小津安二郎の「浮草」(1959)には、
京マチ子の「顔」
……をめぐって以下の3法則があるのではないか?
という記事。
2回目です。
3法則とは。
「S96 楽屋口」以前……
法則①京マチ子は、中村鴈治郎に対して常に「左側の顔」(やさしい顔)を向けている。
法則②京マチ子は、中村鴈治郎以外の人物に対して常に「右側の顔」(きびしい顔)を向けている。
「S97 人のない客席」以降……
法則③京マチ子は、誰に対しても常に「左側の顔」(やさしい顔)を向けている。
以上となります。
この3法則――つまり、作品全体の撮影プラン・演出プランの発案者は
キャメラマンの宮川一夫だったのではないか?
という推測を前回書きましたが、根拠は何もありません。
ただ、京マチ子とのつき合いの長さからいえば 圧倒的に小津安っさんより宮川先生の方が長いわけで、
(言わずもがなですが、クロサワ「羅生門」の撮影はもちろん宮川一夫)
そう考えるのが自然。だとおもえます。
ついでに書きますと、
蛮友社「小津安二郎・人と仕事」によると S12の俯瞰撮影の他、
カラー撮影のいろいろなテクニックに関して
宮川一夫のアイデアがどんどん採用されたらしいことがわかります。
(最近読みました マガジンハウス「人は大切なことも忘れてしまうから ――松竹大船撮影所物語」
によると、蒲田・大船は 最先端テクノロジーを積極的に採用する撮影所ではなかったらしい)
□□□□□□□□
もとい、ものすごく中身の濃かったS48に続きまして
ものすごく美しいS50-S52が続きます。
かき氷という涼しげで色鮮やかなアイテム。
京マチ子たんの肌の色艶も 他のシーンではなにやらくすんでみえることが多いのですが、
(まだカラー撮影のテクニックが確立されていないのか?)
このシーンでは光り輝いてみえます。
S50 氷屋
すみ子(京マチ子)が 一座の古株の扇升さんを尋問しています。
法則②京マチ子は、中村鴈治郎以外の人物に対して常に「右側の顔」(きびしい顔)を向けている。
この法則通りの並び方に、当然なりますな↓↓
対角線してます。
というか、S50 S52は一貫して対角線で攻めます。
すみ子「なあ、あんた知っとるンやろ? ええやないの、ねえ、教えてくれても――なア、あんたから聞いたって言わへん」
はい。「右側の顔」です。一貫してこちら側です。
ばっちり「対角線」
かき氷をスプーンでかき混ぜます。
有名な話で 吉川満子が「母を恋はずや」の1カット。
カップの紅茶をスプーンでかきまぜる1カットに24時間かかったという……
えんえん絞られたという……(24時間‼!)
京マチ子は、さて、すんなりいったのかな?
池辺良は 小津の指示通りタバコの箱をくるくる廻すのに苦労したというが。
対角線を保ちつつ、
小津の指示通りにスプーンを廻して、
しかもセリフをいう。
おそらく目線の細かい指示だってあるだろう。
考えるだけでゾッとするな。
俳優さんってすごい。
まあ、それができない三流芸人の方が多いだろうが。
「かき氷」というアイテムの選定も完璧だとおもう。
小津映画において 男女が共にeatするというのは、 家族か将来結婚するカップルに限られている。
すみ子―扇升は もちろんそんな仲ではない。
といってこの作品世界に「喫茶店」などは持ち込めない。
酒を飲みながら、というのもおかしいだろう。
そこで登場したのが「かき氷」なのだろう。
もはや固体ではなく……ほぼ液体になってしまった「かき氷」
二人はeat ではなく drinkしているのである。
さらに小津の大好きな「赤」でもある。
対角線。
扇升さんのスプーンの角度は対角線に対して直角↓↓……深読みか?
小津作品はとにかく1カット1カットがおもしろすぎるんです。
ぜったいにこの人は将来 ビデオ装置的なモノの出現を予測していたんじゃないのか??
自分の作品がそうやってマニアックにみられることを期待していたんじゃないのか??
S52 氷屋
すみ子「あんた、親方とは古いつきあいやし、なあ、知っとるんやろう? うちが知らんころにもここへ来とるんやし……言うて、言うて頂戴、ねえ」
「対角線」
しつこいですが……
あと。
背景の鯉のぼり……
「出来ごころ」のかあやん(飯田蝶子)の店の「引用」ですね。
あと、なにかにも出てきたような気もする。なんだっけ?
扇升(呟くように)「……仕様がないわィ……」
すみ子「何が仕様がないの?」
スプーンは垂直に立てるように指示されているんでしょうか?
上記のように、このシーンの京マチ子たんは本当にキレイです。
楽屋のシーンだと、なんか肌の色がくすんでみえるんですよね。
すみ子「何がや? ねえ、なんで仕様がないのや?」
あ。スプーンを置きました。
はっきりいってセリフは何にも内容がないのですが――
画面上の情報が多過ぎる。
扇升(ボソリと)「……この土地ィ来たらな……(呟くように)一世の縁や……」
と、万事が万事こんな調子で 何も語ろうとはしないシナリオ。
小津のシナリオはなにかというと「空間論」に持って行くような気がする。
(野田高梧とコンビを組む前からそうだったとおもう。現存最古の「若き日」からしてそうなのだ)
「土地」というコトバにご注目いただきたい。
すぐあとのS55で 京マチ子はこの「土地」というコトバを口にするんである。
「どうしてこんな土地ィ来たんやろねえ」と。
すみ子「そおか……やっぱり……ね、どこ人? どこの人や?」
というから、やっぱり「空間論」
どこ? というんだからおもしろい。
美人なの? いくつの人? などとは聞かないんである。
そしてトマス・ピンコが今回こだわっている 京マチ子の「右側の顔」「左側の顔」というのも
やっぱり「空間」の問題なんである。
一体なんなんでしょうね? 小津安二郎作品というのは??
すみ子「六さん知っとんのか、そうか、六さんも知っとんのやなァ」
すみ子、じっと考え込む。
というので、ものすごく美しかった氷屋のシーンは終わります。
S55 楽屋
はい。お決まりの並び順。
中村鴈治郎(左)―京マチ子(右)
当然ながら……
法則①京マチ子は、中村鴈治郎に対して常に「左側の顔」(やさしい顔)を向けている。
すみ子「ええのか、親方――」
はい。対角線してます。
おそらくタバコの角度も決められているのだとおもわれます。
駒十郎「何がィ?」
鴈治郎さん。
真正面の顔も強烈ですが、横顔も迫力あるな。
すみ子「こんな入りで」
「どうしてこんな土地ィ来たんやろねえ」
でました。「土地」なるワード。
タバコの角度は水平。
S56 舞台裏
六三郎(声をひそめて)「来てますンや」
すみ子「そうか」
!!
ようやく出ました。
京マチ子の真正面のバストショット!!
真正面。
おもしろいのはですね。
121シーンからできているこの作品。
我々が京マチ子を真正面からみるのは ようやくこのS56なんですね。
このショットがはじめてなんですね。
それまでは真横から・もしくは斜めからのショットなんですね。
ここは真正面のカットバックなので 法則②
法則②京マチ子は、中村鴈治郎以外の人物に対して常に「右側の顔」(きびしい顔)を向けている。
の例外……ともいえますが、
しかし、「左側の顔」を向けている、わけでもないので
法則通りとも言えます。
あと、注目したいのは↓↓
左側(京マチ子からみて)から照明を当てていることですかね。
これはおそらく……
次のシーンで 京マチ子の「左側の顔」を
我々が目にするのと関係があるのでしょう↓↓
カットのつながりに関係があるのでしょう。
S57 下座の囃子部屋
六三郎(格子窓から客席を覗いて)「あれです」
すみ子「どれ?」
六三郎「向うの隅の、柱の前の……団扇の……」
と教えて戻ってゆく。
ここは京マチ子は「左側の顔」を六さんに向けているので
法則②が破られているようにもみえますが。
はじめに断ったように この法則はカットバックで対話が行われた場合のことを言っていますので、
法則は破られていません。
というか、このショットの見どころは↓↓
六さんのアゴがきちんと対角線上に乗っているところか。
(そんなことに注目する奴はだれもいないって!)
で、以降、われわれは
えんえん京マチ子の「左側の顔」を目にします。
ここはどう解釈すべきなのかな。
S58 客席
お芳が見に来ている。
S59 囃子部屋
じっと見ているすみ子。
座主である笠智衆とのカットバックのように法則の例外が行われている――
と、みるべきなのか。
(杉村春子も小津映画のアイコンといっていいビッグネームですし、この作品世界において京マチ子のライバルでもあります)
京マチ子はただ覗いているだけなので カットバックではない、と解釈すべきなのか。
どちらにしても、
京マチ子の「顔」
をめぐって、基本プラン通りに撮影されている、といっていいのではないか?
うん。「基本プラン」などといって
トマス・ピンコの野郎が勝手に推測しているだけなんですけどね。
S64 楽屋
すみ子(不機嫌に独り言)「フン、バカにして」
駒十郎(聞き咎めて)「どうしたンや?」
すみ子「どうもこうもあらへん」
駒十郎……鴈治郎さんとのカットバックなので
当然 法則①で 「左側の顔」を向けます。
駒十郎「さッきからひとりで何ボヤいとンのや、ウダウダと……」
すみ子(吐き出すように)「フン、あたりまえや! 初めからわかっとるわ!」
で、以下、
京マチ子が「つるや」に乗りこんで来て大暴れ、というシーンを見て行くのですが、
(S69~S72)
最大のポイントは
「つるやのシーンでの 京マチ子の真正面のバストショットは
必ず「右側」(きびしい顔)の方向から照明を当てている」
というところなのかな? とおもえます。
先ほどのS56 六さんとのカットバックでは 正反対の「左側」から照明を当てていましたので
あらためて比較するとおもしろいです。
これもやっぱり宮ちゃん――宮川一夫先生の仕事なのでしょう。
S56 左側(やさしい顔)の方から照明を当てている↓↓
S69 右側(きびしい顔)の方から照明を当てている↓↓
右側からの照明だと 能面みたいなのっぺりと冷たい顔の印象です↑↑
にしても、NHKの番組でおっしゃっていたように如実に変わりますね。すごいな。
照明技術の成果、でもあるのでしょうが。
もとい、
S69 店
お芳「おいでやす」
すみ子「一本つけて」
真正面のバストショットのカットバック。
先ほどの すみ子―六さんの真正面のカットバックはこれの準備だったのでしょう。
しかも 上述のとおり、照明のあて方をガラッと変化させている。
すみ子「うちの親方来てまへんか、駒十郎――」
つまり、
「全部お見通しよ」
という決定的なセリフです。
このセリフのあと おもしろいことをやっていて――
というか、ごく当たり前の技法なんですが……
京マチ子→杉村春子 のカットの繋ぎ……
なんと。小津がディゾルヴやってる……
んですよね↓↓
というか、DVDを一時停止→再生→一時停止 なんてことを繰り返していて
たまたま気づいたんですが……
小津のディゾルヴなんて 二十代の……サイレント時代しかお目にかかれないと信じていたのですが、
後期作品……しかもカラーの「浮草」で ディゾルヴですか……
これもやっぱり宮ちゃん案件……宮川先生のアイディア??
お芳「アア、見えてます」
京マチ子も杉村春子も 抑制された演技が素晴らしい……
日本映画の黄金時代……
今まで褒め忘れてましたが、セットもすんばらしいですよね。
すみ子「ちょっと呼んでおくれやすな」
で、鴈治郎さん登場、なんですが、
ここはまだ真正面のカットバックではないのがポイント。
「真正面の対決」は このあとの夕立のシーンにとっておいてあるわけです。
ホント丁寧すぎる作りです。
S71 店
駒十郎「何や? 何の用や?」
すみ子の顔に微かに冷笑が浮ぶ。
はい。ここも法則通り。
法則①京マチ子は、中村鴈治郎に対して常に「左側の顔」(やさしい顔)を向けている。
きっちり対角線。
ここは、ですね。
戦前の「浮草物語」(1934)S51ですと、真逆の向きなんですね。
おもしろいなぁ。
駒十郎「何しに来たんや?」
すみ子「来たらあかんのか」
駒十郎「なんやと?」
すみ子「ご贔屓の旦那って、ここのおかみさんやったのか?」
と立上って奥へ行きかける。
駒十郎(止めて)「どこ行くんや」
もう、明白におびえていますね(笑)
というのも、京マチ子が真正面だからです。
中村鴈治郎-京マチ子の真正面のカットバックというのははじめて。
すみ子「お礼言うとくんや、あんたの旦那に」
旦那……鴈治郎・川口浩を 一種の同性愛カップルとみると
じつに深い意味……
S72 奥
すみ子「おかみさん、えらいお世話かけますなア」
ものすごい笑みの京マチ子……
こんな顔で迫られたら さすがの杉村春子先生も怖いのか……(笑)
すみ子「なあ、おかみさん。トボけないでや」
と実際のプリントではそう言ってますが、
これは全集のシナリオにはないセリフ。
に、しても怖い……京マチ子……
宮川先生のいう「きびしい顔」……右側に照明が当たってます。
はい。完璧な対角線。
鴈治郎さんの立ち位置 バミってます。
京マチ子の位置もバミってないと こうは撮れないか。
ものすんごく豪華な1ショットなわけです。
これは今 地球上の誰もやれない1ショットでしょう……
まあ、似たようなことはやれるだろうけど……
CGやらなにやらで作れる画像なんてものは大したものじゃないんですよ。
本当にすごいのはこういう 人の手でチマチマ作ってる画像なんですよ。
(なにが言いたいか、というと――PUI PUI モルカーは本当にすごい! ということだ(笑))
すみ子「ちょっと、あんた、ここの息子さんか――」
川口浩とのカットバック。
会話はないですけどね。
ちなみにこのシーン 杉村春子・川口浩親子は「白」系の衣装。
京マチ子が「黒」
この対照もおもしろいですね。
すみ子「あんたのお父ッさん、どういう人? 何してる人?」
分析 その2終わります。