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小津安二郎作品の服装調査 その4「その夜の妻」(1930)岡田時彦・八雲恵美子

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「晩春」の調査終りまして、

再び 初期作品に戻ります。

 

小津の最盛期の……

あまりに精緻で、精密で、

あまりに繊細で、それでいて巨大な怪物的作品から、

こういう初期作品に戻ると、なんというか、落ち着くというか、

小津安っさんも若い頃があったのだな、とおもいます。

 

それにしたって、とても精緻に スタイリッシュに組まれた作品です――「その夜の妻」

(雑でもすごい作品、というのも当然ありえますが)

 

 

たった一晩の出来事を扱っているだけに

登場人物は基本、着替えません。

帽子を脱いだり、かぶったりという動作だけです。

特筆すべきは「ピストル」という小道具でしょうか。

しかも着物美女の八雲恵美子が 両手にピストルを構えたりします。

 

さて、人物ごとに見ていきます。

 

・岡田時彦

S12

えー

銀行強盗の格好です。

覆面してピストル持ってます。

 

岡田時彦は当時の大スタアです。

岡田茉莉子さんのお父さんです。

 

S16 別アングルから↓↓

こういうシチュエーションでも律儀に帽子をかぶります。

 

数年前にこの格好だと「ン!?」という感じでしょうが、

武漢肺炎パンデミックの今、「変わったマスクだね」で済んでしまいそうなのが怖い。

 

S18

覆面を外します。

 

えー、以下、

短い映画で 服装だけでは記事の内容が薄くなるため、

個人的に気になったディテールも見ていきます。

 

まず、電話機。

S48↓↓

医者役の斎藤達雄。

この人は脇役の方がいいな。

なんかクセが強いんだよな。

演技もワンパターンだし。

実際、この作品以降、小津作品の主人公は岡田時彦に移行していきます。

 

しかし、こういう卓上の電話機というのは高価なものだったのではないか。

S49

一方、「自動電話」で通話している岡田時彦です。

当時「公衆電話」とはいわず、「自動電話」といったようです。

(というか、なにが「自動」なんですか? 発電する必要がない、ということか?)

 

また、アップなのでネクタイの柄もよくわかります。

斜めストライプ、そういや「晩春」の笠智衆がモーニングにこんなネクタイでしたので、

小津安っさん、こういうのが好きなのかもしれません。

 

自動電話のボックス↓↓

ずいぶんおしゃれなシロモノです。

 

海野十三「深夜の市長」(1936)で

「公衆電話箱」とか「電話函」とか書いてあったのがこれだろう。

小津安二郎全集所収の「その夜の妻」のシナリオでは

「自動電話のボックス」と書いてある。

 

アップ↓↓

 

アールデコ好きにはたまらんデザインでしょう。

しかし、なぜここまで凝る必要があるのだろうか?

電話の上の額にはいった文章? は何なのか?

使用方法のマニュアルにしては長くないか?

いろいろ謎のディテールが多いです。

 

つづいて「円タク」です。

当時の文献にはよく出て来るシロモノですが、

 

S56↓↓

どうもこんなカードというかプレートというか、を フロントガラスのところにぶら下げていたらしい。

お客さんが乗ると、このプレートをはずす。

 

S58

円タクの中でタバコを吸う岡田時彦。

 

そのタバコの灰、および箱を 何食わぬ顔でクルマの床に捨てます。

これが当時一般的であったのか?

それとも 

こういうだらしないヤツだから強盗なんかするんだ

ということなのか?

(小津の登場人物は、かなりきちんとした生活習慣の人が多い)

 

あと、はいている靴がよくわかります。

 

S61

お客が降りて 運転手がまたプレートをつけます。

左側は「郡部メータ制」と書いてあるのかな?

 

この運転手(山本冬郷)が実は刑事だった、ということなんですけどね。

 

S66

やっと着替えシーン(笑)

ふたたび服装の話題です。

 

帽子を脱ぎ捨てる岡田時彦。

 

脱ぎ捨てられた帽子が机の上に。

ここらへんも 小津作品の一般的な標準からすると

だらしないんだよな……

 

ただ、この帽子を部屋にやって来た山本冬郷が見とがめる、という伏線があるので

こうせざるを得なかったという気もする。

 

「この作品はだらしない」とかいうことではなくて、

なぜ、岡田時彦のキャラクターがここまでだらしないのか?

という疑問を書いております。

 

帽子を脱いだところ。

 

S67

病気の娘をみつめる岡田時彦。

左、八雲恵美子。

 

今回改めて見ておもったのは、

八雲恵美子、かなり小柄だな、ということです。

もっとすらっと背の高いイメージを勝手に持ってましたが。

 

引き続きS67

ネクタイをほどく。

 

で、ほどきっぱなし。

で、以降、このまんま。

 

やっぱし、

この作品の岡田時彦はだらしないです。

(ただ、後述するように、これも深い理由はあるとおもう)

 

ジャケットを脱ぎます。

サスペンダーがなんかカッコいいんだよな。

当時の写真を見ると、小津安っさん自身もサスペンダーをしている。

 

八雲恵美子とのカットバック。

まあ、例の定石無視のカットバックですね。

 

手にしているのは大量の現金。

 

誰かに似てる、とおもったのだが、

戸次重幸さんに似てないか?

それとも、私が最近 CSで毎日のように「おにぎりあたためますか」を見ているせいですか??

シゲさん、こういう表情しません?↓↓

 

で、ジャケットからピストルを取りだすシゲちゃん……ではなくて、岡田時彦。

 

コルトのオートマチック? でしょうかね?

 

疑問なのは……

ピストルを売れば、娘の医療費は払えたのでは?

ということなんですが、

 

S67に

「おれ達の仲間はみんな貧乏人だ。何処へ行ったって貸してくれる奴はありゃしねえ」

などというセリフがあり、

この部屋の様子から判断するに、

岡田時彦はプロレタリアート美術の画家なんじゃなかろうか?

(若き日のクロサワみたいに)

という気がします。

で、ピストルも彼個人の所有物ではなく、グループの所有物なんじゃないか? という気がします。

 

ついでに言うと、

この作品の岡田時彦のだらしなさ、というのも

彼が社会主義だか共産主義だかにかぶれているという描写なのかもしれないな、

と僕は思っております。

 

えー

一気にシーンが飛びます。

 

S91

ふたたび帽子をとる岡田時彦。

 

ご覧になっていない方は何が何だかわからないでしょうが。

部屋にやって来た刑事(例の山本冬郷)が寝てしまったので

今のうちに逃げてしまおう、というところ。

 

S93

律儀に帽子をかぶる。

終始だらしないが、このあたりはさすが(?)戦前のニッポン人。

 

ジャケットも着ます。

八雲恵美子を見上げる。

 

見下ろす八雲恵美子。

ヘンな感傷的な演技をさせないあたり、さすが小津安っさん。

例によって、まったく視線は合わないし。

 

ん、だが、

逃げたと思ったら

まだいます、戸次重幸。

じゃなかった、岡田時彦。

 

S94↓↓ なんだかファッション雑誌の一カットのようです。

曰く

「おれはもう逃げるなんて言う

馬鹿な考えは捨てちまったよ」

 

S95

室内に入れば、律儀に帽子をとる。

 

娘を見つめる。

 

背景のキリル文字。

「絞首刑」を示すかのようなロープ。

(もちろん彼の犯罪はそんな重罪ではないだろうが、このまま逃亡して殺人など犯したら……ということ)

後年の小津作品からみると、あざとすぎるような背景ではあります。

 

「子供の眼が覚めない間にお伴をさせて頂きます」

 

で、再び帽子をかぶる。

あ、絵筆が見えますね。「テエブル」の上に。

 

S98

刑事の山本冬郷は タバコをきちんと「シガレツトケエス」に入れているんですよね。

金属製のしゃれたシガレットケースです。

「落第はしたけれど」の斎藤達雄もきちんと革のケースを使っていた。

 

それを紙の箱のままの岡田時彦はやっぱりだらしないのだ。

やはり 小津安っさんの 「アカ」に対するイメージというのがよくわかる。

つまり、

「アカ」=「だらしない」「スタイリッシュではない」

なのだろう。

(だらしなくても、岡田時彦はかっこいいんですけどね)

 

この二人の組み合わせ、いいな。

さいご。

この八雲恵美子&市村美津子のショットは美しすぎるから載せておきます。

S103 聖母子像ですね。

窓枠、という「額」におさまってますし。

 

つぎ。

ヒロインの服装調査です。

・八雲恵美子

S26

 

着物にエプロンというスタイル。

 

洋室ですので……

 

スリッパをはいています。

 

医者の斎藤達雄が娘の様子をみています。

 

ベッドのあたり、楕円形の額にはいった絵? らしきものがみえます。

楕円、というとどうしてもエルンスト・ルビッチを思い出すんですが。

 

八雲恵美子。本当にキレイです。

だが、キレイなだけでは大スタアにはなれないのですね。

田中絹代が持っているような、万人受けする愛嬌というか、

パッと明るいイメージはこの人にはないなあ。

でも……当時の松竹の女優陣では一番の美人でしょう。

 

あと、気になるのは……久生十蘭の「魔都」(1938)

 この婦人は村雲笑子(むらくもえみこ)といって四、五年前まではそうとうに鳴らした映画女優だったがあんがい眼先のきくところがあって、映画会社の重役をのっぴきならぬ関係に嵌め込み、人気のほかは収入(みいり)もない映画女優などは後足で砂をかけ、土橋に近い銀座裏のある町角に「巴里」という秘密めかしいバーを出させてその女将におさまり、この二、三年のうちにもう十万は溜めこんだろうという評判のある才色兼備の婦人。

(教養文庫、久生十蘭著「魔都」9ページより)

 

この「村雲笑子」は、八雲恵美子をモデルにしてるのでは?? とかおもってしまうのは……

「銀座細見」(1931)に、こんな記述があるからで。

 

名流カフェ

変な名のつけようだけれど、つまり他の事で世間的に有名になっている人が、カフエを経営して、その有名カフエの人気に転換しようと試みる店のことである。これには俳優が多い。まず沢正の先妻渡瀬淳子のジュンバー、水谷八重子のメーゾン・ヤエ、佐々木清野のバア・キヨノ、八雲恵美子のバア・スワロオ、花柳はるみのサンチャゴ、などの類である。

(中公文庫、安藤更生著「銀座細見」114-115ページより)

じっさいに「バア・スワロオ」なるものをやっていたらしいのです。

あと、引用はしませんが、

教養文庫「日本映画俳優全史 女優篇」では 本名は「笑子」である、とか

新橋で「八雲」というバーを経営していたが、戦後、なくなった、とか、書いてある。

(ただ、この本の情報は誤りが多い気がする)

 

なので……八雲恵美子も「魔都」の村雲笑子同様、なにやらダークサイドの連中とつながりがあったのだろうか??

などとおもうが、よくわからない。

(戦後、実業家として成功したらしい、というウィキペディア情報もあるし)

海野弘先生の「久生十蘭『魔都』『十字街』解読」で一番期待したのはそこなんですが、

「村雲笑子」については全く触れらていなかったとおもう。

 

もとい、

S31 ポットでコーヒーを入れるというシーン。

 

このポットは……

前作「落第はしたけれど」

田中絹代がもっていたポットと同じ物でしょう。

 

というか、前回「晩春」を調査した時

月丘夢路のこんなショットをみましたが↓↓

 

女性になにか液体を注がせるのがたまらなく好きなのでしょう、小津安っさんは。

 

S38

後姿はこんなです。

和装に詳しい方に解説願いたいものです。

 

S78

このシーンは 八雲恵美子の数少ない着替え(?)シーンであると同時に、

この作品 屈指の名シーンです。

 

まず、山本冬郷の刑事が、男物の帽子を見つける。

 

それを八雲恵美子にかぶせる。

「旦那の居場所を知っているんだろう」ということです。

 

たまらなくかわいい八雲恵美子。

 

蓮實重彦先生がこのショットについて ゴダールがなんだかんだ書いてたように思う。

「勝手にしやがれ」か?

(ゴダールには興味がないんです)

 

帽子を脱ぐ。

 

驚いたのが ここです。

 

こんなセクシャルなイメージをふりまいていたとは!

 

つまり、

帽子=男根

これは誰でも思いつきますが、

こうすると↓↓

帽子=女陰

になるわけです。

 

つまり、このシーンの八雲恵美子は

両性具有のスーパーウーマン

になっているわけです。

 

そのスーパーウーマンがピストルを

 

刑事の背中に押しつけます。

 

ロングショット。

カアテン=スクリインの向こう側から岡田時彦が現れるというあたりも憎いです。

 

 

 

二丁拳銃の八雲恵美子。

 

まあ、余計なアドバイスをすると、この姿勢で撃ったら弾丸はとんでもない方向に飛んでいきますがね。

腕はまっすぐ構えて、発射の衝撃を受け止めるようにしないといけません。

山本冬郷はなんとなくそのことが分かっているのかもしれない。

 

えー、

で、

岡田時彦がなぜだらしなくネクタイをほどいたままでいるのか?

この謎も解けるわけです。

 

つまり、八雲恵美子が「二丁拳銃」という

過剰な男根を持っている以上、

岡田時彦が

ネクタイ=男根

を持っていてはそれはバランスが悪いわけです。

 

岡田時彦は去勢されていなければならない。

ので、彼は終始 だらしなくネクタイをほどいているのです。

 

先ほど

「アカ」=「だらしない」「スタイリッシュではない」

などと書きましたが、

岡田時彦のだらしなさは「去勢」のしるしでもあるかとおもいます。

 

単に……

着物+エプロン+二丁拳銃

これがたまらん、という理由かもしれませんが。

別アングルからも撮りますよ。

で、

スーパーウーマン・八雲恵美子が 刑事を脅迫している間。

 

去勢された夫・岡田時彦が娘の看病をする、という構図です。

べつに……

「子供の看病は女の仕事だ」

などと言いたいわけではないです。

ただ、1930年当時は一般的にそうだったでしょう。

 

S81

ピストルを構えつつ あくびをします。

S84

寝てしまいます。

そうそう、伏線として、娘の看病でずっと寝てない、という描写があるわけです。

 

目が覚めると、

ピストルは山本冬郷の手の中に。

 

キーっ

悔しい。

 

こんな風に……

八雲恵美子は終始 着物+エプロンです。

帽子をかぶらされて、脱いで、

ピストルを両手にかまえて、とられて、

という……実に変わった、ヘンテコな着替え(?)をします。

そして最後に……

 

ピストルを握っていた両手で

愛する娘を抱っこする、というこのショットにつなげます。


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