「早春」(1956)の感想をば。
はじめに個人的な好き嫌いを書いてしまいますと、
大好きです、「早春」
というか、陰気クサい失敗作ペア。
「早春」&「東京暮色」
わたくし、
こやつらを愛してやまないものであります。
なにが好きといって――
まず絵として、「写真」としてワンショットワンショット、
たまらなく美しい、とおもう。
(とくに夜の場面)
キャメラマンの厚田さんの腕が、この頃最高に冴えてきた、
というのもあるかもしれない。
あとは――
両方とも、
「女から逃げる男」「女に殴られる男」のはなし、というのが良い。
女>>男
女の方が男を支配している、という構図が安心できるのかもしれない。
いや、
かもしれない、じゃなくて、好きなんです。
(だからヒッチコックだと断然「裏窓」が好きなのだ。というかヒッチコックは全作品 女>男か??)
□□□□□□□□
はじめからみていきます。
が、残念ながら、「早春」のシナリオを持っていないので、
シーンナンバーが打てません。
あと、セリフも聞き取って、書き写す、という作業がめんどくさいので、
セリフ
あんまり書かないとおもいます。
全作品のシナリオが収録されている、
「小津安二郎全集」という本が欲しいのですが、
手に入らないのです。
誰かください。
「早春」とはなにか?
一言でいってしまうと――
「早春」とは純粋ゼンマイ運動である。
ということになります。
つまり、
「東京物語」を純粋に「運動」だけで撮れなかったこと……
神話・おとぎ話・宗教説話、とかを利用して日和ってしまったこと……
等々を反省したうえで……
「いっちょグルグルだけで一本撮ってみるか」
というアヴァンギャルドな決意が「早春」を生みだしたのでしょう。
イジワルな見方をすれば、
本人的にはあんまし満足していない「東京物語」が
世間ではかなりの高評価で、
しかもイギリスあたりで賞をもらったりして……
だから「一、二本売れねえシャシンを撮ったところでかまやしねえ」
という余裕がこういう前衛作品を生みだしたのだ、ともおもえます。
そんなわけで、序盤から
「ゼンマイ」=「がっかり」だらけです。
淡島千景と杉村春子の会話は「ゴミ屋がこない」というもので、
池部良は、奥さんの淡島千景に
「今朝、パンよ」といわれてガッカリしている。
あと、「ヒゲ剃らないの?」といわれて、剃らない、といってます。
ヒゲの手入れに毎朝たっぷり時間をかけていた小津安っさんにとって、
これは許しがたい行為でしょう。
あと――この不気味な通勤風景。
人が一方向にえんえん歩きつづける。歩きまくる。
通勤風景に関して、蓮見重彦御大は……
彼らは一貫して同じ歩調で駅へと急ぐ。そしてプラットフォームに立ってからも、一貫して同じ方向に視線を向けている。そのありさまはいささか不気味でさえある。なるほど、朝の出勤時間とはそういうものかと納得する以前に、なによりまず、不自然さの誇張が見るものを捉えずにはいられない場面だ。
(蓮実重彦著、ちくま学芸文庫「監督小津安二郎」130ページより)
いずれにせよ、雑踏という名の無方向な人の流れほど小津から遠いイメージをかたちづくるものはなく、彼の世界にあっては、この地上に存在する人間たちの数までがあらかじめ決定され、その運動の軌跡も綿密に計測されているかのようだ。
(同書131ページより)
と書かれていらっしゃる。
小津作品、というのは「抑制」「静止」とかでは全然なくて、
じつは「過剰」なのだ、という文脈なのですが
ただ「なぜ」こうなのか?
「なぜ」こんな一方向なのか?
この疑問に対しては答えてはいらっしゃらないので……
ここで、その答えを書いてしまいましょう。
これは「東京」という名の巨大なゼンマイが巻き上がっていく
そのありさまの描写なのです。
「東京」=「ゼンマイ」
というのは、
「東京物語」で原節ちゃんが老夫婦をバス観光に連れ出す、
あのシーンの解説で述べました。
ゼンマイを巻くのですから、
一方向に巻かないとならないわけです。
逆に巻いたりしたらゼンマイがゆるむか、あるいは壊れるか、
そのどっちかです。
つまり……
小津安二郎という偏屈な男にとっては
リアリズムなんぞははっきりいってどうでもよくて
ただ、自分の法則だけが一番重要なのです。
「3」とか「○」とか「ゼンマイ」とかが最重要課題なのです。
まず、運動ありき、なのです。
↓↓高橋貞二がいて、岸恵子がいて、池部良がいて、
右端、田中春雄もいるし、
その横、「雷魚」こと須賀不二夫がいて、
左端でこちらをふりかえっているのは、山本和子。
いい時代ですなーー
どの俳優さんも個性が尖ってる感じ。
というか、この「電車の仲間」のピクニックに
淡島千景が参加しなかった、というのは、
ひょっとして淡島千景のスケジュールが合わなかったとか???
実はそれが真相だったりして???
それはないか……
会社につけば会社についたで、
池部良と同期入社の「三浦」という登場人物が
「よっぽどよくないらしい」
という話がでます。
あくまで「がっかり」=「ゼンマイ」
おなじみ、時計のショット。
秒針がぐるぐるまわりまして……
あたかもその「グルグル」にあわせるかのように、
カメラもオフィスの廊下で「グルグル」動きます。
で、昼休み。
日曜日に江の島へ行こう、というのですが、
岸恵子が、
「いきあたりばったりに行っちゃいましょうよ。どうにかなるわよ」
という。
まー「どうにかなる」
というのは岸恵子&池部良のことを予言しているようで
シナリオの妙がたまらん感じですが、
これもまた、「ゼンマイ」とみたい。
つまり、ですね、
「○」の映画、「麦秋」は、
時間通りにすべて進んでいたわけです。
○時○分の電車に乗る。 ○時に~で待ち合わせ。
それが予定通り進んでいた。
ところが「ゼンマイ」映画、「早春」はそうはいかない。
「いきあたりばったりに行く」しかないわけです。
昼休み後、
昔の上司の笠智衆が来ている。
笠智衆は、なにがあったかわかりませんが、
大津の営業所に飛ばされて、
久しぶりに東京の本社に来た模様です。
↓左右を衝立でさえぎる、すさまじい構図。
笠智衆のセリフも「がっかり」=「ゼンマイ」でして、
「常務が出かけてて仕事にならない」
「まだ帰れない」「当分島流しさ」
という具合。
退勤後、山村聰のやってる喫茶店「ブルーマウンテン」へ行きます。
山村聰は、池部良、笠智衆の会社にいたのですが、
脱サラして喫茶店をやっているようです。
で、看板にはかならず何かを隠す……
グルグルが隠れてます……↓↓
山村聰の奥さん役が三宅邦子。
職住隣接、で、すぐ奥が居間。
パッと見、モダンな喫茶店なのですが、
けっきょくのところ、
喜八もののかあやんの店と、構造的には大差はない。
商業建築の歴史という点でもなかなか興味深いシーンです。
職住近接、というと、
淡島千景の実家、五反田のおでん屋「喜多川」もそう。
なので、おおまかに分類すると、
「ブルーマウンテン」=「男たちの世界」
「喜多川」=「女たちの世界」
という感じか。
ただ、「喜多川」にはお客の菅原通済もいるし、弟の田浦正巳もいるし、
あてにならない分類ですが。
男三人というおきまりのパターン。
「今の世の中そうおもしろいことはないよ」
という「がっかり」=「ゼンマイ」
笠智衆は、
池部良、淡島千景の夫婦の仲人をしてくれたようで、
新婚当時のことを思い出すのか?
「倦怠期」の二人も、なんか気持ちが暖かくなっているようです。
んー
男二人がなにか読んでいる、という構図。
「父ありき」をおもいだします。
今だと、だらしなくテレビとかみてるよなーー
あと、淡島千景が笠智衆に
「お疲れでございましょう?」
という。
美しいセリフですなーー
で、江の島ピクニック。
岸恵子特集、という感じ。
かわいいーー
細いなーー
「晩春」の原節ちゃんみたいに、たえずニコニコしてる。
しっかし、このプロポーション。
とうとうわが国にこんな女優が出てきたか、と
ハリウッド映画に憧れた小津安っさんはけっこう感動したんじゃなかろうか。
服装も野暮ったくなくて、いいですのーー
ちょっと「小津ごのみ」のスタンダードからはずれている気がするが……
岸恵子の好みもはいっているのか??
あるいは「益子ちゃん」(佐田啓二夫人)の好みか??
池部良もガイジンみたいな体つきだな。
ガッチリ、背が高い、おまけに役名が「杉山正二」ですので、
小津安っさん、その人の分身でもあります。
ヘンな帽子も安っさんの帽子に似てる。
で、トラックをひろう二人。
んーというかトラックの可愛らしさに心打たれてしまうのは、
わたくしだけでしょうか??
かわいいデザインだなーー
国産??
アメ車??
で二人がトラックに乗る。
というのは、「晩春」のパロディのような感じ。
「晩春」ではトラックに自転車をのせて、
原節子と宇佐美淳のおデートを撮ったわけです。
場所も茅ヶ崎界隈なので、同じ。
で。二人でeat ですので、これはヤバいわけです。
小津作品における、
「食べる」という行為の深い意味、
当ブログではさんざん述べてまいりました。
しかし、なにを食べているんだ、君たち。
キャラメルだか、飴玉だか??
トラックの荷台、というのがアメリカンです。
一方その頃。
五反田のおでん屋、喜多川。
淡島千景のお母さん役は、浦辺粂子。
小津作品初登場だな。
脇役がとんでもなく豪華……
で、「岸恵子特集」の直後、
「淡島千景特集」がはじまる、という……
母娘の会話から、
このおでん屋で、池部良&淡島千景のカップルは出会ったのだな、
とわかります。
学生が、小料理屋の娘と結ばれるというパターン、
「一人息子」とか、
「青春の夢いまいづこ」とか……
ネコのミーコ登場。
妊娠しているらしい。
その会話の流れから、
池部良夫婦には子供がいたが、病死してしまったらしい、とわかります。
ネコ――
小津作品にはイヌが多いがネコは少ない、
というような文章をどこかで読みましたが、
どうか??
「長屋紳士録」「宗方姉妹」……
多くはないが、少なくもない。
横顔が美しいこと。
のれんの柄が、なんか「お茶漬けの味」の浴衣に似ている。
あと、「三山石」(三岩?)が……
ラストの「三石」を暗示しているようです。
「三山石」……
間にはさまっている「山」は、
岸恵子のことでしょうか??
つづいて、オフィス風景。
岸恵子。
横顔がほんと好きね。
で、昼休み。
また二人でeat してますから、
これはどうにかなってしまうより他ありません。
で、中北千枝子登場。
出版社勤務のOLさん。
淡島千景の女学校時代の同級生。
なんかクロサワとか成瀬とか見てるみたい。
個人的には、「素晴らしき日曜日」がけっこう好きなのですが。
しかし、池部良といい、中北千枝子といい、
東宝勢ばっかり出てくる映画だ。
会話はアイロンの調子が悪い、というもの。
やっぱり「がっかり」=「ゼンマイ」
おもしろいのは……
淡島千景のまん前を、コードが横切っているところ……
小津作品ですので、ミスではない。ありえない。
彼女の心が、池部良から離れつつあるのを示しているのか?
アイロンの電源は、電燈からひっぱってきているようなのですが――
なにこれ↓↓
どういう構造をしているのか??
コンセントがくっついているのか??
わからないことだらけです。
↓この照明の当て方がなんかたまらん感じがします。
「風の中の牝雞」に似てますが、
瞳にキャッチライト、というのは今までありましたかね??
キャメラの厚田さんの工夫だろうな。
食事の支度ができていないので、
ぶんむくれて池部良は「雷魚」の住むアパートへ行きます。
池部良の家の裏手にアパート群があるようです。
大好きな「たらい」「洗濯物」「モダン建築」――
どうも、「雷魚」須賀不二夫の部屋は
みんなのたまり場になっているようです。
池部良が夜が遅い、というのはこの部屋で麻雀をしているから。
おなじみ「蚊取り線香」=「ゼンマイ」
高橋貞二が「カミさんが電気洗濯機を欲しがっている」
といいます。
電気洗濯機も「グルグル」→「ゼンマイ」なのでしょう。
廊下は「東京物語」の原節ちゃんのアパートに似てます。
三輪車まで似てます。
岸恵子登場。
「紅一点」というのは、
なんか戦前小津作品の学生ものを思い出させます。
たいていヒロインは田中絹代なんだな。
はぁーー
いい映画だ。
岸恵子かわいいし。
なぜコイツが過小評価されているであろうか!!
その2につづく。