京マチ子たんの「顔」を中心に
小津安二郎監督「浮草」(1959)の分析をしようとおもいます。
□□□□□□□□
そもそもの出発点は、
宮川一夫キャメラマンの
京マチ子の「顔」
についての発言でして――
(↓↓左:宮川一夫 右:小津安二郎)
日本映画専門チャンネルというところで
ずっと前に NHKの「訪問インタビュー」なる番組の再放送をやっておりまして
NHKのアナウンサーが 岸恵子とか冨田勲とか
有名人のインタビューをやっているのですが――
(ついでにいうとテーマ曲の作曲を冨田勲先生がやってたりする)
そのなかで 名キャメラマン・宮川一夫先生の回がありました。
それを見返しましたところ、
京マチ子の「顔」
をめぐって なかなか興味深い部分がありましたので、以下紹介します。
(当番組、この部分のほかは さすが天下のNHK様で……
いかにも試験秀才が作りそうな 当たり障りのない平々凡々たる内容です……)
当時、宮川さんは75歳。「瀬戸内少年野球団」の撮影をしておられたようです。
以下、「アナ」と書いているインタビュアーは 川野一宇アナウンサーという人で、
上記のようにすこぶる平凡なインタビュアーだとおもいます。
(もっと他に適任者はいるとおもうのだがなぁ……)
アナ:たとえばですね、女優さんの顔をひとつ撮るのでも、
その、光の加減でずいぶん変わってくるとうかがいますが。
宮川:ええ、そうですね。
あの、なんかとってもソフトな顔にもできるし、
たいへん厳しい「キッ」とした顔にもできるという――
そういうライティングってものをよく……
レンズも使い分けたり、ライトも使って
まあ、だいたい光でそういうことはよくやりますけども、
ま、今のおはなしで女優さんでただ困ることはね、
ま、名前出してアレだけど、
京マチ子なんてのはね、
こちらの顔がとてもきびしい顔なんです。
(トマス注:自分の顔の右側を示す)
アナ:右っ側が。
宮川:右っ側が。で、こちらの顔が
(トマス注:自分の顔の左側を示す)
とってもやさしいね。いわゆるお多福形っていうね。
ふっくらしたかわいい顔にみえるんですよ。
アナ:はぁー……
宮川:で、こちらとこちら
(トマス注:自分の顔の右側、左側を順に示す)
すごくタイプ的に違うわけですよね。
アナ:ええ。
宮川:そういう女優さんもいますしね。
(1984年2月 NHK「訪問インタビュー」より)
ようするに 京マチ子たん。
顔の右側と左側でタイプが違うっていうんですよね。
右側は厳しく、左側はやさしい、という……
なるほどねえ。そんなことはついぞ意識したことがなかった。
□□□□□□□□
で、そういう目で――
京マチ子の「顔」
中心に、小津安っさんの「浮草」(1959)をみてみますと、
非常に興味深い結果になりました……
というのが 以下の記事になります。
最初に結論を書いてしまいますと――
①京マチ子は、中村鴈治郎に対して常に「左側の顔」(やさしい顔)を向けている。
②京マチ子は、中村鴈治郎以外の人物に対して常に「右側の顔」(きびしい顔)を向けている。
以上の法則が導きだされます。
そして物語の終盤、「S97 人のない客席」以降、この法則は変化を見せまして――
③S97以降、京マチ子は、誰に対しても常に「左側の顔」(やさしい顔)を向けている。
京マチ子の「顔」をめぐって 以上のような3法則が導きだされるわけです。
(以上の3法則ですが、カットバックで「対話」や「睨みあい」が行われた場合の話です)
(また、法則にはいくつかの例外があります。座主である笠智衆に「右側の顔」を向ける、等々)
(「左」「右」は京マチ子からみて、です。人物正面からみると当然逆になります。ややこしい話ですみません)
□□□□□□□□
理屈ばかり書いていても仕方ないので、
以下、実際のプリントを見てまいります。
S8 船室
京マチ子の登場シーンですが、
まず注目していただきたいのは、鴈治郎さんとの位置関係です。
京マチ子―中村鴈治郎 この二人が横並びになる場合、
必ず 京マチ子(右)―中村鴈治郎(左) という並び方になります。(京マチ子からみて)
この並び順には例外がありません。
①京マチ子は、中村鴈治郎に対して常に「左側の顔」(やさしい顔)を向けている。
この法則を実現したいために 必ず京マチ子は 鴈治郎さんの右に座るのです。
(くりかえしになりますが 「左」「右」は京マチ子からみて、です)
すみ子「加代ちゃん、あんた、それ持ってって」
加代ちゃん……若尾文子たんには 右側の顔をむけているわけです。
はい。
②京マチ子は、中村鴈治郎以外の人物に対して常に「右側の顔」(きびしい顔)を向けている。
ついでに……
観客の我々の側からすると、
はじめにきびしい横顔をみせられて、ふいにやさしい方の顔を向けられるという動きになります↓↓
↑↑このショットからも なるほど、宮川一夫先生のおっしゃることがわかります。
京マチ子。確かに 顔の右側と左側の雰囲気が違う。
目の形がポイントなのかな? 輪郭?
NHKのボンクラアナウンサーは この意味がいまいちわかっていないようだったが、
このブログをご覧の聡明な読者の方はおわかりいただけるだろう。
この顔の特徴が 京マチ子を大女優にしたのではないだろうか?
そうそう、鴈治郎さんの背中が対角線してます。
すみ子「みんな、忘れ物ないようにな。六さん、ええか?」
忘れ物というコトバ。
ラストのS119 鴈治郎さんのセリフ
駒十郎「お前、あこの荷物忘れたらあかんで」
と響き合います。
さらにラストの夜汽車のシーンの京マチ子。これと同じ着物で 同じ白いバック、
そして中村鴈治郎の右側に座るわけです。
さらにさらに、中村鴈治郎-川口浩の秘められた親子関係などを考え合わせると
「忘れ物」というワードのチョイスは完璧だという気がします。
毎度ながら 小津・野田コンビのシナリオはおそろしいほどの完成度です。
S12 町
えー↓↓
記事のテーマとはまったく関係ないんですが、小津作品には珍しい「俯瞰ショット」なので――
以下、宮川一夫先生の発言を引用します。
宮川=「浮草」のロケーションで、どうしてもローにならない場所があって、俯瞰が出て来た。屋根越しに見る絵で、どうしても伏せなければならないので訊いたんですが、「別にこだわりませんよ」とパッと言った。みんなが「小津さんの俯瞰があった」と言っている。その時「いいですよ、そうして下さい」と言われた。「アラッ」とぼくは思った。初めてですからね。ちょっと間違えたかなという気もした。もう少し崩した方がよかったのかなという気もした。前後のつながりがありますからね。
だから必ずしもロー・ポジということに、固執はしておられなかったんじゃないかと思います。あくまで的確な所へ持って行こうというところがあったんだと思う。
(蛮友社「小津安二郎・人と仕事」310ページより)
どうも宮川キャメラマンの提案だったようです。
で、当然ながら疑問が浮かんでくるのは、
京マチ子の「顔」
なわけです。
京マチ子の「顔」をめぐる演技プラン・撮影プラン。
これもやっぱり巨匠・宮川一夫の発案だったのか??
そのことに関しては「小津安二郎・人と仕事」は何も触れていません。
S20-b 階下 楽屋
すみ子「アア、暑い暑い」
京マチ子が左側の顔(やさしい顔)を向けていますので――
駒十郎「オイ、ちょっとわいの着物出して」
当然、中村鴈治郎との会話なわけです。
すみ子「どうするの?」
駒十郎「ご贔屓さんへご挨拶や」
というのですが、ウソをついているので目を合わせません。
鏡……というと女性の二面性を表わすのに小津安っさんがよく使うアイテムですが、
「浮草」では 鴈治郎+鏡というシーンがよくでてきます。
S22 楽屋
すみ子「どうぞお引き立てを……」
ここは……法則①
①京マチ子は、中村鴈治郎に対して常に「左側の顔」(やさしい顔)を向けている。
が、唯一破られるところです。
というのも、座主相手だからで……
あと当然ですが、
「笠智衆」という ザ・小津映画 という俳優さんだから、というのもあるかな。
あと気になるのは――
背景の……テレビの広告? 左右 目の色の違うネコちゃんのイラスト。
――これ……京マチ子のこと?
そして、公開から60年後、京マチ子の「顔」をめぐって
作品を分析しようという トマス・ピンコへの隠されたメッセージなのか(笑)
……いや。半分本気です。
これは深い意味がありそう……
S34 舞台
「国定忠治、赤城山の場」
妙に太ももがセクシーな国定忠治……
もとい、京マチ子は、観客に「右側の顔」を向けております。
当然 法則②です。
対角線をひっぱってみると……
なるほど。きまった……
忠治「加賀の国の住人、小松五郎吉兼が鍛えた業物、万年溜の雪水に清めて……
(と刀を抱き)
俺にァ生涯手前という強い味方があったのだ……」
と、あくまで右側のきびしい顔をみせます。
S40 楽屋(二階)
駒十郎「ま、見ててみィ、尻上りや」
すみ子「ならええけど……」
と、鴈治郎さんには左側の顔を向け
それ以外の人物(ここでは若尾文子)に右側の顔を向けるといういつものやつ。
そろそろ飽きてきた方も多いかと思いますが、
見事に法則通りになっているのはお分かりいただけるかとおもいます。
んで、
S48 楽屋(二階)
すみ子「どこ行ったんやろ?」
湯上り、という設定の京マチ子は 右側のきびしい方の顔を向けていますので――
とうぜん一座の誰かとの会話なわけです。
まあ、田中春男(矢太蔵)なんですけど。
このS48は 地味だけどすさまじいシーンのような気がする。
有名な夕立のシーンよりも 本当にすごいのはこういうなにも起こらないシーンだったりする。
背景で一座のおっさん達が将棋だかなんだかをしているあたりも深い意味がこめられていそうな気がする。
(「すべてはゲームにすぎない」とでも言いたいのだろうか。小津安っさんは?)
京マチ子・田中春男・三井弘次・潮万太郎・中村鴈治郎の豪華な面々による
ちぐはぐな……アバンギャルドといってもよいような会話といい――
なにか「小津映画の極北」を目にしているような気さえしてきます。
で、その中心にいるのが 「京マチ子」という「右」「左」正反対の顔をもつヒロインなわけです。
矢太蔵「親方、魚釣りにいたンと違いますか」
すみ子(不審そうに)「魚釣り?」
カットバック。
矢太蔵「ヘエ、床屋で顔あたってもろてましたらナ、若い男の人と釣竿持ってナ」
毎度おなじみ、対角線。
すべてがピエロ・デッラ・フランチェスカみたいにきまってる……
むさくるしいおっさん達が写っているだけのカットなんですけど……
そういえば、小津映画のヒロインはよく手ぬぐいだのタオルだのを持ちますが――
やっぱり日本舞踊からきてるんでしょうね。
たぶん 小津が戦場から帰って来て第一作 「戸田家の兄妹」の高峰三枝子様が最初にやったんじゃないか?
原節子が手ぬぐいだのタオルだのをいじるのが一番ポピュラーですが――
↓↓このショットからして、この作品「京マチ子の映画」なのだな、というのがよくわかる。
すみ子「若い男って?」
矢太蔵「知ってやなかったンでっか。郵便局の人やたら言うて――。鏡に映りましてン」
「鏡」というキーワードもでてきます。
ひたすら丁寧なカットバックで淡淡と処理していきます。
すみ子「そう、あんたここどうしたん」
このショットはすさまじい……
完全にこれは
「右側の顔」「左側の顔」中心に映画が組み立てられているというメッセージ――のような気がしてしょうがない。
またもや六十年後のわたくし、トマス・ピンコへのメッセージか(自意識過剰!笑)
「鏡」という 「右」「左」を逆にしてしまう装置もありますぜ↓↓
矢太蔵「へえ……ちょっとイカレマシタンヤ……床屋で」
すみ子「そう……(と不審そうな顔で)」
すみ子「じゃ加代ちゃん、あんた先ィ入ンなさい、お風呂」
加代ちゃん、若尾文子にも「右側の顔」を向けます。
腕の角度は見事に対角線。
カットバック。
加代「そう。じゃ――」
カットバックしたそのカットも見事に「対角線」してます。
子役の島津雅彦くんの座る位置は あらかじめ計算されている、ということです。。。↓↓
恐ろしや。
駒十郎……鴈治郎さんが帰ってきます。
(息子の川口浩と釣りをしていた)
しつこいようですが、この二人の並び順は必ず
中村鴈治郎(左)京マチ子(右)です。
で、京マチ子は左側の顔を 鴈治郎さんに向けます。
すみ子「釣れた?」
駒十郎「何が?」
すみ子「おサカナよ」
駒十郎「アア……」
と稍々まごつく。
畳すれすれのローポジションのカメラなので
京マチ子の足の指が写っているのが妙にセクシーです。
あと、鏡に映りこんだ鴈治郎さんの顔にもご注目。
すみ子(問い詰めるように)「どこ行ったのよ?」
駒十郎「釣りやがな」
すみ子「そお。――だれやの、一緒に行った若い人って」
駒十郎「ウ?――アア、ご贔屓さんのぼんぼんや」
すみ子「郵便局の人やって?」
すみ子(探るように)「なんぞあンのとやろ? おかしいわ」
二人の表情の微妙な変化がすばらしいところです。
駒十郎「何がや?」
タバコの角度が対角線してます。
すみ子「……トボけとんのと違うか」
駒十郎「お前がおるのに、そんなこと出来るかいな。阿呆らしィ、この年して、若いころと違うがな。わかっとるやわな、わかっとるやろ……」
またまた鏡に映りこんでます。ウソをついている顔。
すみ子「ふん……うまいこと言うて」
と、京マチ子の「左側の顔」――宮川一夫のいう、やさしい顔――で、
すさまじかったS48は終わります。
その1 終わります。