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小津安二郎「早春」感想 その3

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その3。


ミルクスタンドから「うどんの会」の誘いの電話がきて、

「ああ。いくよ」

と返事をした池部良でしたが……


直後、部長の中村伸郎からお呼びがかかりまして、

三石へ行かないか?

と転勤の話がでます。



その直後、タバコの箱をくるくる回して考え込む↓↓

このショットには池部良ご自身の証言があります。


 岸恵子氏扮する「金魚」との出会いが、ついに岡山の三石へ転勤する原因になり、言い渡された日憤懣やる方ない思いで自分の机に戻り、アレコレ考えあぐねている場面、これは「早春」のラスト近いシーンなのですが、小道具ナントカひねくりまわして芝居するのは下品と低能のやる芝居だと、いつの日かぼそりと言われたのを(トマス注:小津安二郎が言ったのを)思い出しながら目の前に据わるカメラと先生の視線を受けてタバコの空箱を両手の指先でグルッとまわす芝居を始めました。

 空箱を手にするのは先生の指示で、僕の意志ではなかったのです。余程ウマク出来ないので空箱でも持たせて「モタせてやれ」とでも思われたのでしょう。だが日頃の「教訓」とチと違うじゃねェかと胸の中では可成りの抵抗を感じました。だから、肝心の芝居はずっこけて何辺やっても先生の気に入らなかった様です。永い時間をかけて何度もやらされました。ついに険しい顔つきになり「うまくないネ。貸してみろ。考え考えまわしているんだよ。良ベエみたいにクリクリまわしちゃ、折角の空箱が泣くヨ」と自分で空箱をまわし始めました。実に見事なまわし方なので、以来畏敬そのものの先生になってしまいました。決して抵抗はすまいと心から決めたものです。

(蛮友社「小津安二郎 ―人と仕事―」239ページより)


池部良は 他社の俳優ということもあって

小津作品は「早春」一本きりでしたが、

「良ベエ」なんて呼ばれていることからわかるように、

小津安っさんとは頻繁につきあいがあったようです。

(日記にも頻繁に登場します。池部良はもともと監督志望だった、ということも大きいでしょう)

このショットは、トマス・ピンコのような小うるさい野郎がみると

「この映画を支配している回転運動がこのショットにあらわれているのだ!」

ということに当然なるわけですが、


で、小津安二郎その人も当然そう考えていたとおもうのですが、

俳優に指示を出すときはそこらへんのリクツは説明しない、

というのがすごいなーーなどと思った次第。

(池部良くらいのインテリなら理解できた、ともおもえるが)


ついでに書きますと、

俳優さんに指示を出すときに、上記の証言のように

小津安二郎自身が演技をして見せる、ということがあったようですが、

それがものすごくうまい、

超一流の俳優になれただろう、

というのはいろんな役者さんが証言していること。


もとい、

このショットは池部良のベストショットでしょうな。

「早春」の回転運動の中心点がこのショットかもしれない。



「雷魚」の部屋で、「うどんの会」がはじまります。

スギ(池部良)は「行く」といっていたのですが、

転勤話がでたこともあって、重病の三浦のお見舞いに行きます。


ので、きたのは「金魚」(岸恵子)だけ。

けっか、女の子一人を野郎どもが集団でいじめる、というシーンになります。


「スギには奥さんがあるんだぞ」とか

「奥さんの気持ちを考えろ」とかいっていじめます。



ただ、ひねくれ者のトマス・ピンコは

岸恵子たんが 野郎どもと一緒にeatしていることに注目するのであった。


小津安二郎作品の法則によれば――

①一緒に「食べる」のは家族だけ

②家族ではない間柄は一緒に「飲む」

③ただし、男たちの集団は一緒に「食べる」ことがある。

④また、将来結ばれる仲の男女も一緒に「食べる」


こんな法則がある。なのに岸恵子は一緒に食べている。


さて、何なのか?


んー、「ま、どんな法則でも例外はあるのさ」

ということでいいとおもうんですけど、


わたくしは、ここ、岸恵子を「少年」の一種として扱っている、とみてみたい。

ここは「麦秋」のガキどもがサンドイッチを食べているあのシーンみたいに、

男の子たちがうどんを食っているのだ、とみてみたい。


なぜそんなひねくれた見方をするかというと、

このシーンは稚児事件の再現ではあるまいか?

とにらんでいるから、です。


小津安二郎関連本ではよくとりあげられる「稚児事件」――

「小津安二郎 ―人と仕事ー」によれば、


大正9年(17歳)

奇怪なる「稚児事件」なるものが校内に発生し、

それに関連ある者とされ、五年一学期の終り頃、停学処分をうけ、

特ににらまれていたT舎監から寄宿舎も追い出される。

これはかなりのショックで、生涯無実である憤懣を秘めていた。

以降自宅からの汽車通学となる。

が、そのほうが映画見物には便利となり、

ますます熱をあげることになる。

(同書429ページより)


という、なんかよくわからん事件です。

真相は、かわいい下級生(もちろん男の子)に手紙を渡しただけだ、とか……

いやいや、ある女の子との交際を妬まれて、冤罪事件をでっちあげられたのだ……とか、

たしかなことは、小津安っさん、

このT舎監というのを一生恨み続けた、ということです。


もとい、

「稚児事件」と「早春」のうどんの会。

「性的な不品行を理由にいじめられる、怒られる」

という点であまりといえばあまりに似ている……


小津安二郎自身が、この事件に関しては口を閉ざしているので、

あくまで推測になってしまいますが、


この事件で「不良」のレッテルを貼られることがなかったら、

あるいは小津安二郎という男は、

フツーに大学へ行って、フツーに会社勤めして、フツーに家庭を持っていた、

かもしれない??


ここで「不良」になってしまったからこそ、

映画業界、というヤクザな業界へ入ったのかもしれない??


等々考えますと――

「早春」という作品はやっぱり奥が深い、とおもえて仕方がない。


「迷惑よ! とっても迷惑だわ!」

と叫んで、出ていく岸恵子。


捨てゼリフがお上品だ……



いじめには加わらず、傍観していた高橋貞二は、

「おまえたち、ずいぶん意地悪いな」

と批判します。


一方の池部良。

三浦のお見舞いです。


スギは会社員生活に嫌気がさしているのですが、

重病人で寝たきりの三浦は、会社員生活に憧れつづけています。


このあたりの皮肉。


小津作品の登場人物は、

病人(とくに子供)はケロッと回復することが多いし、

死んでしまう場合も、

けっこうポックリ死んじゃうことが多い。

この「三浦」という病人はかなり珍しい例です。


夫の帰りを待つ、淡島千景。

このショットもとんでもなくキレイ。



で、きたっ!!

「ゼンマイ」回し!!


目覚まし時計のゼンマイを苛立たしげに巻きながら、

金魚さん(岸恵子)がうちに来た、といいます。


「会いたそうだったわよ、あんたに」

「泣いたあとみたいな顔してた」


泣いた、というのはもちろん、前回ご紹介した池部良の

「泣かれちゃってさ」というセリフに対応しています。

もちろん、なにがあったか気づいているわけです。


手を洗う池部良。

水まわりの設備というと…


「晩春」のS36洗面所のシーン。

原節子と宇佐美淳の自転車デートのことを

笠智衆が

「自転車、二人で乗っていったのかい?」

などときくのを思い出します。

原節子は「まさかぁ」と否定するわけですが。


ちょっと性的なニュアンスがあるやりとりのときは

かならず水まわりの設備が登場するようです。


んーー、なにげにすさまじいショット。


で、瞳がキラッ……


おなじみキャッチライト。



で、靴下を脱ぐ、という、これまたお気に入りの行為。


池部良は三石への転勤のはなしをします。


淡島千景は転勤話に乗り気です。

「あたし行くわよ」


このあたり、次作の「東京暮色」

北海道への転居をいやがる山田五十鈴と対照的です。



と、かわいい岸恵子の声がしまして、

池部良が玄関へ。


はい。画面のどまんなかに「うずまき」


淡島千景と岸恵子が同一空間にいる唯一のシーン。


なのですが、明らかに淡島千景の方が精神的な優位を感じているようです。





はい。うずまき。




ここは、「晩春」の△を思い出したいところ。

笠智衆、原節子、三宅邦子、の△です。


原節子と三宅邦子は、同一ショット内に一緒に写ることはなかった。

あったとしても、ボンヤリ背中だけが写っているだけ。


「早春」もやっぱり同様で、

↑3枚上のショットは岸恵子の背中がボンヤリ。

↓このショットは淡島千景の背中が半分切れている。



で、大好きな足裏を写す。


淡島千景の証言も紹介しましょう。


「早春」の撮影で忘れられないシーンは、私が一人で帰らない夫の事を考えながら台所の板の間に腰かけ、うちわを使っている姿を真後から撮られた時です。私としては大きなお尻をいささか照れておりましたが、ドッシリと奥さんの重みというものを感じさせるためと云われ、なる程家に根をおろしているという感じで、もっと大きくてもいヽなと思った事。ラスト近くで夫が転勤した先へ追いかけて行き下宿先の二階から外を眺めているカットで、ライトにカーボンをたいた時、私達の先輩は皆これで撮影をしていたと教えて頂いた事等。「早春」は私にとっていろいろな意味で大事な作品です。

(同書239ページより)


世間的な評判はとくに良くはなかった「早春」ですが、

ヒロインの淡島千景にとっては

やっぱり自信作だったのだなーとおもえます。


しかし――お尻が大きい、とか誰もおもいませんって。

女性の心理というのはわからん。


土手、かな?

岸恵子が池部良に抱きつきますが、引き離されます。


「帰れよ」

「帰ったって寝られやしない」

というようなやりとり。


で、とくに何事もなく、

池部良、うちに戻りますが、

このショットがなにげに凄まじい……

というか、なぜ、誰も気づかないような部分に凝るのか……↓↓


引手ですがね……


これがなんと、まー

片目だけ光ってる……


瞳にキャッチライト、をここでもやってる……


なんだこの、凝りようは……


というか、公開から60年間、誰も気づかんだろ……きっと。



えー、で、

淡島千景、「金魚さん」との仲を問い詰めます。


「あたしぼんやりしているようでも、ちゃんとわかってんのよ」


と、シチュエーションが「お茶漬けの味」の真逆。

「お茶漬け」では

「ぼんやりしているようでもわかってる」のは

夫の佐分利信でした。


のらりくらりはぐらかす池部良でしたが、

証拠物件――


紅のついたYシャツを持ちだされては言い訳できません。



で、かっこいいセリフ。

「あたしが邪魔だったら、いつだってどいてあげるわよ」


――はい。

ここもすごい。

フツー「別れる」とかなんとかそういうコトバを使いがちなところですが、


「どいてあげる」という「空間論」に持っていくわけです。

さすが、小津&野田のシナリオは一味ちがいます。





はぁぁぁぁ…………


つくづく名作です。

その4につづく。


次回で終わるかな。


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