦争したいのならば
液冷1000馬力エンジンの開発・生産に全力を注ぐべきで
役立たずの戦艦大和だの 零戦の空冷エンジンだのの生産にかまけているべきではなかった。
むしろ液冷エンジンの飛燕に全力を注ぐべきだった。
ということだとおもいます。あくまでトマスの勝手な解釈です。
小松 並べてみて気が付いたのは、結局オリジナルの発動機を造れたのは、米、英、独、仏。そこまでで、終りなんです。
兵頭 これは、気付きませんでした。
(↑トマス注:これはアヤシイとおもう。会話をもりあげるために兵頭先生いってる)
小松 日本も液冷は昔から外国製品、空冷もあの誉とていわばワスプの子孫で、1000馬力級でも独自のものを造れたとは言い難い。私はイタリアのエンジンはまったく分からないんですけど、ダイムラーベンツのエンジンをイタリアでも使いましたよね。東欧の機体には、フランスのエンジンを積んでるのが一番多かった。イスパノか、空冷のノーム・ローン。
兵頭 そうか、イスパノスイザはフランスの会社か。私はスペインとスイスの合弁工作機械メーカーかと思っていましたよ。
(↑トマス注:これもわざと道化てる気が)
宗像 イタリアもコピーだよね、イスパノスイザの。空冷はイギリスのジュピターを使っていた。
兵頭 私は漫然と、空冷1500馬力、液冷1000馬力までは、どこの国でもまともな戦闘機エンジンを作れたのだと総括してましたが、それじゃ、オリジナルということになれば、1000馬力でも後進国には設計できないものですか。ソ連も、コピーを使っていたんですね。
(同書38ページより)
小松 結局、第一次大戦で飛行機を飛ばした独仏英米だけが、よそのを使わずに1000馬力エンジンをつくれたのは、どうしてなんでしょう。
兵頭 それは精密な工作機械が作れた国、と言い替えたらいい。そもそも精密加工はマスケット銃の互換可能な引金メカを量産しようとして18世紀のフランスで始まり、ついで南北戦争時のアメリカ、さらにドイツと波及していった技術です。プラット&ホイットニー社も初めは小銃の工作機械メーカーだった。明治政府は三八式歩兵銃を量産するためにこの会社に製造ラインを発注しています。だから、機関銃がすぐジャムるような国は、航空エンジンを作っても、やっぱり油漏れがしてしまうという道理なんだよ。
(中略)
三貴 ドイツの精密加工技術はどうだったの?
兵頭 第二次大戦が始まる時に、あと少しでアメリカに追い付くという高水準だった。当時、精密工学といえば、一にアメリカ、二にドイツで、三、四はない状態だったわけです。日本の発動機工場なんか、開戦前にアメリカから買い込んだインチ表示のマイクロゲージを頼りに、終戦まで仕上げの検査をしていた。それで昭和17年改訂の三菱の金星エンジンのマニュアルを見ると、0.05ミリの誤差まで許容している記述が見えますから、日本の精密技術は結局、昭和20年までこの0.05ミリ止まりだったと考えられる。とてもじゃないが、2000馬力エンジンの量産を夢想していいような水準じゃなかった。
(同書39ページより)
対アメリカ戦争。
はっきりいうと精神力や根性とか大和魂とかでどうにかなるようなレベルの遅れではなかった、ということでしょう。
これが「許容誤差」という数字ではっきり示されます。
ただ、この高性能エンジンが作れなかったエンジニア達の悔しさが
戦後日本の工業発展を支えていた根本だったのではないか?
とは容易に想像できるところです。
あと、「戦争」というと 〇〇元帥が 〇〇中将が 〇〇少佐が――~した。~しなかった。~と語った。
という記述の方法が まあ、一般的ですが、
上述のように、ですね。
○○馬力 〇〇ミリ もしくは 「空冷」「液冷」という
客観的な数字 マシーンの比較というのが 兵頭先生の攻め方なわけです。
感想④ 神話の崩壊
どんな世界にも神話があって、ヒコーキの世界も例外ではないわけです。
それが この本を読んでくとどんどん崩壊していきます。
まずはバトル・オブ・ブリテン神話――
そしてスピットファイア……(←このヒコーキの名前は聞いたことがあるでしょう??)
兵頭 宗像さんは、バトルオブブリテンはスピットファイアで勝ったのではないという説をお持ちですね。
宗像 ええ。あれはイギリス得意の針小棒大な宣伝なのです。ハリケーンやスピットファイアみたいな旧式機で、どうしてイギリスが救えるものですか。バトルオブブリテンなんて、本当に小規模な局地戦にすぎない。作戦期間は4,5カ月でしょう。失った機数もたかが千何百しかない。それに比べて、日本はソロモンで8000機も喪失しているんですよ。
兵頭 対ポーランド戦で1カ月にドイツが失った機数が600機でしたからねえ。それにしても、ガダルカナルをめぐる航空戦の無謀さにも、改めて戦慄を覚える。
(同書17ページより)
お次。零戦神話……
零戦に関しては崇拝者が多いので
心苦しいのですが……
宗像 スピットもメッサ―も、全備重量に対して燃料タンクは330リッターくらいしかなかった。大きなタンクになるような主翼にはつくっていないし、主翼にはつくっていないし、主翼をタンクにする発想そのものを拒否した。だから構造的に航続距離を伸ばせない。翼にガソリン入れてまでアシを伸ばすなんてバカなことをやったのは日本だけです。
(同書24ページより)
あと、日本海軍の戦闘機部隊――帝国海軍神話……
自分はひい爺さんが 兵学校出のパイロットだったもので
海軍のヒコーキ乗りの本とかをよく読むのだが、
以下の文章は 目からウロコが落ちた気がしました。
兵頭 日本海軍では、中攻とか艦爆・艦攻の指揮は良かったけど、戦闘機隊の指揮は最悪だったと思う。特に一騎駆けの戦闘機パイロットを下士官にやらせちゃいけなかった。
小松 大正時代までは日本海軍のパイロットも将校のみだったんですけどね。
兵頭 大戦中、下士官を戦闘機パイロットにしていたことで、海軍の戦闘機隊の命令系統は破壊されていた。兵学校出身の未熟な士官が編隊長になっても、いったん上空に上がったが最後、部下の下士官パイロットはもう命令なんか聞く耳を持っていない。敵を前にした戦場で、実質リーダーが不在なんだから、文字通りの烏合の衆。これで統一指揮された米戦闘機隊に勝てたら、その方がおかしいです。
(中略)
兵頭 当時の海軍の航空隊の下士官が次郎長一家みたいに元気がいいのは、普段でも陸軍よりはメシの良い海軍で、さらに航空増加食を貰って体力が余っているところに、覚醒剤射たれて飛んでたんですよね。だから彼らの語る四方山話には、愚連隊まがいの武勇伝も少なくない。
(同書94ページより)
ファンも多いかと思うんですけど……
大空のサムライとか、読んで感じる違和感の正体。
これ読んですっきりしました。
けっきょくのところ――
零戦で 坂井三郎みたいな格闘戦をやっちゃった時点で負けだったわけですね――
兵頭 戦争をしながら膨らますことのできたパイロットの数で、日本はアメリカに対抗できなかった。これは初めから明かだったでしょうね。だからこそ、日本では戦闘機乗りに格闘戦なんか教えちゃいけなかった。特に対米開戦後は許してはならなかったと思う。貧乏国の戦闘機は、機体も訓練も、一撃離脱に徹するしかないんだ。絶対に補充は利かないんだから。
(同書105ページより)
やるべきことは チームプレイ&液冷機(飛燕)で一撃離脱――
零戦(空冷)で格闘戦なんかやるべきではなかった。
けっきょくルフトヴァッフェ(ドイツ空軍)のやり方は正しかったわけか――
あと。「風の谷のナウシカ」で
アスベル君が ナウシカ姫さま御一行を一撃離脱で狙うシーンがありますが、
さすが宮崎駿 ヒコーキマニアだなとおもいました。
うーむ、
そういや 「紅の豚」に関しても言及されてましたっけ。
兵頭 このレーサー機は?
三貴 これがなければスピットファイアはなかったという話で。宮崎駿の『紅の豚』のキャラクターです。
宗像 シュナイダー杯レースで、イタリアも参加してました。
(同書16ページより)
あれは液冷エンジンだったのかな? 今度よくみてみよう。