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ルビッチ「陽気な中尉さん」(1931)は小津「非常線の女」のキスシーンのルーツである②

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◎小津安二郎「非常線の女」(1933)の

田中絹代×水久保澄子のキスシーンのルーツは、

エルンスト・ルビッチ「陽気な中尉さん」(1931)の

クローデット・コルベール×ミリアム・ホプキンスのキスシーンである。

――という記事です。

 

はじめに 東西二つのシーンの 似ているところと相違点を書き出してみますと、

・にているところ①:対照的な女優二人

・にているところ②:ある女がもう一人の女を殺そうとするというシチュエーション

・にているところ③:「足」へのこだわり

・にているところ④:暴力の後の和解

・にているところ⑤:キス

・にているところ⑥:(淀川長治先生のいう)あばよ

・にているところ⑦:衣装(クローデット・コルベールと田中絹代)

 

・ちがうところ①:Gun (小津作品に登場するピストル)

・ちがうところ②:セット(ルビッチ)とロケ(小津)

・ちがうところ③:長まわしのショット(ルビッチ)とカットバックの多用(小津)

・ちがうところ④:移動撮影(ルビッチ) 移動しないキャメラ(小津)

・ちがうところ⑤:三角関係(ルビッチ) 三角関係ではない(小津)

 

というところでして――ようするになんだ、というと

小津は ルビッチの「二次創作」をしようとはしていない。

小津はあくまで 小津のオリジナルを作ろうとしていた。

ということがいえるとおもいます。

 

「にているところ」は7つと多いのですが、しかしいずれも表面的なモチーフにとどまっているようにおもえます。

反対に 「ちがうところ」は5つですが、

①のGunという小道具は強烈ですし、

③のカットバック ④の移動しないキャメラ からわかるのは、

あくまで小津は小津の手法を貫いた、ということでしょう。

 

小津は小津の手法を貫いた。

……――これは、今の……

「世界的な映像作家・小津安二郎」という見方が常識な2020年からみていると

あたりまえのことのようにおもえるのですが、

1933年当時。ものすごいことをやったようにおもうわけです。

 

極東の後進国家の二十代の映画監督(小津)が

ハリウッド一の巨匠(ルビッチ)の、当時最高の映画芸術(「陽気な中尉さん」)の

パロディを作ろう、というのに、

あくまでおのれのスタイルを貫いた、というわけですから、

んー こいつはやっぱりちょっと頭がおかしいとしかおもえません。

 

□□□□□□□□

以下、「非常線の女」 こまかくみていきます。

まずは 不良カップル、岡譲二と田中絹代の痴話喧嘩からはじまります。

 

岡譲二はどうも水久保澄子に気があるらしいというあたりからのケンカでして、

田中絹代は 「あたい、その人に会って見ようかしら」

などといってピストルを取り出すという たいへんに物騒なシーンです。

 

S80 抽出しの前

襄二、「なあ……」と寄って来て、「よしなよそんな……」となだめる。

時子、「いいじゃないか!」とつっぱねて尚もコルトをみがき、弾丸をつめる。

コルト。

 

と、コルトのリボルバー(回転式拳銃)の登場です。

Gun です。

しょっぱなにこの小道具を登場させることは

サスペンス要素を高める 小津の独創かとおもうのですが、

 

彼の十代のころのアイドル パール・ホワイトはよくピストルを持ってスクリーンに登場したようですし

(淀川長治さんがなにかで言ってたのを読んだだけですけど)

「その夜の妻」では八雲恵美子にピストルを持たせた小津安っさんです。

本人にとってはあたりまえの思いつきだったのかもしれません。

 

↓↓とうぜんセクシャルなイメージでもありますな。

 

S81 レコード・ルーム

時子が中でレコードを聴いている。

彼女、焼きつく様な目差しで和子の方を見ている。

 

和子(水久保澄子)はレコード屋さんで働いている、という設定。

 

時子――絹代ちゃんの服装は、

上記、「にているところ⑦」で書きました通り――

 

丸い形の帽子&黒の革手袋

というのはクローデット・コルベールのファッションからいただいたものではあるまいか?

 

とくに革手袋は確信犯でしょう。

 

S82 店

お客のいない午後の店。

しとやかな和子。

そっと編物などしている。

 

えー、ここなんですけど、

小津安っさん、すさまじいイメージ操作をしているような気がするんですね、はい。

 

なんということもないシーンなんですが、

 

水久保澄子のお着物の柄なんですけど、

 

↑↑これって リボルバー(回転式拳銃)の シリンダーをあらわしているのではないか?

拳銃の、弾丸をいれる なんというか蓮根みたいなパーツがあるんですけど。

そのシリンダーの断面によく似ているんですよね。

この柄でさらにGunという要素を強調しているような気がする。

 

深読みかな??

 

S84 和子、目を上げ、慌てて編物をかくして立上る

 

時子が、じっと立って見つめている。

 

犬(ニッパー君)はなんなんでしょうね?

あたかも水久保澄子を守護するかのように 敵である田中絹代をみつめています。

 

今回紹介するシーンには登場しないんですが、

主人公の岡譲二 彼の前職はコロムビアレコードの宣伝部長だったそうで

ライバル会社・ビクターのシンボル ニッパー君はなんか深い意味がありそうです。

 

↓↓こんなことを言われて のこのこついていってしまう水久保澄子。

そうとうに退屈していたのか(笑)

 

それとも昔の日本人は皆、善良で人を疑わなかったのか(笑)

 

えー、で、以降ロケシーンです。エキゾチックな横浜で撮ってますね。

 

普段セット撮影ばかりやってる小津安っさんがロケというのは

やっぱりルビッチを意識してのこと、というような気もする。

ルビッチ先生がセットなら、俺はロケでいくぜ。というような。

 

S85 両人、肩をならべて歩いている

 

上記「にているところ①」対照的な女優二人です。

 

ただ、小津安っさんがひねくれているのは

グラマラスな水久保澄子に お着物を着せて清純なキャラクターを演じさせて

スリムな田中絹代に 洋装させて不良キャラクターを演じさせるという……

 

時子、和子をしきりに眺める。

和子、ひどく気になる様子。

 

 

 

水久保澄子は オーバーでなく抑制された演技で素晴らしいようにおもいます。

蓮實重彦先生は 後年の「東京暮色」の原節子は

「非常線の女」の水久保澄子の再来だ、というようなことを書いておられました。

 

小津安っさんがここでもひねくれているのは(笑)

「東京暮色」の原節子の役名は「時子」ということで……

つまり「非常線の女」の田中絹代の役名を引き継がせている、というところです。

 

このシーンの田中絹代

背中をみせておいて、振り返る、というアクションを二回繰り返します。

このあと、教会の前でもう一度 背中を見せる→振り返る を繰り返します。

 

そのことで二人の別れのシーンを強調しているのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

時子、片頬で笑う。

「私、襄二の身内の者なんだけど……」

和子、「まあ」と見る。がすぐ、親しげに笑って、

「あの方には弟の事で、とてもよくして頂いてますの」

 

 

 

 

時子、苦笑。

「だからってあたしまでがお前さんの味方じゃないわ」

 

 

 

 

とにかく「カットバック」「カットバック」です。

田中絹代→水久保澄子→田中絹代→水久保澄子……

 

ルビッチ作品の二人が

同一画面上に登場していたのとは対照的に↓↓

 

田中絹代と水久保澄子は同一画面上にはほとんど登場しません。

 

カットバックで微妙な表情の変化を表現する小津安二郎↓↓

 

もちろんあのルビッチの華やかさ、流麗さというものはないわけですが。

 

このカットバックというグリフィス以来の古典的な手法を

小津安っさんは貫き通したわけです。

 

 

 

「ことによると敵同志かも知れないわ」

(トマス注:「同士」が正しいですよね)

和子、ハッとなり見返す。

時子、バッグへ手を入れたまま横へ切れる。

 

微妙にキャメラの位置を変えてますね。

実に丁寧な仕事。

 

しかし、この「丁寧さ」は現場のスタッフには拷問だったわけで、

 

寒い真夜中の横浜ロケの辛さ、鼻水と涙が一緒に出た。そんなある日、私はロケの出発に遅れてしまった。もう今度こそ会社を辞めてしまおうかと思った。その時、石山竜二という古参の俳優さんが、「私はこれから出発するから」と声をかけて呉れて――。

 小津さんはニヤニヤして私を迎え入れてくれた。「寝坊したのか、疲れたんだろう」と言った。性に合わない世界で、私が最初に出会った暖かい人情である。

(蛮友社「小津安二郎・人と仕事」208ページより)

 

と語るのは、のちの巨匠、木下恵介で……

水久保澄子をみつめるキャメラの向こう側に 新入社員の木下君はいたんでしょうねえ。

 

↑↓ 二人の白目が光っているのが気になる。

今だったら特別に照明を当てたりするんでしょうけど。

この頃はどうだったのかな。

 

なんにせよ、おっそろしく丁寧な仕事、ということです。

 

山手聖公会のシーン。

また背中を見せる田中絹代です。

 

 

 

和子、「ね、御用は……?」と訊く。

時子、けわしく振り向く。

和子、驚く。

時子の手にピストルが、こちらを向いている。

 

 

彼女、やがてピストルに目を落し、ピストルを和子の方へ差し出す。

「あんた、これであたしを撃ちたくない?」

 

ルビッチ「陽気な中尉さん」のビンタ、というあまりに可愛すぎるバイオレンスシーンに

凄みの効いたバイオレンスをぶつけてきた小津安っさんであります。

 

 

 

 

 

このきりっとした表情がなんともかわいい水久保澄子。

 

和子「いいえ」と首をふる。

 

 

 

時子、「じゃあ……」と持ちかえる。

「じゃあ あたしが撃つわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい。あくまでカットバックで処理します。

 

和子、驚き見つめる。

時子、睨んだまま。

両人、見合ったまま。

ややあって時子、急に笑を浮べる。

ピストルを下げてしまう。

 

 

 

 

 

「馬鹿ねえ、あたし……」

そしてピストルをバッグに入れる。

和子、ほっとする。

と、時子、いきなり近付いて手を握る。

「あたし、憎いけど、あんたが好きになっちゃった」

 

――と、シナリオは「手を握る」になってますが、

これは検閲対策なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足だけでキスシーンを描く、という……

 

↑↑このショットの田中絹代の足のうごき――は、

 

「雨」のジョーン・クロフォードの足のパロディじゃないか?

とおもうんですがね。

 

 

つまり「雨」+「陽気な中尉さん」

お気に入り二作品のパロディを 渾身の一作にぶっこんできたわけです。

小津安二郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、淀川長治先生のいう「あばよ」――

 

 

 

田中絹代は手を振りませんが、

そうですね。いらないですね。

もしくは手を振らせてはみたが、

クローデット・コルベールみたいにかっこよくはいかなかったのかもしれない。

 

はい。

以上キスシーンの分析でした。

 

□□□□□□□□

以下、完全に余談なんですけど、

「非常線の女」といえば、キスシーンとあとポロリなわけです。

 

絹代ちゃんのドレスの肩がめくれちゃうという↓↓ これです。

 

このポロリのルーツって……

セシル・B・デミルの「男性と女性」なんじゃあるまいか??

 

左側の女性 ライラ・リ―という女優さんらしいですが、

おっちょこちょいのメイドさん役で

なにかというとポロリしているんです。

 

そしてグロリア・スワンソンのお嬢さま。

(孤島に漂流しちゃったというお話なので こんな野蛮な格好なのである)

 

――も、やっぱりポロリ。

 

1919年の作品。もちろんサイレントです。

淀川先生によると相当にヒットしたようだから

小津安っさんも見ていたんじゃないかな?

 

ちなみに

小津安二郎 1903(明治36)年生まれ

淀川長治 1909(明治42)年生まれ

二人は6歳年が離れてますな。


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