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小津安二郎「東京暮色」のすべて その8

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「東京暮色」のすべて、今回で最終回、の予定です。


S98

西銀座「ガーベラ」


富田(声を低くして)「おい、いつまでクヨクヨしてンだい。もう諦めなよ。あんな奴――もっとガッチリしたンでもめッけろよ。沢山いるじゃねえか、あんな奴のどこがいいんだい、えー」


という、須賀不二夫のセリフ。

「戸田家の兄妹」S42

昌二郎「あんな奴よりもっといい男は沢山いるんだ。俺がさがしてやるよ……まあ、少し色は黒いけど、がっちりしてて親切で、頼もしくって、見たとこあんまりきれいじゃないけど、俺の様なのどうだい?」

というのを思い出します。


佐分利信のセリフは妹への純粋な思いやりからいってるわけですが、

須賀不二夫のは下心がありそうですなー


なにか過去の作品の「引用」にしても

「東京暮色」の場合、ネガにしてひっくり返している印象があります。



明子(顔を上げる、涙が浮んでいる)「もういいの――帰るわ」


「ガーベラ」つづく「珍々軒」……


自殺(事故死?)直前のネコちゃんは、

どこか、お人形じみた雰囲気があります。


どこか非物質的な雰囲気……

照明が違うのか? メイクが違うのか?

それとも、僕の主観の問題なのか?



S100

はい。

で例のメガネ屋さんの看板。


あ。「華麗なるギャツビー」 DVD買ったんですが、

まだ見てません。すみません。(レッドフォード主演のやつ)

一緒に買った清水宏のBOXがあまりに凄まじいもので――


清水宏ブームが当分続きそうなので、みるのはだいぶ先になりそうです。


んー……

しかしシーンナンバー100……「一〇〇」に

メガネ屋の看板というのは……


「○○」……


これも意図的だとすると、コワイ……


S101

明子「お酒頂戴――」

義平「へい。――冷えて来ましたねえ。これで降りゃ雪だね」



義平「ああ、木村さんアパート代るんだってね? いいとこあッたかね? 昨夜もうちィ来て、明日ァ蒲田の方探すんだなんて云ってたッけが、どうでした、ありましたか」


「転居」という初期小津作品によくあった「空間論」

そして「蒲田」という地名……



S103

すると……


田浦正巳登場。


憲二「僕、ずいぶん君探してたんだぜ。ちッとも会えないんだもの……」


んーー……

なんというか、登(高橋貞二)によると、

「さる短期大学に、憎い程純情無垢な男女の学生がありましてねえ」

というのですが、


このあたりの憲二くん(田浦正巳)の落ち着いたふるまい方というのは、

なんか百戦錬磨の女たらしの雰囲気があります。


となると……

憲二にとって明子というのは

ワン・オブ・ゼムのひとりに過ぎなかった可能性もあり……

深夜喫茶での待ち合わせをすっぽかされた時も、

女と会っていたんじゃないか?

などという感じもします。


んだが、ま、そこは画面上には出てこない事です。



つくづく綺麗なネコちゃん。

やっぱり照明かな。コントラストがポイントか?


憲二「誰にも相談出来ないことだしさ。君が心配してると思うと、僕、夜も寝られなくなってさ。ほんとよ、痩せたでしょう?」


小道具は革の手袋。



といや、「朗らかに歩め」の高田稔。


あんまし「悪人」が登場しない小津作品において、

「朗らかに歩め」前半の高田稔。

それと「東京暮色」の田浦正巳。


革手袋をしている二人が共通して「悪人」というのはおもしろい。


明子、いきなり憲二の頬に平手打ちを喰わせる。

憲二「何すンのさ! 乱暴すンのはおよしよ!」




母(山田五十鈴)=娘(有馬稲子)とすると、


山崎(母の駆け落ちの相手)=憲二(田浦正巳)ということになるのか?

有馬稲子が殴った相手は山崎かもしれない??


ま。深読みですが。


有馬稲子が出て言った直後、電車のけたたましい警笛が鳴ります。


義平「あれッ、なんかあったのかな、ちょいと行って見て来ますからね!」


――じっと、考えこんでいる憲二……。


以降、画面上に田浦正巳は登場しません。



S104

踏切の方に人だかりが見える。


と、シナリオにはあります。

そういや、「珍々軒」の看板は「うずまき」に囲まれてますなー



↓ちょっと違うが。



で、
事故(自殺?)についてつべこべ説明はせずに、

病院のシーンになります。


S107


義平「なァ、薄情なもんだよ。付いても来ねえんだから……」


というのは、憲二(田浦正巳)のこと。


えー、あと。

この看護婦さんは妙に色っぽい気がします……


こういう場面だからそう感じるのか?

こういう場面だからこういう色っぽい役者さんを出演させたのか?



周吉(笠智衆)と孝子(原節子)登場。



義平さん(藤原釜足)、二人の身なりの良さに気づいた事でしょう。


「ん。これはそれ相応の謝礼が?……」

という彼の心境がなんかうまくでているシナリオです。


周吉「イヤ、どうもいろいろ御親切に……」

義平「ナーニ――。じゃ、あッしゃァこれで……」

周吉「そうですか、おいそがしいところ夜分おそくまで……」

義平「イエ、ナーニ……」

孝子「お父さん、お名前を……」

周吉「ああ……」



義平「あ、あッしゃァすぐそこのチャンソバ屋でね、下村ヨシヒラっていうんですがね、みんながギヘイギヘイって云いますが、ほんとはヨシヒラってンでさァ」


「ヨシヒラ」「ギヘイ」

名前が「2」つ……


S108

義平「いま二階でね、うちのこと聞かれたんだがね、つい珍々軒っていうのを忘れたからね、よく教えといてくれよ、珍々軒――。頼むよ」


「2」階……


にんまり笑う藤原釜足。(すごい笑顔)


笠智衆親子にとっては人生の一大事件なのですが、


義平さんにとっては「謝礼」というニコニコするような事件。

そして、看護婦さんにとってはいつも通りの仕事、なわけです。


「東京の女」ラストの記者たち。

「これはネタになりそうにないな」なんてことをいう連中を思い出します。


S109


周吉「死にやせん、大丈夫、死にやせん」

孝子「明ちゃん、しっかりして」

明子「ウーお姉さん、アー、あたし死にたくない」


小津映画の登場人物は大抵

「ああ、気持ちだ」

とかいって朗らかに死んでいくのですが……


死にたくない、死にたくない、といって死んでいく杉山明子は

あきらかに特異な存在です。


S110

大好きな時計のショット。




アクビをする色っぽい看護婦さん。


アクビ、うたたね、というと、

「その夜の妻」


そういや、

「その夜の妻」 八雲恵美子&岡戸時彦の夫婦の娘の名前は

「みち子」……


「東京暮色」 原節子の娘の名前は「道子」……


ただ……「ミチコ」というと、

小津ファンがまず思い出すのは「桑野通子」だったりする。

次作「彼岸花」で、桑野ミッチーの遺児、桑野みゆきが登場するのも考えたいところ。


まー「ミチコ」なるネーミングだけで色々考えさせられる。

美智子皇后陛下の「ミッチーブーム」は、「東京暮色」のちょっとあと。



S114

麻雀屋「寿荘」


しかし、今頃気づくのもなんだけど……

失踪しちゃった母がやっている麻雀屋の名前が「寿」荘、というのも

小津安っさん一流のアイロニーか?

野田さんのアイデアかもわからんが。


はい。母娘対決の第3ラウンド。


孝子(冷たく)「お母さん」

喜久子「まァ、いらっしゃい」

孝子「明ちゃん、死にました」

喜久子(ハッとする)「まァ、いつ、なんで、なんで死んだの、明ちゃん」

孝子「お母さんのせいです」

 孝子、身を翻して帰ってゆく。



「明ちゃん、死にました」

「お母さんのせいです」


はい。毎度毎度すごい対決です。


例の「紀子三部作」で、徹底的に思いやりに満ちた「紀子」を演じた原節子が、


――「東京暮色」においては、

極端に短いセリフで、

母親(しかも山田五十鈴!!)をイジメぬく、という……


毎度毎度、自分の作った世界をぶっ壊して、また再構成、

という過程を積み重ねていく、小津安二郎……


はたから見れば「巨匠」、「松竹の天皇」なわけですから――

そんなことする必要はない、と思うのですけど……

やるんだね、この人は。

進化し続けるね。


だからトップランナーで居つづけることができたのでしょう。


「紀子三部作」のラインで適当な仕事をし続けていれば、

まあ、ほどほどのヒットは保証されている。

でもそれは絶対にやらない。できない。

「早春」「東京暮色」、この「失敗作」の流れというのは、

――「晩春」「麦秋」「東京物語」という、傑作中の傑作。

どっからどうみても完璧、な作品群を

どうぶっ壊していくか??

その視点から見ていくと、感動するより他ない、気がします。


「ものづくり」をやっている人間にとっては、

この凄まじい自己超克の物語……

小津安二郎自身のものすごい葛藤……

それをひしひしと感じるより他ない。


まー本人はけっこう気楽にやってたのかもしれないですが……



S116

喜久子(山田五十鈴)

「あたし、もう東京いやンなっちゃった」

と北海道行きを決意します。


相島「ナーニ、寒いったって知れたもんだよ。どこ行ったってお前、二人づれならあったかいやね。うん、そうか、行ってくれるかい……そいつは有難てえなあ……」


二人づれ……「2」人……


S118

そしてとうとう、山田五十鈴が杉山家の玄関へ……


S88 原節子のセリフ

「そしたら、うちの表戸がしまってて、それっきり、お母さんいなくなっちゃったの」

これに対応します。


というか、えんえん玄関を外から撮っていたのは、

このS118のショットを撮りたかった……その下準備なのでしょう。


S119



母娘対決 第4ラウンド。


喜久子「さっきは、どうも電話で……」

孝子「……」

喜久子「あたし、今晩、九時半の汽車で北海道へ発つの、これ(花)明ちゃんにお供えしたいと思って」

孝子「……」

喜久子「いけないかしら」

孝子「……」


目がキラッ。


ひたすら無表情な原節子。



身体の姿勢も変化なし。


喜久子「もうこれで会えないかも判らないけど、いつ迄も元気でね」

孝子「……」

喜久子「じゃ、帰るわ、じゃ、さよなら」

孝子「……」




S121

それ迄じっと動かなかった孝子が一時に堰を切った様に泣き入る。


S124

で、上野駅のシーン。

ここはたまらなくいいですね~


使っている車両は本物。




電車の車体を「鏡」みたいに使う、というのは

小津安っさん、よくやるテクニック。


山田五十鈴は原節子が見送りにくるのを待っていますが、

――来ません。


……通俗ストーリーですと、

「お母さん!」「孝ちゃん!」

とかいって抱き合って泣くのですが……



はい。いつもの厚田さんの証言。


厚田:やっぱり本物の客車使ってますから、椅子も固定してるし、山田五十鈴と中村伸郎がお酒飲むのもいい感じが出てますね。山田さんが前かがみになりますが、あれがセットで椅子が浮いていると演技がやりにくくてああはいかないんです。それに何てったってニスが塗ってありますから何となくいい光もあるし、奥行もあるし、棚なんていうのは本当にセットのつくったあれとは全然違いますからね。御覧になると分かりますけど、やはり艶はないし、何となくセットセットして違いますね。

蓮実:でも、本物の客車を使うと、とくにロー・アングルの場合はたいへんじゃないですか。

厚田:いや、ちゃんと手前のシートを外しちゃいますから。上のシートを取っちゃいます。あれ、割合に厚いものですよ。でも馴れてますからね(笑)。で、シートを外してキャメラを置く。

(厚田雄春/蓮実重彦、筑摩書房「小津安二郎物語」184ページより)


なるほどシートを外して、キャメラを置く、と。



S130


「1」「2」……


S131

孝子が椅子に座りじっと考えこんでいる。


S132

孝子「あたし帰ろうと思うんです」

周吉「何処へ」

孝子「この子に明ちゃんみたいな思いをさせたくないと思うんです」


原節ちゃんの微笑み……美しい……

大人な感じです。



周吉「そうか、じゃ帰るか」

孝子「ええ今度こそ一生懸命お父さんにご心配かけない様にやってみます」

周吉「そうかい」


「じゃ帰るか」――


「東京物語」S164

周吉「そう、帰るか。長いこと済まなんだなあ」

紀子「いいえ、お役にたちませんで」

を思い出します。



孝子(微かに笑って)「あたしにも我儘なところがあったんです」

周吉(微笑して)「そりゃ誰にだってあるさ、やァ、まァやってごらん、やって出来ないこたァあるまい」

孝子「ええ、やってみます。でもお父さん、あたしがあっちィ行ったら、後どうなさるの」


ここはどうしても「晩春」を思い出すところ。

S93

紀子「ええ……ほんとに我儘いって……」

周吉「イヤ、わかってくれてよかったよ。お父さんもお前にそんな気持でお嫁に行って貰いたくなかったんだ。まア行ってごらん。お前ならきっと幸せになれるよ。むずかしいもんじゃないさ……」





S133

周吉が来て、電燈をひねり、床の間の仏前に坐る。

周吉、お経を口ずさむ。



妙に……ポップ、というか、

かっこいい遺影。



笠智衆、お寺の息子ですので、

お経はお手のもの。


小津安っさんの日記にも「笠にお経をあげてもらう」とかいう記事がみえます。


というか、自分で不器用不器用といってるくせに、

笠智衆、器用ですよね。 「長屋紳士録」ののぞきカラクリ、とか。




というように、「東京暮色」おわります。


これで「彼岸花」以降、小津作品はカラーですので、

笠智衆、白黒時代の「死」を悼んでいるのかもしれない??


あ。先回りしていっちゃいますと。

「彼岸花」の裏テーマ、「暗号」というのは……

BLACK&WHITE

だったりします……


なんとひねくれた奴……

小津安二郎……





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