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小津安二郎「東京暮色」のすべて その4

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有馬稲子は五反田の麻雀屋で山田五十鈴に会い、

そして雑司ケ谷の自宅に帰宅します。


S41

明子「只今」

孝子「お帰りあんた、ご飯は?」

明子「食べて来た」


小津作品においては

「食べる」という行為→家族(もしくは将来結ばれる男女)限定。

という法則があります。


その点でいうと、笠智衆にしろ、有馬稲子にしろ、

外食してしまう杉山家は崩壊しているわけです。



S43


そして姉妹は二階へ。

有馬稲子はえんえんブラッシングをします。

あまりに長いブラッシングシーン。

安っさん特有の「過剰な」シーン。


ネコちゃん自身、このシーンがとてもイヤだった……

というのは、瑞希さんのコメントで初めて知りました。


しかし、小津安二郎という男、笠智衆にむかって


「笠さん。僕は、君の演技より映画の構図のほうが大事なんだよ」

(笠智衆著、朝日文庫「小津安二郎先生の思い出」80ページより)


と言いきってしまう男です。

このシーンも有馬稲子の演技など二の次で

「構図」「システム」「暗号」の方が大事だったのだと、僕はみております。


で、そういう目でみてみますと。


ほら。さっそく……「ストーブ」

「東京の女」の小道具です。


カメラの向き、かわりまして、

あくまでストーブ。


あと、ステキなタンス。

なかなか高そうな。


しかしタンスひとつで、

杉山家の暮らしぶりがなんとなくわかるというのはいかにも小津作品。


ちょいとうらぶれた人たちばかり出てくる

「東京物語」「早春」にはこんなタンスでてきませんな。



会話の中身も「東京の女」を思い出させます。


孝子「あんた、帰りがよくおそくなるっていうじゃないの……どうしてそんなおそくなるの?」

明子「むずかしいのよ、速記……だから時々お友達ンとこへ寄って練習すンのよ。お父さんにもそう云ってあンのに」


帰りが遅い。

ウソの理由。


どちらも「東京の女」の岡田嘉子そっくり。

ま。有馬稲子は犯罪行為をしているわけじゃないのですが。


で、「やかん」


「やかん」は小津作品によく出てきますが、

お茶の間じゃなく、姉妹の寝室に出てくるというのはアヤシイ……

これまた「東京の女」のイメージと僕はみたい。


というか、そもそも、ですね……

このブラッシングシーン、

ネコちゃんの過剰なほどのブラッシングに目がいってしまうのですが、


だいじなのは、

「鏡」だとおもいます。


「鏡」&「女」 この組み合わせです。


そうそう、念には念を入れて

↑↑タンスに「鏡」をはめこんでいる小津安っさんです。

「鏡をみてくれ!」そういっているようにおもえる。


あきらかに大事なのは「鏡」なのです。



「鏡」&「女」


となると、しつこいようですが、やっぱし「東京の女」なわけで。


短い作品(47分)なのに、岡田嘉子が3回も鏡をみる、というのは

どうしたわけか?


①弟が学校へ行ったあと。


②あやしげなバアで。


前回ご紹介したように、このショットのあと、

蛇口、流し→ストーブ、やかん、江川宇礼雄、

というシークエンスとなります。


③男との逢引のあと、アパートで。


こうみてくると、なにかこう、

彼女の「二面性」をあらわす実に効果的な小道具という感じがします。


女を変身させる魔法の道具、といったような。


さてさて、
「鏡」&「女」といや、

「風の中の牝雞」も忘れちゃならんわけで……


そして、「早春」の岸恵子にうけつがれる、と。


というか、「東京暮色」のヒロインは、

もともと岸恵子が演じるはずだったことを考えると……


小津安っさん、

恵子ちゃんに2作品連続で ブラッシングシーンを演じさせる気でいたわけだ。



ま、「鏡」&「女」に戻りますと、


「東京の女」の岡田嘉子

「風の中の牝雞」の田中絹代

「早春」の岸恵子


こう並べると――浮かび上がってくるのは、


「娼婦タイプの女」

という感じがしてきます。


ま。「早春」の金魚(岸恵子)は、堅気のOLさんですけど、

年上の男をたぶらかしてばっかりのようですので。



そうそう、「娼婦タイプ」というと

「淑女と髯」の伊達里子ですが、


彼女の場合、手のひらサイズの「鏡」ですが、やっぱし

「鏡」&「女」の構図が↓↓


というか、小津作品群の「鏡」&「女」のルーツはこの作品か??
「鏡」&「女」=「娼婦タイプの女」




◎「鏡」&「女」=「娼婦タイプの女」

と結論がでましたが……


そう考えると、「晩春」にも

「鏡」&「女」がでてくるのは――正直、こまります。


清純そのものの曾宮紀子は「娼婦タイプの女」とはもっとも遠い存在ですので。


ただ、曾宮紀子は「鏡をみない」「髪をとかさない」「手ぬぐいをボインボインするだけ」

というところで見逃してもらいましょうか……


あとは、

このシーンのちょっとあと、

「このままお父さんといたいの」

「どこへも行きたくないの。こうしてお父さんと一緒にいるだけでいいの」

などといって父親を「誘惑」しますんで……


ま、いいや。「東京暮色」に戻りましょう。


とにかく「鏡」という小道具は小津安っさんにとって

「女の娼婦性」(?)みたいなものを導き出す小道具のようです。


そういう意味でいうと、有馬稲子がブラッシングシーンを嫌がったというのは、

実はするどい気がする。


つまり、ですね。

小津安二郎にとっては「小津ワールド」「小津宇宙」あるいは「小津銀河」とでもいうべきものが重要なのであって、


リアリズムなんてものはどうでもよかったし、

(だからあまりにブラッシングが長すぎる)

スターなんてものも正直どうでもよかった。

(有馬稲子だろうがなんだろうが、人形遣い・小津安二郎の人形にすぎない)


いいかえると、

「鏡」―「娼婦」という……

「小津宇宙」内の星座(システム)が重要なんであって、

原節子だろうが、田中絹代だろうが、岸恵子だろうが、

そしてもちろん有馬稲子だろうが、

そんなものは所詮ひとつの星にすぎないわけです。


小津宇宙内の星のならび、構成こそが小津安二郎の最大の関心なのです。


有馬稲子にとっては、このブラッシングシーン……

「俳優は家畜だ」(byアルフレッド・ヒッチコック)

そのまんまの残酷なシーンであったわけです。

んーー、文章が下手なせいで、

ちとわかりずらいかとおもいますが、

とにかく「東京暮色」のブラッシングシーンはすごい、ということです。

(正確にはミラー・シーンとでもいうべきか?)



シナリオに戻りましょう。

(というか、話が戦前のサイレントにとんだり、「晩春」にとんだり、すみません)


「お母さん」という重要なワードが登場します。


原節子と有馬稲子、

麻雀屋「寿荘」のおばさん(山田五十鈴)のことを話題にします。


明子「……あたしねえお姉さん、なんとなしにお母さんじゃないかって気がしたのよ」

孝子「どうして?」

明子「ううん、ただなんとなく……」

孝子「お母さんじゃないわよ。どっかの人よ。そんなわけないもの」

明子「そうねえ……あたしが三つだったんだもの……」

孝子「そうよ」

明子、また髪をとかす。


という具合。

ここは……なんというのかものすんごく複雑なイメージ操作をしています。

小津安二郎。


というかうまく説明できる自信がありません。


上記、たった6行の姉妹の会話なんですが、

以下のことを観客は感じとります。


①杉山家の複雑な家庭事情。

(これは誰でも感じ取ります)


②「お母さん」という神聖なコトバの登場。

(これは「晩春」をみた観客がかんじるところです。「晩春」では、ラスト近くまで隠蔽されていた「お母さん」がずいぶんあっさり登場します。しかも母=山田五十鈴らしい。反「晩春」です)


③「鏡」&「女」=「娼婦タイプの女」=「お母さん」(山田五十鈴)

(これは戦前からの小津ファンが感じとるところです)


④「鏡」&「女」=「娼婦タイプの女」=「お母さん」=「杉山明子」(有馬稲子)

いいかえると、

相島喜久子(山田五十鈴)=杉山明子(有馬稲子)=数字の「2」
(つまり、母と娘が分身同士だということです。これは相当の小津オタクが感じとるところ)


とにかく……

山田五十鈴登場→ブラッシングシーン

この流れはすさまじいです。

小津安っさん、おのれの持っている力のすべてを

ここに叩きこんでいる感じがします。

やはり、小津安二郎最後のモノクロ作品。ものすごい傑作です。


で。ブラッシングシーンは

↓↓この、襖の引き戸の「2」で終わり……


S44

眼鏡屋さんの看板の「2」へつなげます。


で、もちろん、この場所が、有馬稲子の事故(自殺)の現場となるわけです。


もう、おそろしいとしか言いようがありません。

一体、なんという才能なのか?? 



S45

「珍々軒」の登場。


珍々軒なんですが、松竹蒲田撮影所の近くに、

じっさいに珍々軒なる「支那ソバ屋」が存在したそうです。

しかも成瀬巳喜男が年がら年じゅう入り浸っていた、というのがおもしろい。


ちなみに小津安っさん、内田吐夢が入り浸っていたのは「クララ」という

オシャレな名前の食堂(おもにライスカレーを出していたそうです)

だそうな。


(井上和男編・著、フィルムアート社「陽のあたる家」147ページあたり参照)



S46

珍々軒の主人は、藤原釜足。

この人、「宗方姉妹」にもでてたっけ。


セリフは……

ま、お気づきの方も多いかとおもいますが、


細君「あんた、練炭おこってるよ」

 と引込む。

義平「あいよ……おい、下の口しめといてくれ……(そして呟く)しめといて下さいよ」


「下の口しめといてくれ」

これは、妊娠してしまった杉山明子(有馬稲子)のことを考えると……


どぎついです。


S49

銀座のバア「ガーベラ」


で、とうとう杉山明子(有馬稲子)は

恋人の木村憲二(田浦正巳)に会います。


田浦正巳、前回の「早春」に引き続いての登場。

彼に関しては厚田キャメラマンのおもしろい証言がありまして……

次作の「彼岸花」のラスト近くの列車ボーイのはなしなんですけど。


厚田 ああ、須賀不二夫がやった役ね、あの白い列車ボーイの服、本当はわたしが着ることになったかも知れないんですよ。テストもやって写真も残ってます。

――えっ、厚田さんが列車ボーイさんですか、それは見たかったなあ。

厚田 初めは、田浦正巳がやるはずだったんです。田浦は『東京暮色』にも出てますしね。ところが、あいつ、ちょい役じゃいやだとごねやがって、小津先生が、「じゃあ、厚田、やるか」っていうことになったんです。

(厚田雄春/蓮実重彦、筑摩書房「小津安二郎物語」194ページより)


けっきょく出なかったわけですけど、

小津安っさん、三作品連続で使う気でいたわけです。


というか、どうも安っさん、この系統の混血っぽいルックスの俳優、

けっこう好きな気がする。

戦前のお気に入り、江川宇礼雄はまさしく日本-独逸の混血だったし。


んーというか、ルックス的に、

江川宇礼雄(「東京の女」)=田浦正巳(「東京暮色」)

この構図があるような気がする。


「2」です。


以下、個人的な妄想、なんですが、


小津安二郎という人は、

・「東京の女」「非常線の女」ですこぶるアヤシゲな姉弟を描き……

(岡田嘉子&江川宇礼雄、水久保澄子&三井秀男)

・「戸田家の兄妹」ですこぶるアヤシゲな兄妹を描き……

(高峰三枝子&佐分利信)

・「晩春」ですこぶるアヤシゲな父娘を描き……

(原節子&笠智衆)


そういう人です。

で、そういう目で「東京暮色」をみると、

有馬稲子&田浦正巳は「姉弟」なんじゃあるまいか?

などとおもえてくるから不思議。


いえ、別に……

実際に血のつながりがあるとかなんとかじゃなく……


うまくいえないんですが、

「東京の女」の岡田嘉子&江川宇礼雄が

結ばれてしまったら、こんな悲劇が待っていました。

そんな感じがしてしまう。


なにか、このカップルに「禁断」の香りがしてしまうのはどうしてなのだろう?


憲二「でも、ほんとに僕の子かなあ」

明子、顔色が変る。

明子(睨みつけて)「あんたの子でなきゃ誰の子よ、ねえ、誰の子だと思ってんの、そんな事迄、あんた疑ってんの」

憲二「疑ってやしないけどさ」

明子「じゃ、どうすりゃいいのよ、どうする積りなのよ、あたし、一体どうしたらいいのよ」


観客はここで、杉山明子(有馬稲子)が妊娠していることを知ります。



いままでの流れをおさらいすると……


・山田五十鈴登場(「東京の女」の岡田嘉子イメージをはりつける)

・有馬稲子のブラッシングシーン(「鏡」&「女」=「娼婦タイプの女」)

・有馬稲子の妊娠が明らかになる。


こういう流れで

有馬稲子(娘)=山田五十鈴(母)

のイメージを醸成しているわけです。

(もちろんそれだけではなく気の遠くなるように多様なイメージの集合体なわけですが、イメージの中心はその「2」人です)


まさしく、考えに考え抜かれた配置です。


その5につづく。


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