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ルビッチ「陽気な中尉さん」(1931)は小津「非常線の女」のキスシーンのルーツである①

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ジュネス企画なるところが出している

エルンスト・ルビッチの5枚組DVDというのを買ってしまいまして――

(「陽気な中尉さん」(1931)「私の殺した男」(1932)「極楽特急」(1932)「天使」(1937)「生きるべきか死ぬべきか」(1942))

 

すっかりルビッチファンになってしまったトマス・ピンコであります。

小津安っさんが「ルビッチ」「ルビッチ」言っているのはもちろん知っていたのですが……

まさか、こんなすさまじい巨匠……天才だとはおもわなかった……

 

□□□□□□□□

もとい、、、

エルンスト・ルビッチ「陽気な中尉さん」(1931)のキスシーンと、

小津安二郎「非常線の女」(1933)のキスシーンの比較をしようとおもいます。

 

はっきりいってしまいますと、

「非常線の女」の

田中絹代×水久保澄子のキスシーンの元ネタは

「陽気な中尉さん」の

クローデット・コルベール×ミリアム・ホプキンスのキスシーンである。

ということです。

 

では――「陽気な中尉さん」

どんなおはなしなのか?

若干ながいですが、淀川長治先生の紹介を引用……

いろいろ事実誤認が多いですが、

なんといっても数十年前にみた映画の細部を こうも記憶して、

かつ、滑らかにおしゃべりできるというのは……ホントすごい人。

 

 そう。ミリアム・ホプキンスがいいとこの、貴族のお嬢ちゃんで、モーリス・シュヴァリエのプレイボーイの中尉さんと結婚さすことになんのね。政略結婚いうのか、この両家の申し合わせでね。(トマス注:この説明は間違い。あとで説明します)

ところがミリアム・ホプキンスがもっさりしてんの。いいとこのお嬢ちゃんだから、色気がないのね。だからシュヴァリエは決められた相手だけど、この女があまり好きでないの。でも結婚せんならん思ってんの。で、女に対して冷たいの。この中尉さんは女のオーケストラバンドのバイオリニストが好きなのね。それがクローデット・コルベールなの。彼女にしょっちゅう会ってるの。でも結婚しなくちゃならないの、つらいなあって、女のほうが言ってるわけね。それをミリアム・ホプキンスのお嬢さんが勘づいちゃったのね。で、とうとう思いあまってクローデット・コルベールに会いにいくの。どうしてあんたはあの人に好かれるのってね(笑)

(中公文庫、淀川長治、蓮實重彦、山田宏一「映画千夜一夜(上)」29ページより)

 

ミリアム・ホプキンスは貴族どころじゃなくて 某王家の王女さまで

いろいろあってモーリス・シュヴァリエの中尉さんに一目惚れしちゃった、というのが本当。

やんごとなきお方に一目惚れされちゃったので 一介の中尉のシュヴァリエは

どうしても結婚しなくちゃならなくなってしまったというあらすじです。

あと、「どうしてあんたはあの人に好かれるの」

とかいうのどかな理由ではなくて――

 

王女さまがライバルを殺そうとして 王宮に誘い込む、というのが実際の筋――

 

恋人のモーリス・シュヴァリエに呼ばれた、とおもって

お化粧しているコルベール嬢↓↓

 

ドアをあける。

 

表情が固くなる。

 

冷たく睨みつけるミリアム・ホプキンス。

 

この二人の対照が見事。

 

グラマラスでブルネットのコルベール

やせっぽちでブロンドのホプキンス

 

もちろんこの対照が 田中絹代×水久保澄子に受け継がれるわけです。

 

はじめは 王女さまの方が精神的に優位にたっているんですけど、

(自分のホームですので)

 

一瞬で「この小娘は野暮で、純真で、なんにも知らないらしい」と見抜いたコルベール嬢が

段々精神的優位にたって行きます。

このあたりの筋も 次第次第に水久保澄子がリードしていく「非常線の女」に受け継がれていきます。

「非常線の女」の場合、純真な水久保澄子が優位に立っていくんですけど。

 

段々王女さまをなめてきたコルベール嬢。

 

ミリアム・ホプキンス クローデット・コルベールをひっぱたく。

 

クローデット・コルベール ミリアム・ホプキンスをひっぱたく。

 

二人そろって泣く。

 

泣くミリアム・ホプキンス

というか、笑っているようにもみえるんだよな。

 

↓静止画だからそうみえるのではなく、

動画でもそうみえるんです。

 

「キャ、すてきなお姉さま」……という百合シーンなのだろうか??

 

泣くクローデット・コルベール。

コメディ作品なので コミカルな演技です。

 

「暴力の後の和解」

というのも、小津っぽい。

ただし、ルビッチのこのオシャレなのを見ちゃうと、

小津はなんとも……後進国家ニッポンのダサさしか感じないわけですが。

 

ミリアム・ホプキンスのお姫様が

Did I hurt you?

と甘ったるく言います↓↓

 

「痛かった?」という字幕ですが、

直訳すれば 「私はあなたを傷つけたか?」

ということで 肉体的な意味もあるし、精神的な意味もあるわけです。

 

ここは重要なところで、

今まで観客は 堅苦しい冷たいミリアム・ホプキンスしか見ていなかったので

ここではじめて かわいいミリアム・ホプキンスを目にすることになるわけです。

 

あとはカットバックですね。

重要な転換点なので カットバックを使います。

 

エルンスト・ルビッチ。

テクニック面でいうとなんだか清水宏に似ています。

カメラはきちんと動かしますし、

ディゾルブの多用とか

カットバックは大事な面だけで使う、とか。

 

小津安二郎は、ディゾルブは嫌ってましたし、

このあと 田中絹代×水久保澄子のキスシーンを見ていきますが、

重要なシーンだろうがなんだろうが、

とにかくカットバックで映画を組み上げていく人です。

 

二人のやり取り。

Did I hurt you?

No.

Did I hurt you?

Yes!

 

Yes! というミリアム・ホプキンスは もちろん精神的ダメージのことを言っているんでしょう↓↓

字幕だとちょっとその雰囲気はでませんが。

 

以降、だんだん百合シーンになっていきます。

 

失礼を承知で書くが、

クローデット・コルベールは横顔のほうがキレイかも。

 

はい。

この「殺したくて」を 小津安っさんはいただいたわけですね↓↓

田中絹代がピストル持っていくという 実に高尚なパロディを思いついたわけですね。

 

王女さまを

poor little thing  かわいそうなおチビちゃん、などと呼ぶクローデット・コルベール↓↓ 

 

このあとでは foolish little thing おバカちゃん、などとも呼びます。

 

I love him so dearly.

 

I'm just wild about him.

 

都会的な彼女は love なんぞという野暮なコトバを使いたくなかったか。

なんにせよ、好対照なセリフ。

wild というから「精神的に」というより「肉体的に」という表現か。

 

はい。ふたたび淀川先生の引用。

繰り返しますが、数十年前にみた映画を記憶ですらすら語ってます。

すさまじいおじちゃんです。

 

 そしたらクローデット・コルベールがあんたみたいなタイプって男に好かれないよって言うの。「もっと色気をださないとだめよ」って。「どうすんの?」ってミリアム・ホプキンスが訊くのね。すると、「まず髪を切りなさい」なんて言ってやるの。ピアノを弾くのにもこういう形で弾きなさいとかさ。脚を組むときにもこう組みなさいとかね(笑)、教えるの。この映画、ずいぶん無責任でね、そうやると、モーリス・シュヴァリエがそのミリアム・ホプキンスをだんだん好きになるの(笑)。でね、ミリアム・ホプキンスもいい女になっていくの。つまりテンプテーションが出てくるのね。で、それを見て、これなら二人がいっしょになっても大丈夫だろうと思って、クローデット・コルベールが去っていくとこがいいのね。「あばよ」って、二人に挨拶しながらね。(トマス注:二人相手ではない。ミリアム・ホプキンス相手に別れの挨拶をする) ミリアム・ホプキンスは「どうもありがとう」と言ってね、「あんたのおかげでこの人をつかめました」って。

 その前に二人の女がおたがいにモーリス・シュヴァリエを讃美するとこが面白いのね。「あの人っていい人でしょ」ってクローデット・コルベールが言ったら、ミリアム・ホプキンスも「ほんとにあの人、いい人ね」と言うの。で、「あの人、タキシードを着たらよく似合うでしょ」って、「いいわねえ、天下一品です」なんて二人で言ってんの。その次にコルベールが思わず、「パジャマを着たら一番いいよ」と言ったの(笑)。そうするとミリアム・ホプキンスがワーッと泣き出すの(笑)。

(同書29~30ページより)

 

以下、淀川先生が語っている部分なんですけど。

 

相違点、というか、淀川先生が盛っている部分がおもしろい。

 

淀川先生が「パジャマうんぬん」と記憶している部分、

じっさいは……

 

コルベールは口ごもってなにも言わないんですよね(笑)。

こっちのほうがエロいな。

 

あとミリアム・ホプキンスはさっきのひっぱたきあったところで泣いてますので

もう泣きません。

 

で、淀川先生がいう 「もっと色気をだせ」という部分につながります。

ここはどうやっても小津は真似できなかったところですけど……

しかしあとあと触れますが 一番影響を受けたところなのかもしれない。

 

脚……足……

足フェチなんですよね。ルビッチ。

 

「極楽特急」(1932)では ケイ・フランシスというとんでもなく美人な女優さんがでてきて

画面いっぱいの足のアップがあります。

とんでもなくエロかったです(笑)。

 

このあたりも淀川先生語っていて――

(今回は淀川先生の引用ばっかりです)

 

淀川:エルンスト・ルビッチぐらいになってくると見せかたが少し変わって、お風呂に入るときにガウンを取ったら、上を見せないで腿から下を見せるの。それも太腿の裏というかうしろのほうを見せるの。足首の裏が見えるの。それがとてもエロチックなの。

山田:ああ、やっぱりルビッチあたりからなんですね、ガウンとか下着とかをスルッとぬぐと足もとを見せてエロチックな感じをだすようになったのは。

淀川:ルビッチは、そういう粋なことをするのね。たとえば、それまでディートリッヒでもどんな女優でも、ベッドのなかでは、綺麗な羽根ぶとんで身体を包んで、笑うだけだったけど、ルビッチがベッドシーンを撮ったら、ディートリッヒなんか、ふとんのなかで片脚を上げるの。それがエロチックなの、身体をモゾモゾと動かして脚を上げるということがね。ルビッチいう人は女の人が好きやから、ディートリッヒに「あんたの脚、ほんまに綺麗やから上げなさい。長くて綺麗やから」って、だまして上げさせたのね。その上げかたが、どう考えてもワイセツなの(笑)。

(同書144ページより)

 

のだそうです(笑)。

かねて小津安っさんは「足フェチ」だ。足ばっかり撮ってる、とおもってたのですが、

お師匠のルビッチからして そうだったわけですね。

 

あと……「或る夜の出来事」でも クローデット・コルベールは脚線美を見せつけますが……

後年のあれよりも過激ですね……↓↓

 

段々ミリアム・ホプキンスの視線が

「お姉さま……」という感じになってきます。

 

女優さん同士の絡みが大好き、というと 市川崑を思い出すのですが、

彼もルビッチ好きだったりするんでしょうかね??

 

で、クローデット・コルベールの歌。

というか、この映画、ミュージカルなんですよね。

 

歌うのはランジェリーの歌……

当時の日本人、ついていけたのかしら??

 

 

 

で、二人の別れのシーン。

すっかりモダンな容姿になったミリアム・ホプキンス。

 

あとこの場面のクローデット・コルベールの衣装が

「非常線の女」の田中絹代の衣装に影響を与えているようにおもえるんですが……

あとで書きます。

 

に、しても、いきなり二人の衣装が変わっているのが不思議。

何日か経ちました。

ということなのかな。

ひたすらイチャイチャが続きます。

 

なんというか左翼的な見方をすると

クローデット・コルベールは 体制側に屈服するわけです。

 

「王家」という支配階級だったり

「結婚」という制度であったりに 抵抗することなく潔く身を引く、というわけです。

 

ですけど、クローデット・コルベールのキャラクターが

まったくイヤなキャラクターにならないというのは、

 

「王家の姫」であり、かつ「愛人の正妻」である、という優位な立場にあるはずのミリアム・ホプキンスに対し、

完全に優位に立っている。

まったく卑屈にならない。というあたりにあるでしょう。

このあたりシナリオの処理の仕方が実にうまいとおもいます。

 

そして名ゼリフ……

 

のあと、

 

キス。

 

 

 

 

二人のニキをお願いね。

 

……このセリフはいいです。

泣けます。

 

 

 

 

 

グッバイ、アンナ。

グッバイ、フランジ―。

で、淀川さんのいう、「あばよ」のシーン。

 

じっさいは、

クローデット・コルベールは無言で去っていきます。

 

□□□□□□□□

という、すさまじいシーンを

小津安っさんはどのように料理したのでしょうか?

 

次回見てまいります。

 

馬鹿ねえ

あたし……

 

このセリフ。小津からルビッチへむけてメッセージとも思えてくるから不思議。

 

はっきりいうと

予算の規模が違う。

俳優のレベルが違う。

機材のレベルが違う。

 

そんな中で無謀にも巨匠ルビッチに

挑戦状を叩きつけたわけです。

小津安二郎は。


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