その3です。
まず、有馬稲子について。
「東京暮色」のヒロインはもともと岸恵子が予定されていて、
シナリオも 岸恵子が「杉山明子」を演じることを念頭において書かれているわけです。
ところが――
岸が東宝の『雪国』の撮影がおくれているために身体が空かず、これ以上遅れては小津監督に迷惑をかけるばかりで申し訳ないという岸の申し出で、岸と同じ「にんじん・くらぶ」の有馬が友情出演することになったわけだ。
(フィルムアート社「小津安二郎戦後語録集成」270ページより)
という事情があったそうです。
はっきりいって、
岸恵子だったら、「東京暮色」……
いま我々がみているものの……2倍は良くなっている気がする。
有馬稲子ファンのわたくしが言うのだから間違いはない!
ネコちゃんのブロマイドを部屋に飾ってしまっている……
トマス・ピンコの野郎が断言するのだから間違いない!
岸恵子の方が断然よかった。
「東京暮色」
有馬稲子のどこか……もさーーーっとした演技をみるたびに
岸恵子のテキパキした運動能力の高さ。
垢抜けたスピード感、等々を思い出すのは僕だけではないでしょう。
「2」という数字、が、この作品を支配している、と書きましたが、
goodではあるがexcellentではない有馬稲子をみるたびに、
「早春」のexcellentな岸恵子を思い出さざるを得ない、という――
岸恵子だったら、どれだけ素晴らしかったことか……
と、溜息をつくという――
これも「2」ですねー……
ま。シナリオ書きの段階では予定していなかった「2」なのですが……
んー……公開当時「東京暮色」が被った不評も、
このあたりが主因かもしれませんが……
もとい、
S19
明子(有馬稲子)は、恋人の憲二(田浦正巳)を探しています。
憲二……憲「2」のアパート、相生荘……
なのですが、
このショット↑
↓「淑女は何を忘れたか」の佐野周二の下宿のショットに似ている。
ん、なぜだろう??
ま、「東京暮色」はロケで、(小津作品に合成はない)
「淑女」はたぶんセット、ですけど。
S21
「早春」同様、須賀不二夫の部屋が
みんなのたまり場になっている。
シナリオによると「相生荘の二階」となっていますが、
さすが「2」の映画(?)
二階、が妙に多い気がします。
杉山家の二階、原節ちゃんとネコちゃんの会話のシーン。
あと、寿荘は建物の二階にあるようです。
事故(自殺?)のあと 有馬稲子が運び込まれた病室は二階にあるようですし。
富田「なんでえ、サシか」
松下「よし! 一丁いこう!」
その間に明子は登のそばに坐る。
明子「ねえノンちゃん、どこ行ったか心あたりない?」
登「誰、憲坊か」
「サシ」というと……
「出来ごころ」S87 次郎(大日方伝)の
「俺はちょっとの間 こいつとサシになりてえんだ」
を思い出しますが、
そういえば、「出来ごころ」
積極的な春江(伏見信子)が次郎の部屋にずかずか入ってくるシーンがあったっけ。
女が男の「空間」に入って来ることで、
さいご二人は結ばれる、という内容でした。
その伝でいくと……
田浦正巳の部屋(空間)に入れない有馬稲子は絶望的なわけです。
二人は結ばれるはずがないわけです。
そうそう、片目キラッ! ですな↑↑
S23
前回の記事で、笠智衆は、沼田とdrinkする、とか書きましたが、
すみません、間違いました……
「飲む」のはひたすら沼田の方で、
笠智衆はタバコを吸ってるだけです。
つまり、一緒に「飲む」にも値しないヤツ、ということなんでしょう。
沼田「僕の方もね、翻訳でもやってりゃラクなんですが、こいつが誰も彼も材料あさってましてね……(と、脇の本を取って)これなんか四、五日前に丸善へ来たばっかりなんですがね、今日学校へ行ってみたら、もうやってる奴がいるんですよ。かないませんや、フフン」
沼田。モデルになるような人がいたのかもしれませんが……
このあたり、映画界をとりまく批評を批判している、
そんな気がします。
「表面」「モチーフ」だけが新しい似非映画を称賛して、
で、「古臭い」小津作品はけなす、
そういう新し物好きのジャーナリズム批判。
で……
なんと、小津映画に雪が降る……
S31
帰宅した笠智衆と原節子の会話。
周吉「けど、あの男も変わったねえ、昔はあんなじゃなかったよ、もっと明るい男だった。今もお父さん電車ン中で考えてたんだが、なんだかお前にすまない様な気がしてね」
孝子「何が、そんな事ないわ」
周吉「いやァ、こんなんだったら、佐藤なんかの方がよかったかも知れないよ」
孝子(見返して)「……」
はい。
反「晩春」 アンチ「晩春」です。
沼田孝子は、結婚がうまくいかなかった曾宮紀子なのです。
んー……というか、原節子、割ぽう着きてる。
時系列でみてきていますが
割ぽう着姿の原節子をみるのはこの作品がはじめて。
ネコちゃんも帰宅。
笠智衆、
有馬稲子が杉村春子に五千円借りにいった件を問い詰めます。
周吉「何に要る金なんだ」
明子「お友達が困ってたからよ」
周吉「それにしてもお父さんに云やいいじゃないか」
明子「だって、不意なんですもの」
作品を通して
周吉(笠智衆)―明子(有馬稲子)は、
話が通じません。
真実を語りあわない。
有馬稲子は一貫してウソをいい、あるいは沈黙します。
コミュニケーションがなりたつのはさいごのさいご
死の瞬間だけ、です。
こういう――空虚な人間関係、というのは
小津作品で今まで描かれたことは……ない、ですよね?
有馬稲子は終始ふくれっ面か泣き顔です。
↑↑ブロマイドみたいな笑顔は一切みせない。
んー、岸恵子ならこの役、どうこなしただろうか??
↓↓そうそう、ボタンの数 「2」
S32
周吉、上衣を脱ぎながら、浴室に入り、ネクタイを外し浴室の戸を閉める。
ん―― 風呂が……画面上に……
「晩春」「麦秋」と写りそうで写らなかった浴室内部が……
しかし、この質感描写、リアルさがたまらんです、このショット。
雪降る夜の、あったかいお風呂の描写。
ほんとうにあったかそうです。
冷え切った映画で唯一あたたかいショットかもしれない??
S33
この高架のショットはシナリオによれば
五反田、という設定です。
「その1」でみましたようにここは「二」をあらわしています。
で、
S35
麻雀屋「寿荘」にて、山田五十鈴登場、なんですが――
ここは実にすさまじいです。
凝りに凝った「引用」
地球上で一体何人が気付くのか? という……
わかりにくい「引用」をやっています。
というかビデオ装置が存在しない時代に、
なんでこんな凝りに凝った「引用」が可能だったのか??
小津安二郎という男は自分の作品の全ショット、
頭の中に入っていたのか??
えーもとい、
↓注目していただきたいのは、
やかん&ストーブ、です。
左から、
有馬稲子、高橋貞二、菅原通済。
ここは「引用」には関係ありません。↓↓
↓次、注目!!
蛇口、流しに注目してください。
と、山田五十鈴が登場。
今まで小津作品と縁がなかった大女優が、
おもむろに登場します。
以上の流れなんですがね……
じつは
「東京の女」そのまんま、なんです。
①あやしげな「バア」で働く岡田嘉子。
②蛇口、流し。
③ストーブ&やかん……
奥にぼやけているのは、江川宇礼雄。
んんんん……
一体なんなんだ?????
この、凝りようは……
とにかく、「寿荘」には「東京の女」が詰まっているわけです。
しかも、
岡田嘉子=山田五十鈴(両者、性的な不品行)
江川宇礼雄=有馬稲子(両者、自殺する)
という共通点が……
つまり、山田五十鈴はあまりにさらっと登場するような感じがしますが、
じつは凝りに凝った登場シーンなんですね、これは。
はい。で、母子の対面です。
母親の方は、有馬稲子が娘だと知っていますが、
娘の方は、山田五十鈴が母親だと知りません。
このあたり、「浮草物語」にも似ています。
山田五十鈴、いいな。
ただ、後年の雁治郎さんもそうだが、
こういう個性の強い名優、というのは、
小津作品らしさを崩してしまう気がする。
ただ「東京暮色」の場合、いい意味で崩してくれている気がします。
「相島喜久子」役が他の女優だとしたら、
「東京暮色」は完全に見るに堪えないシロモノになるかもしれません。
喜久子「お姉さんいらしったわね」
明子「ええ」
喜久子「お子さんは?」
明子「女の子一人」
喜久子「そうですか、おいくつ」
明子「二つ」
喜久子「そう、じゃお可愛いわね、お兄さんもお元気」
明子「死にました」
喜久子「まあどうして」
明子「山で、谷川岳で」
ネコちゃんが、「二つ」とこの作品を支配する数字を口にします。
さらに「死にました」というセリフ。
これはのちのちS114
原節子が山田五十鈴に向って、
「明ちゃん死にました」
というのに対応します。
シナリオもよく出来ているし、
「東京の女」の引用もすさまじいし、
山田五十鈴の登場シーンはこの作品のキモでしょう。
壁の絵の少女の横顔と
有馬稲子の横顔。
山田五十鈴は真正面をみていて……
モダンアートみたいな構成がたまらんです。
このシーン、
有馬稲子も山田五十鈴も目がキラキラしています。
S38
じっと思いに沈んでいる喜久子――
息子の死を初めて知ったわけです。
S40
で、有馬稲子帰宅。
例によって、玄関が外からとらえられます。
その4につづく。