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小津安二郎「晩春」のすべて その1

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トトやんのすべて、ならぬ、「晩春」のすべて、です。

傲岸不遜なタイトルですが、やってみます。


なぜこの作品がモンスターであるのか、

ちょこっとでも解明できれば、とおもいます。

「その1」は、主要舞台である曾宮家を解剖したいと思います。


↓↓「晩春」の曾宮家の平面図がざざっとですが、できました。

ちょこちょこ小さく目盛を打っていますが

3尺(90cm)ごとに打っています。つまり2目盛が1間と。

しっかし、日本建築はパパッと図面がひけるので楽。


まず、平面図からわかることを箇条書きにしていくと、

(前回の記事とダブる点もありますが)

・お母さんの仏壇がどこにあるかわからない。

・お風呂の場所も明示されない。(おそらく洗面所の脇、ですが。薪で沸かすらしい、当時あたりまえか。)

・電話はないらしい。

・トイレの場所も明示されない。(一切言及されません。北側のどこか、でしょう)


といったところ。


また、作品から一切の情報が得られないものとして……

・曾宮家の外観は一切わからない。(屋根の形、壁の形状、等々)

・階段は一切みえない。(蓮実重彦「監督小津安二郎」参照のこと)


といったところでしょうか。

それから、

・カギはかけないらしい。

というのも面白い点です。

笠智衆、原節子が出かけるときは、高橋とよが留守番をしています。











①②③と番号が打ってあるのは

それぞれどのショットで、人物がどの場所にいるのかを示しています。

以下にショット1~ショット28までみていきますが、

数字は物語順です。

小津安っさんは「回想シーン」などという野暮なモノはぜったい撮りませんので、つまりは時系列順、となります。


まず、図面上の①②③の番号をみて、おもうのは……


「みごとにバラけてる……」

ということで、

どこかの部屋で事件・出来事が集中して起こる、ということはありません。


それと、どうも

・「晩春」=「曾宮家探検ツアー」

のようなところがあって、

観客は、作品の進行につれて、曾宮家をどんどん理解していく、という構図があります。

オープニングは曾宮周吉(笠智衆)の部屋、台所を示し、

それからしばらくして洗面所を示し、

で、アヤちゃん(月丘夢路)がきて、紀子(原節子)の住む2階が明らかになる。

なんというか情報を小出しにして、ジラす作戦が心地よい、というか、

イヤラシイというか……


――ま、いいや、1からみていきます。

しつこいようですが、「ショット1」は図上の①の場所で発生するわけです。


・ショット1



大学教授の笠智衆の仕事場です。南向きにすわっています。

机は南西の角にあるわけです。

隣家との境は竹垣です。


・ショット2


キャメラがガラッと逆を向きまして、

みえてくるのが……誕生仏、ですかね。

注目したいのは「3」つ、モノが並んでいる、ということ。


「3」……

「戸田家の兄妹」「父ありき」の正統な後継者である、ということです。


・ショット3



台所です。

電気屋さんがメーターをはかるので

助手の服部さん(宇佐美淳)が踏み台をもっていきます。


やばいのは電気屋さんのセリフ……

「3キロ超過です。ここへ置いときます」


「3」…安っさん、あんたの暗号、僕、見抜きましたからね。


・ショット4


玄関です。格子戸を開けて原節ちゃんが帰ってきます。


・ショット5



「3」人、なんという美しい構図……


左隅にまた仏像が……


平面図上の⑤は左隅の仏像の位置を示しています。

・ショット6



原節ちゃんの背後に仏像の写真。

仏様だらけの家です。


原節子ご自身も、なんか生きてる観音さまみたいだし……


図面上の⑥は仏像の写真の位置。


・ショット7



友人の小野寺(三島雅夫)が来まして、方角に関する話題。

「東はこっちだよ」

と指差す笠智衆。


とうぜん、笠智衆の部屋から玄関の方角を指さします。


・ショット8



縁側です。

洗濯物をとりこむ原節ちゃん。

エプロンに白ソックス。

右側にタンスがみえます。


図面上の⑧はタンスの位置を示しています。


・ショット9



玄関です。

帰宅した笠智衆を原節ちゃんが出迎えます。

また仏像の写真、椅子、

それと原節子の頭のかげに帽子掛けがあります。


・ショット10



3部屋がよく見通せるショットです。


おわかりかとおもいますが、手前が笠智衆の部屋。

その奥が食事をする部屋。

一番奥が、台所へと抜ける部屋。

台所は左手、玄関は右手、です。


・ショット11


洗面所。

「紀子、タオル」

右側にみえるのは笠智衆の書斎の雑然としたディテールです。

本棚はなく、書物を横に積んでおく流儀のようです。


洗面所から廊下を右手に進むと台所。


・ショット12




ちゃぶ台を囲んでのお食事。

左手にみえるのが食器棚。棚の上にはラジオ。

ラジオを聞くシーンはありませんが。


・ショット13



アヤちゃん登場。

また玄関。


注目したいのは椅子。

椅子、何に使うのかな、とおもっていたのですが、

月丘夢路が春物のコートを置くための道具だったとは……


アヤちゃん、笠智衆になにも断りもなくワサッと置きますから…

(紀子はまだ帰ってきていない)

このショットだけで、観客は

「ああ。仲良しなんだな、よく遊びにくるんだな」

と一発でわかります。

なにげにすさまじいショットです。


・ショット14




月丘夢路とお手手つないで2階へ行く原節ちゃん。


ちゃぶ台のある部屋(ラジオ)、階段、台所の相関関係がわかります。


・ショット15




そしてお二階へ。


鳩時計があります。

今回は曾宮家特集ですので紹介しませんが……

アヤちゃんの豪邸はウェストミンスターの超豪華時計(デカい!)ですので

好対照です。


いろいろな謎がうごめく空間でもあります。

・東大教授の笠智衆の部屋に本棚はないのに、原節子の部屋は本だらけ。

・このイスがなぜラスト近く、1階へおろされるのか?

(そしてこのイスに腰掛けて、例の笠智衆のりんご剥きが行われる)


・ショット16




アヤちゃんが座る場所、図面上の16です。

アクセサリー好きで、着てるものも高そうですが、

イヤミにならないサバサバした性格、という。いい子です。


・ショット17



左手にお人形。右手に本棚。

なんか意味がありそうなショット。

彼女の二面性を描いていそうな……


・ショット18



原節ちゃんが窓ガラスを開けたところ。

窓ガラスの位置が図面の「18」


カメラが隣家側(西側)を狙います。

ここらへんも……アッと驚く仕掛けがあるんですが…

ま、そのうち書きます。


しっかし、小津作品においてこれほどの蔵書家は……??

「晩春」以前で思い出すのは「淑女は何を忘れたか」のドクトルくらいですが。


・ショット19



夜の台所。

ジャムと砂糖を台所で、スプーンを食器棚からもってきて、

で、2階へ持っていきます。


・ショット20


爪を切る笠智衆です。図面上の20。

冒頭、助手の服部さんが座っていたあたりです。


・ショット21




コワイ顔の原節ちゃん。

叔母さん(杉村春子)の家で、大好きなお父さんの再婚話を聞いてしまったので。

セリフは

(つめたく)「別に……」



これ以降、コワイ顔が続く原節ちゃんです。

なんか「ショット17」のお人形と本棚の対照を思い出したいところ。


・ショット22



今度は2階。

狼狽して2階へあがってきた笠智衆に、


(ふりむいてつめたく)「なに?……」


「別に……」

「なに?……」


何年前だっけ?

沢尻エリカとかいう子を思い出してしまいますが……


安っさん&原節ちゃんははるか昔にやってます。


・ショット23




ショット22のあと、例のお能のシーンがありまして、

で、帰宅後、佐竹君とのお見合い話が父親から正式にでてきます。


おもしろいのは笠智衆の部屋に原節ちゃんがきちんと腰をおろす、というのが

これがはじめて、なことです。


ショット8~ショット12で構成されるシーン。

(衣食住すべて放り込んだすさまじいシーンです)

そこで一瞬、笠智衆の机の前に腰を下しますが、

基本、この部屋は「通り過ぎるだけ」の原節ちゃんです。


セリフは

「このままお父さんと一緒にいたいの……」


・ショット24


お父さんが三輪さんと再婚するときいて、

泣く原節ちゃん。

タンスに手をかけています。背後に鳩時計。時間モチーフ。

(3輪さん…しかも女優は三宅邦子という…3の嵐……)


図面上の24はタンスの位置です。


・ショット25




また狼狽して2階へあがってきた笠智衆。

「いいね? 行ってくれるね?」と原節ちゃんにいって、(お見合い)

で、

「ああ、明日も好い天気だ……」


・ショット26


原節ちゃんから、お嫁に行きます、という決意をきいて、

ニコニコしてる杉村春子。


ここではじめて曾宮家の出入口の構造が暴露されます。


杉村春子、ふところをポンとたたいているが、拾ったがま口が入っている。

「がま口」「出入口」……


・ショット27



笠智衆と原節ちゃん、

「いやいや行くんじゃないんだね?」

「そうじゃないわ」


手をごにょごにょする仕草にご注目。

完全に別れ話なのであります……


図面上の27ですので、仲良く食事をしていたその場所です。


・ショット28



で、花嫁姿の原節ちゃん。

鏡の中のあまりに美しい自分に微笑みかけております。


2階の南西の隅。


□□□□□□□□


以上、曾宮家探検ツアー、終了となったわけですが、

まとめ、として、色々書きたいことはあるんですが、

今回はこれだけ書いておこう。


紀子……原節ちゃんはどのような人物として描かれるか、というと。


・冒頭、杉村春子に虫の喰ったズボンを直してくれ、と頼まれる。

・服部さんとのサイクリングシーンで、「あたしがお沢庵切ると、いつだってつながってるんですもの」という。

・いとこのブーちゃん(青木放屁、「長屋紳士録」のガキです)に「ゴムノリ!」

といわれる。

「くッつけちゃうぞ、あっち行けェ、ゴムノリ!」


「くっつく」「つながる」「接着」という要素で描写される人なわけです。


――なのですが……


この曾宮家において、人と人との間の肉体的な接触、というのは

たった一つしかない。

紀ちゃんとアヤちゃん、原節子と月丘夢路がお手手をつないで2階へ行くシーン、たったそれだけです。

ラブラブな父娘ですが、

「ショット23」の説明で書きましたように、

まるでお父さんの部屋に立ち入るのを怖がっているかのように

父との接触は「0」…ゼロなんです。


タオルをわたす、帯をわたす、お茶碗をわたす、

そういうのはありますが、

「戸田家の兄妹」のラブラブな兄妹、

佐分利信と高峰三枝子が、「泣くな」とかいって抱き合っていたのと好対照です。


ただ、曾宮家の外へ出ると、けっこうラブラブな描写があって、

戸田家の妹萌えほどではないですが、

お能を二人でみたり、お能の帰り道ならんで帰ったり、

京都の旅館で二人で並んで寝たり、するわけです。


このあたりの謎……


ま、ゴムノリ、つながった沢庵にはもっと深い意味がある、と

にらんでいるのですが……


ま、次回以降。







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