「麦秋」に関してはいろいろ書きたいことがあって
どれから書いていこうかわけがわからなくなっていますが……
まずは
・実くん=小津安二郎
この奇妙な等式を主張していきたい。
間宮康一(笠智衆)史子(三宅邦子)夫婦の長男、
実くん(村瀬禅)――
実くん――彼は「麦秋」の影の主人公のような気がします。
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ただこの奇説を主張するためにはまず準備として、
誰でもお気づきかとおもいますが……
・「麦秋」には移動撮影が多い。
このことはきちんと確認しておく必要があります。
ひとつひとつ数え上げていくと……
(S~ は、シナリオ上のシーンナンバーです。シナリオは立風書房「小津安二郎作品集Ⅳ」を参照します)
①S38 歌舞伎座の客席
②S43 築地の料亭「田むら」の廊下(アヤちゃんの家です)
③シナリオには記載がないのですが、②のあと無人の歌舞伎座が出てきます。
④S47 病院の窓外(笠智衆の勤務する病院)
⑤S50 病院の廊下(高橋とよが出てきたあと)
⑥S93 間宮家の部屋(笠智衆が実くんを殴ったあと)
⑦S94 夕暮れ時の海岸(子供たちがプチ家出する)
⑧S94 ⑦のつづきのショット
⑨S132 「田むら」の廊下(原節ちゃんと淡島千景が「真鍋さん」をみにいく)
⑩S133 間宮家の廊下
⑪S135 海岸(名高いクレーン撮影です)
⑫S135 海岸(原節子と三宅邦子が砂浜を歩く)
⑬S145 麦畑(ラストです)
全部で13。数え漏れがあるかもしれませんが……
あ。あとS15「驀進する電車の側面」で、
横須賀線の車窓から撮った映像がありますが、
これは除外しました。
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えーこれで準備が整ったので、
・実=小津安二郎
この奇妙な等式を証明(?)していきたい……な……と。
おもいます。
ので、シナリオ順に実くんの行動を追いかけていきます。
S3
間宮家の二階、です。
実「おじいちゃん、ご飯――」
周吉「ああ、お早よう」
実「おいでよ、早く」
「麦秋」で最初のセリフを発するのは実くんです。
「麦秋」のオープニングは
S1で渚で遊んでいるワンちゃん
S2はカナリア
と動物が写って、
で、S3 実くん登場、という流れ。
S5
間宮家の茶の間です。
セリフは「イサムーッ!」
と弟を呼びます。
S32
子供部屋
叔母の紀子…原節ちゃんを呼びつけます。
指をパチンと鳴らしたりします。
シナリオは…
「叔母ちゃん――」と、実の声。
紀子(見て)「なアに?」
実が子供部屋から顔を出して手招きしている。
紀子「何よ?」
と行く。
ここらでわかってくるのは……
実のセリフは「命令」が妙に多いことです。
おじいちゃんに来い、といい、
弟の勇を呼びつけ、
叔母の紀子を呼びつけ…という具合。
つづいて
S33
原節ちゃんとの会話。
紀子「なに?」
実「大和のおじいちゃんツンボかい?」
紀子「ツンボじゃないわよ」
実「だって、さっき聞こえなかったよ」
紀子「聞えるわよ」
この難聴の人を指すコトバ、今だと「差別語」ってやつなのかな?
ここは
・実=小津安二郎
この等式が証明されたあかつきには……
小津安っさんその人のサイレント映画へのこだわり。
「音のない」映画へのこだわり。
等々を見たい会話なのですが……
まだ証明できていませんでしたね。
S34
大和のおじいさま(高堂国典)にむかって
勇ちゃんが「バカ!」「バカ!」といいますが……
聞えない。
…と、縁側には実がいて……
「もっとデッカイ声で言えよ」
すべてを操っていたのは実くんだとわかる。
また「命令」
というか演技指導のようにみえる。
S35
大仏のシーンですが、
ここでも命令。
「勇、またおじいちゃんにキャラメル食わしてみろよ」
S57
間宮家の二階。
実くん、おばあちゃん(東山千栄子)の肩たたきです。
「……二、三、四、五、六、七、八、九、百!――叩いたよ、二百、二十円……」
おこづかいを要求する。
命令。要求。
実くんの基本パターンですが、
ここ。
ワンショットワンショット、フィルムのコマ数をカウントしながら
撮影していた小津安っさんその人をみたいところ……
ヴェンダース「東京画」にでてきた特注のストップウォッチ使って、
ショットの秒数とコマ数をカウントしてた。
ん――
トマス・ピンコの野郎、こじつけやってんな。
とかお思いの方、証明にもうちょっとおつきあいくださいませ。
自分がつかれた実くん、こんどは勇ちゃんに「命令」して
おばあちゃんの肩たたきをやらせる。
実「ねえおばアちゃん、二十円貰うだろう、三百円になっちゃうんだよ」
志げ「そう。――そんなにお金ためてどうするの?」
実「レール買うんだよ、汽車の」
キーワードでてきました。
「レール」……
S69
「茶の間から座敷にかけてレールを敷き、本をトンネルにしたりして、子供たちが六、七人、汽車を走らせている」
実くんがあくまでシキります。
鉄道模型のコントロールをするのはもちろん実。
「おい、食おう」「レール踏むなよ」
あくまで命令の実くん。
えー前回。
「麦秋」のマジックナンバーは「8」だと申しました。↓↓
その……「8」をじっさいに口にするのは実くんだったりします。
実(史子に)「ねえお母さん、レール買ってよ!」
史子「あるじゃないの、こんなに」
実「これ、みんなンだい。僕の八本しきゃないんだもん。買ってよ! ねえ」
レールが8本しかない。
「8」……
原節ちゃんに対し、
「だまってろ!」という実くん。
暴君です。
S71
シナリオにはないのですが、
淡島千景&原節子の美女二人に
「あっち行けよ!」という実くん。
命令。命令。
S81
謙吉(二本柳寛)がショートケーキを食べる、あのシーン。
ここで寝ぼけて登場の実くん。
大人たちはショートケーキをとっさに隠します。
実くんはあくまで暴君的存在なのです。
はい。
で……以下。
ようやく
・実=小津安二郎
この等式がはっきりわかります。
がまんしておつきあいくださいませ。
S83
笠智衆が細長い包みを持って帰ってきたので
大喜びの実くん。
S84
実「おい、勇! レールだぞ。レール買ってきたぞお父さん! しめしめ、凄いなア、凄い凄い!」
ところが包みをあけると、レールでなくてパンがでてくる。
実「なアんだ、チェッ!」
勇「パンだねえ……」
実(かんしゃくを起こして)「やかましいやい!」
ここでわからないのは……
「パン」と「レール」の取り違えです。
1951年ですから……
プラスチック製ということはなさそうな気がする。
レールは金属製か、木製か。
いずれにせよ、パンよりずっと重いとおもわれる。
だったら実くん……
持った瞬間に重さでわかりそうなものだが??……
あと触れば硬いんじゃない、レールは??
パンがそんなに硬いのか??
この、ちょっとこじつけめいた取り違え……
「パン」&「レール」――
小津安っさん、何か隠してるね?
「暗号」だね???
S88
実くん、父親に抗議します。
まー話の流れを説明しますと、
このシーンの直前、
康一(笠智衆)、妻(三宅邦子)と母(東山千栄子)を呼んで、
妹の紀子(原節子)の縁談の相手が
年齢が40歳ということを説明します。
すると、「そんなお年の方なの?」とかいわれて
女性陣は不満顔。
康一は途端に不機嫌になる。
そういう流れです。父親はただでさえ不機嫌なのですが、
十二歳の子どもにはそこらへんがわかりません。
実「嘘つき!」
康一、にらみつける。
実「嘘つき! なんだい、レールじゃないじゃないか! なんだい、こんなもん!」
とパンを蹴飛ばす。
実「なんだい! なんだい!」
康一「何をするかッ! 食べる物を足で蹴る奴があるかッ!」
と殴る。実、あばれて、
実「なんだい! なんだい!」
格闘です。
レールじゃなかったのががっかり、というのはわかるのですが、
実くんはとにかく「パン」が嫌いなのです。
「レール」は大好きで、
「パン」は大嫌い、なのです。
…………ん??
……
「レール」と「パン」
……
「パン」ってひょっとして……
??
……食べ物のパンじゃない??
あ!!
撮影方法の「パン」のこと??
そうです。
なぜ、実くんがこれほど「パン」が嫌いかというと、
「パン撮影」が嫌いなのです。
カメラを水平にグルッと振る、
あの「パン撮影」のことです。
これをやると構図が完全に崩れますので、
小津安っさんはパンは嫌ってました。
小津安二郎が「パン」撮影が嫌いだから、実くんも「パン」が嫌いなのです。
でもレールは好き。
「レール」=「移動撮影」です。
「麦秋」の①~⑬の移動撮影を思い出しましょう。
綿密に準備すれば、構図は崩れません。
ここはすさまじいっす。
「『麦秋』は『レール』だ!」
「移動撮影の映画だ!」
「なんてったって13ショットもあるんだぜ」
「『パン』なんかぜったいにやるもんか!!!」
そう主張する 実=小津安二郎
に対し、
小津安二郎に一番忠実であった俳優、笠智衆が殴りかかります……
なんなんだ? この「暗号」の仕込み方は???
S94
で、ここはえんえん移動撮影です。
レール、敷かれてたでしょうねぇ……
夕暮れ時の海岸
実(海に向って)「バカヤローッ! ……バカヤローッ!」
周囲に理解されない小津安二郎……
失礼、実くんが叫んでいます。
で、こんなところに「8」を仕込む、という。
たぶん戦時中に金属の柵をとっぱらっちゃった、ということなのでしょうが…
「8」個の●なんです。ええ。
実くん、最後の登場は……
S139
おわかれのスキヤキの宴である。それももう終って、みんな箸を置いているのに、実だけがまだ食べている。
実(ようやく食べ終わって)「ご馳走さまァ!」
と箸を放り出す。
と、最後まで態度がデカい。
だが、ま、おわかりいただけたでしょうか???
・実=小津安二郎
ですので、
いばっていて、OKです。
□□□□□□□□
なわけですので……
「麦秋」公開後に、
「子供が乱暴だ」
とかいって非難されたことはさぞかし心外だったに違いない。
だっていばっていて当然なんだもん。
なので
中に出てくる子供が乱暴だという。乱暴でも世代がちがうんだし、あの子も大きくなればそれなりに変って行く筈なんだ。
こんなコメントを小津安っさん残しているわけですが、
本音をいえば
「批評家ども、おめえら、何をみてやがるんだ?」
というところだったでしょう。
ま、「パン」と「レール」
こんなわかりづらい「暗号」を仕込んどくほうが悪いんですが……