まずはじめにお詫び。
笠智衆&メガネ 記憶にない、とか書いてしまいましたが……
なにをいってんだか。
↑「晩春」
↑「東京物語」
笠智衆といや、メガネじゃないか……
なので「東京暮色」――
『こういう「冷酷な雰囲気のメガネ」ははじめて見ました。』
そう書けばよかったのに。
というか、自分の過去の記事みればすぐわかりますよね、
笠智衆&メガネ、たくさんあるってこと。
まったく、
ちょっとの手間を惜しむとこういうミスをやらかします。
もとい、
S84
おなじみパチンコの登場。
そして笠智衆と山村聰の会話は「クラス会」
いかにも小津映画。
関口「二、三日前ね、君ンとこの明ちゃんがうちへ来てね。金貸してくれッていうんだそうだ――明ちゃんから聞いたかい?」
周吉「ウム、イヤ……」
明ちゃん(有馬稲子)の堕胎の費用の出所がわかります。
S85
麻雀屋「寿荘」
相島「おとといの晩二時迄ですよ、珍しくついてましてね」
富田「そら珍しいや、そんな事もあんのかな」
二時……「2」時。
有馬稲子登場。あいかわらず憲ちゃん(田浦正巳)を追っかけているようですが――
相島「あ、いらっしゃい、あんたの姉さん、綺麗な人だねえ」
明子(意外な顔で)「姉さんて、あたしの」
相島「ああ」
明子「どうして小父さん、姉さん知ってんの」
相島「こないだ見えたんでね」
というやりとりで、
麻雀屋の小母さん(山田五十鈴)=「お母さん」
というのが判明します。
スマートなやり方ですが……
じつによくできたシナリオですが……
さて、小津作品らしさ、という点ではどうか?
このあたり、ですが。
小津作品特有の「運動」が、「物語」に負けている気がする。
「運動」で引っ張っていくはずの小津作品が、このシーン以降、
「物語」で推進されていく……
「親子の葛藤」「おのれの出生の秘密」「両親の秘密」「自殺」等々……
なんか「ブンガク」寄りになってるんですよね。
この作品をめぐっては、
小津安二郎と野田高梧の間でゴタゴタがあったようですが、
あるいはこの 「映像」VS「ブンガク」の相克がそうさせたのか???
まーしかし、横顔がぴったり揃っていたりするのは、
さすが。
登「おい、帰んのか」
明子「さよなら」
登(高橋貞二)が
有馬稲子と田浦正巳をくっつけたのは
バーテンの富田(須賀不二夫)だということを暴露します。
それから……
「英語で云う所のラージポンポンとでも云うんでしょうか、今回ポンポンが大きくなって来たんじゃないでしょうかねえ」
と妊娠も暴露します。
ラージポンポン、といえば、
「晩春」S47
アヤ「あ、クロちゃん来なかった。あの人今これなんだって、ラージーポンポン。七ヶ月……」
S87
有馬稲子帰宅。
↑外からのショット。
↓内からのショット。
いつもふさがっていた内側からの玄関。
それがはじめて明らかになる。
それが、母(山田五十鈴)の失踪の謎が明らかになる直前、
というのは深い気がします。
明子(冷たく)「聞きたい事があんの、お姉さん、二階へ来てよ」
孝子「なァに、改まって」
二階=「2」
もちろん、話題は「お母さん」のこと。
明子「お姉さん、なんだって五反田の麻雀屋へいらしったの?」
「いらしった」はいいな。上流の香り……
明子「――そう……やっぱりあの人がお母さんだったのね? なぜお姉さん早く云ってくれなかったの? なぜ違うなんて云ったの?」
孝子「まさかお母さんが東京へ帰って来てるとは思わなかったのよ。帰って来たって東京へは来ないと思ったのよ」
明子「ねえお姉さん、誤魔化さないで本当のこと云って頂戴。お母さんどうしてお父さんとわかれたの? ねえ、どうしてなの?」
このシーン、ネコちゃんのセーター越しのおっぱいにどうしても目が……
ブラッシングシーンもセーター着てましたが、
これほどおっぱいは強調されていなかった。
堕胎したあとにおっぱいを強調するとは、なんたる皮肉。
しかも話題は姉妹を捨てた「お母さん」……
孝子「お父さんの留守中、山崎って云う下役の人が、よくうちィ来て、いろいろ世話をしてくれたのよ。……」
明子「じゃお母さん、その人と……」
孝子「お父さんが京城から帰ってらしって間もなく、あたしたち、動物園へつれてってもらったことがあんの。好いお天気の日でね。あんた、とても喜んじゃって、ヨチヨチヨチヨチあっちィ行ったりこっちィ行ったりして、夕方帰る時になったら、電車ン中で寝ちゃって、お父さんにおんぶして来たのよ。そしたら、うちの表戸がしまってて、それっきりお母さんいなくなっちゃったの」
「動物園」といや、「長屋紳士録」
なぜなのか?? 「動物園」は「別れ」のシンボルであるらしい。
それから重要なのは「うちの表戸がしまってて」
「東京暮色」でやけに外から撮った玄関のショットが多いのは
そのせいか??
というかそれ以外に理由はないような気がします。
あと、さっき紹介した有馬稲子の帰宅のショットの念入りさ↑↑
「うちの表戸がしまってて」……
どうも「不在の母」の象徴であるらしい。
ん、あと、引手が気になるな。
「4」がバラバラに……
これって杉山家のメンバーがバラバラなことに対応していないか??
深読みなのか??
明子「あたしお父さんの子じゃないんじゃない?」
孝子「何云うの、あんた――どうしてそんなこと云うの」
明子「きっとそう――あたしお母さんだけに似てるんだもの。何ひとつお父さんと似てるとこ、ないんだもの、お母さんのきたない血だけがあたしの身体に流れてるんだもの」
孝子「そんなことない!」
このシーンの、原節ちゃん、有馬ネコちゃん……
この目の光らせ方は――
瞳孔ピカピカは……
アンタたち、レプリカントだね……
小津安っさん、あんた「ブレードランナー」のマネしてるね??
いや、失礼。
やっぱり、リドリー・スコットは「東京暮色」みてたのかな??
世代的に小津映画を学校の教材として見ていても不思議はないからな……
うーん、気になるな~
S89
お父さん、笠智衆が帰ってきたので、
おのれの出生の秘密……「わたしはあなたの子ですか?」
という重要なコトバを発しようとしますが……
明子「お父さん」
周吉(振り返って)「なんだい」
明子「ねえ、お父さん、あたし一体」
孝子「明ちゃん」
明子、真正面から周吉と向き合う。
周吉「なんだい?」
明子、云えなくなり逃げる様に二階へ駈け戻ってゆく。
有馬稲子はなにも言えず逃げてしまいますから……
笠智衆は I am your Father. といえないわけです。
ま。このあたりも……コトバは発せられなかったわけですけど。
ユダヤ-キリスト教っぽい。
日本というのはけっきょく「母」の国ですからね~
一番偉いのはアマテラスとかおっしゃる「女神」なわけですし。
で。
S91
玄関。
明子、おりてきて、靴を突っかける様にして飛び出してゆく。
これ以降、(生きては)明ちゃんは、この家に帰ってこないわけです。
なので、
S114 孝子「お母さんのせいです」
と、明子の死の原因をすべて母に押しつけてしまう孝子の理屈も……
ま、わからなくはないです。
S82
寿荘です。
菅原通済が……新聞を読みながら
「売春禁止法実施、成程ねえ」
などとひとりごと。
しかし、政界の黒幕めいたことをしていたらしいこの人、
じっさいに「売春禁止法」に関わっていたらしいですな。
あと、
「東京暮色」の「2」は 溝口健二の「2」だ。
と、どこかで書きましたが、
そのミゾグチの遺作「赤線地帯」はやっぱし
売春禁止法がらみの作品でした。
たった一言でこれだけいろんなことを考えさせる小津作品……
あーあと「メガネ」かけてる。背後の「蛇口」も気になるし……
S94
喜久子「なァに、なんですの」
明子「あたし、小母さんと二人っきりでお話したいの」
母―娘の対決、第2ラウンド、といった感じです。
(第1は、原節子対山田五十鈴、です)
S97
で、近所のおでん屋さんへ。
喜久子「どうぞ……きたないとこだけど……」
「東京物語」の紀子が
自分のアパートを「きたないとこ」と表現してたのを思い出します。
のっけからすごい。
凄まじいシナリオ。
明子「小母さん、あたし一体誰の子なんです?」
喜久子(思わず息を呑んで)「誰の子って――」
明子「小母さん、あたしのお母さんね」
「小母さん、あたし一体誰の子なんです?」
「小母さん、あたしのお母さんね」
どっちもすごい。
ただ、有馬稲子は「父」が誰なのか? ということにしか興味がない。
原節ちゃんに
「明ちゃんにお母さんだって事、仰有って頂きたくないんです」
と釘を刺されているので(S67)
なんのかの誤魔化す山田五十鈴ですが、
原節子自身が教えたらしいとわかったので、告白をはじめます。
ここらへん有馬稲子の表情が、なんともいえず、いい。
自身、複雑な家庭環境で育ったらしい人なので
(実母ではない女性に育てられた)
「地」で演技できたのでしょうか。
喜久子「――お父さんの子でなきゃ誰の子だと思ってンの? あんた、そんなことまであたしを疑うの? そんなにお母さんが信じられないの?」
といいますが、当然
S51 明子(睨みつけて)「あんたの子でなきゃ誰の子よ、ねえ、誰の子だと思ってんの、そんな事迄あんた疑ってんの」
という……自身のセリフと重なります。
喜久子(山田五十鈴)=明子(有馬稲子)
母=娘……
さらにいえば、
「堕胎」という形で自分の子を捨ててしまった、その行為まで、
母のしたことと重なってくるわけです。
うーん……背景の引手が「十字架」めいているうえに……
お祈りしてるみたいな 両手……
こんな宗教画みたいなショット、はじめてみたような。
つくづくユダヤ-キリスト教っぽいのですよ、「東京暮色」は。
で。
喜久子「明ちゃん!」
明子「お母さん嫌いッ!」
シナリオは
「喜久子、追うにも追えず、その場に崩折れて、じっと考えこむ」
というのですが、
じっさいのショットは山田五十鈴の
抑制されたしっとりした演技です。
その8につづく。
次回で終わるでしょう「東京暮色」