壇一雄である。
「壇蜜」でも「壇れい」でも「団鬼六」でもないっす……
え~、はやいはなしが
壇ふみのお父さん。
そんな壇一雄であります。
□□□□□□□□
えー…もともと、伊達順之助(1892-1948)という人に興味があって、
んで資料として、
・壇一雄「夕日と拳銃」
・胡桃沢耕史「闘神―伊達順之助伝―」
この二冊を買ったわけです。
伊達順之助という人は…こまかいことはWikiかなにかでみていただくのが
手っ取り早いと思うんですが…
伊達政宗直系の子孫、つまり華族のドラ息子で…
学生時代に殺人事件を起こして、
んでも、相手がただチンピラ、に対し貴族院議員のお坊ちゃんでは、まあ
大した社会的制裁も受けず…そんな暴れ者が
なんのかのあって大陸に殴りこみをかける。
(大陸に渡ってからも殺人事件を起こしてる)
朝鮮の反日テロリストを掃討したり…(一つの村をまるごと焼き払ってます)
「満州国」の軍人になって、馬賊を掃討したり…
まあ、色々暴れまわった人です。戦後戦犯として処刑されます。
胡桃沢の「闘神」というのは、その伊達順之助の評伝。
内容は…はっきりいってそんなにおもしろくない。
どういう本かというと…
「あの~…伊達順之助に関しては『馬賊』だとかなんとか色々言われてますけど、でもそんなにものすごい『ワル』だったわけじゃないんですよ。けっこうちゃんとした人だったんですよ。それに例の殺人事件だって…あれはね…いろいろ事情があって…」
という内容。徹頭徹尾言い訳じみてる。
あのな…
カタギの人間は二回も殺人事件を起こしたりしないだろう。
フツーの学生はスミス&ウェッソンのリボルバーとか持ち歩きません。
それにさ、殺し方が殺し方だよ。
正当防衛とかそんなじゃないんだもん。
心臓を撃ち抜くとか、脳天を撃ち抜くとか…確信犯だろ?え?
僕はこの「伊達順之助」という人はまともな奴だったとはとても思えない。
甘やかされたお坊ちゃんが殺人鬼に堕ちていった…
ただそれだけのことでしょ?
日本人はどうしても「血」に弱い気がする…「高貴な血」とかそういうの。
□□□□□□□□
はい。というようなわけで本題。「夕日と拳銃」の解説。
まー…そういうどうしょうもない「ワル」をモデルに
壇一雄先生が小説を書きましたよ。
あの「火宅の人」壇一雄ですよ、
家庭ほったらかして、愛人と遊びまわり、
無頼派ですよ、ワルですよ、
おまけにタイトルが「夕日と拳銃」ですよ…
というわけで、ものすごいセック○、ドラッグ&ロケンロールな
ハードボイルドを期待したんですが…
全然違いました。なんか、こう…純情な…
すげーピュアな、世界を股にかける恋愛小説ですよ、これは。
なんか良かった。
胡桃沢なんとかは読まなくても良し、ですが、
こっちは読んどいた方が良いです。
結論を言うと…
「これはドストエフスキーの『白痴』に似ている」
のです。
①ムイシュキン公爵=伊達麟之助
主人公・伊達麟之助は、しょっぱな
九州出身の拳銃バカとして登場します。
以下、祖父時宗伯爵と麟之助の出会いの場面…
「こら、麟之助」
「ハー」
「昨夜ついたというのに何故ワシのところに挨拶に来んか?」
「セカラシカローち(面倒だろうと)思いました」
「誰が?」
「おジジ様がですタイ」
「バカ。挨拶というものは首がふっ飛ぶ時でも、キチンキチンとするもんだ。間もなく、お前も学習院に入るのだぞ。朝、ワシのところへ来る時には、お早うぐらいは云いなさい」
「お早うございまっする」
(新潮社「壇一雄全集Ⅴ夕日と拳銃」9ページより)
九州弁(異国のコトバ)を語る純真なバカ…
このあたり、外国人みたいな恰好で登場する聖なるバカ・ムイシュキン公爵そっくりな気がします。
あと、おジジ様がいう「首がふっ飛ぶ時でも」ってのが
麟之助の最後(戦犯として処刑)と照応しあって実に効果的です。
②ナスターシャ・フィリポヴナ=山岡綾子
「白痴」っていうのは、
聖なるバカ・ムイシュキン公爵ってのが、
ナスターシャ・フィリポヴナっていう絶世の美女…
なにかこう「ファム・ファタル」めいた悪女を
一途に思い続けるというのが主なあらすじなんだが…
「夕日と拳銃」の伊達麟之助は、山岡綾子という女性を思い続ける。
綾子も綾子で麟之助を愛しているんだが…
けっきょく最後の最後まですれ違い続ける…
ただ麟之助の綾子に対する愛情ってのが、
母親とか姉とかに対する愛情となんだか似たものなんである。
麟之助は綾子のことをひたすら「おアネ様」と呼び続ける。
これでは、まあ、二人が結ばれないのも無理もないでしょう。
「まあー、騎士の接吻の作法も知らないの?ユカに片膝をついて、アタシの手に口をつけるのよ。ほら、こんなふうに」
綾子は麟之助の手を取って軟かい頬と唇をよせながら接吻をくりかえす。この日の綾子は少しばかり麟之助を挑発の気味があった。
「さ、麟之助。あなたが私の手を取って、今のように接吻をくりかえしてくれるものよ」
麟之助は相変わらずの棒立ちだ。
「バカね。片膝をついて、アタシの手に、ピストルのお礼を申し述べるのよ」
麟之助は綾子の手を握ったままようやく坐りこんだようである。眼をつぶって無念無想の面持ちだ。
ふるえる青年の唇を、綾子の白い手の肌にゆるやかにつけた。
「さ、お姉様有難うを仰言るのよ、麟之助」
「さ、一思いにお姉様って云って御覧なさい」
なだめられても、すかされても、麟之助の口は、綾子の手にくっついたまま動かなくなった。
(同書93ページより)
「騎士」というコトバがでてきた。
このあたり「ドン・キホーテ」=「白痴」=「夕日と拳銃」
なる公式が出来上がるでしょう。
↑上でご紹介したように、「麟之助」のモデル「伊達順之助」って人は
かなり陰惨なダークサイドな奴だったわけで…
それをそのまんま小説にしてしまう危険が壇一雄にはよくわかってたのかもしれません。なんで、この山岡綾子との大恋愛が中心に来ることで…
伊達順之助はライトサイドに生まれ変わる…
聖なるバカの伊達麟之助として登場する。
んで…
学生時代の殺人事件だとか、満州で馬賊みたいなことをやるとか、が、
非常に生き生きと描写されるんですな。
この伊達麟之助ならしょうがない、と読者の共感が呼べるわけですな。
麟之助はま一文字に口を閉じたままだ。しかし、その眼が、瞬間燃えつくすように光りはじめ、
「やっぱり、おアネさんでした。オレの目ン玉の中にチラついて離れんじゃったヤツは…」
猛烈な声だ。
綾子がビックリしてまわりを見まわした程である。
「でも、もうそのおアネさんはやめて…」
「はあ?」
「綾子っていってくれたらいいじゃない?」
「おアネさんは死ぬ迄おアネさんで、ヨカでしょうモン(もの)?明日タマにあたって死ぬ時デン(でも)お姉さんチ呼びつづけてヨカでしょうモン」
「ハイ、ハイ。でも縁起でもないことを云うもんじゃないワ」
(同書164~165ページより)
ま、この二人以外にも
恩師の野木将軍(乃木さん、だろうな)とか、
柔術の先生の逸見六郎とか(最終的に麟之助を喰っちまうほどに目立つ)
おこうさん、とか(麟之助が殺した男の妹…麟之助に惚れてしまう)
アロン、とか(馬賊の娘。やっぱり麟之助に惚れてしまうが、命を狙ったりもする)
魅力的な登場人物があとからあとから出てまいります。
なんでも読売新聞の連載小説だったらしい。
なるほど、題材が新聞小説向きだわ。とにかくおもしろかったです。