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塔の作家・小津安二郎 その2 「晩春」壺のショット/「淑女と髭」「東京の合唱」

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――じつは、小津安二郎という映画監督は

ひたすら「塔」を描いてきた人だったのではないか??

 

そんな単なる思いつき(笑)を証明すべく、

1作品1作品 分析しております。

 

前回書きましたように 見切り発車ではじめてしまったのですが――

つらつら考えまするに……

 

これって あの名高い

「晩春」(1949)の壺のショットの解明につながるんじゃあるまいか??

とかいう 予感を抱きまして……

 

ザザッとその予感だけ書いておきますけど……

 

S90 部屋

紀子「……ねえお父さん……お父さんのこと、あたし、とてもいやだったんだけど」

返事がない。

で、見ると、周吉はもう眠りに落ちている。

紀子はそのままじっと天井を見つめて考えつづける。

周吉の静かな鼾が聞こえてくる。

 

とんでもなく美しく 妙にエロい

「晩春」のS90ですが……

 

 

前回の記事「その1」でみえてきたポイントというのはですね。

主人公たち、上を見上げる……

→視線の先には巨大構造物(塔)……

という黄金パターン。

この存在です。

 

小津作品では 主人公が上を見上げると何かが起きるわけです。

上を見上げると物語が急展開する

上を見上げると登場人物の心情に変化が起こる

――わけです。

 

つまり、ですね……

「晩春」の原節ちゃんはですね……

 

「寝てる」のではなくて、

「上を見ている」のですよ!

ここは。

 

「上を見上げる」というと

この角度ほど究極なものはないわけです。

 

「上を見上げる」ショットの究極形が

「晩春」のS90 のこの一連のショットなわけです。

 

そして名高い壺のショット――

 

かつて僕は

2015年6月16日

『小津安二郎「晩春」のすべて その5』なる記事で

https://ameblo.jp/kusumimorikage/entry-12038996925.html

 

この壺の正体は 〇&△ であると偉そうに(笑)喝破したのですが

 

まあ、それは今でも正解だろうとおもっているんですけど、

さらにいうと、

 

主人公たち、上を見上げる……

→視線の先には巨大構造物(塔)……

という黄金パターン。

 

この壺は――

旅館の部屋に置かれた小さな「壺」は、

究極の「塔」なのではあるまいか?

 

小津には この壺のショットの偉大さがわかりきっていたのでしょう。

そしてあとあと 有象無象の評論家どもが このショットに関して ああでもないこうでもないと

論争を繰り広げることも――

ひょっとして映画史上もっとも謎めいた1ショットになるかもしれないことも。

 

「晩春」S90の直後に登場する S91が竜安寺の石庭であることも 「なにか」を暗示しています。

 

つまり、この「壺」は

小津作品史上 最小の「塔」であると同時に、

最大の「塔」でもあるのでしょう。

 

もちろん「天井」をみている紀子(原節子)には

「壺」は見えるわけがないです。

だが、そういう人にはこう反論しましょう。

 

「若き日」の若者二人は煙突を本当にみているのか?

「朗らかに歩め」の登場人物たちは大仏を、ビルディングを本当にみているのか?

 

すべてはわれわれ観客の頭の中にしか存在しないアクションではないですか?

 

原節ちゃんはどうかんがえても「壺」をみているのです。

 

まあ、だいたいの輪郭は書いてしまったのですが、

1作品1作品みていくうちに

また新たにわかることもあるかもしれない。

 

□□□□□□□□

では、分析続けます。

 

5、「淑女と髭」(1931)

 

岡田時彦主演のコメディです。

この作品では

・主人公がヒロインに出会うシーン

・ヒロインが主人公の住むアパートに向かうシーン

という大事な場面で「塔」が登場します。

 

ただ漫然と「塔」のショットを出したりはしませんね。やはり。

 

S3 道

ヒゲムシャの岡島が、行本の家へ行くために歩いて行く。

ステッキをついて――

 

S4 向う

おとなしそうな一人の娘を、洋装のモガが脅迫している。

娘、にげ出そうとする。

モガが追っかけて娘をつかまえる。

 

主人公とヒロインの出会いのシーンが

「電柱」「ビルディング」「煙突」

と、「塔」だらけです。

 

ついでに書いておくと、1930年代はじめの東京は

関東大震災の爪痕で 空き地が多かったようです。

 

主人公、不良一味をやっつけます。

 

S4

おぼえてやがれ!

髯っ面‼

 

立ち去る主人公の背後に

ニョキニョキと電柱の列が。

 

こんどは終わり近く

ヒロインが主人公の住むアパートに向かうシーン――

 

S34 街

浮き浮きした顔をして広子が歩いている。

 

ヒロインの川崎弘子が、

おなじみの見上げるポーズをとります。

 

登場人物がうえを見上げる。

その時なにかが起ります。

 

主人公たち、上を見上げる……

→視線の先には巨大構造物(塔)……

という黄金パターン。

です。

 

ここで注目したいのは、視線の先が

どこか女性的な雰囲気の建物であること。

 

川崎弘子がみる光景が

「若き日」の屹立する煙突や

「朗らかに歩め」のモダン建築では

ちょっと違和感があったでしょう。

 

深読みしてしまえば、この光景は

ヒロイン・広子が 主人公・岡島と一緒に築いていくのであろう「家庭」の象徴なのかもしれません。

 

おつぎ。

6、「東京の合唱」(1931)

 

映画史的にみると、

→気楽に撮ったコメディ「淑女と髭」がけっこうウケる。

→気合いれまくって撮った ハーフ美女井上の雪ちゃん主演「美人哀愁」で大スベリ……

→で、「映画」とはなにか わけがわからなくなってしまった小津安っさんが撮ったホームドラマがこれ。

ということになります。

とうぜんのことながら この「東京の合唱」が、

戦後の傑作ホームドラマ群の先祖・先駆けとなっていくわけです。

 

あ。「美人哀愁」はネガ・プリント現存せず。 小津作品史上最長の作品であったそうです。

 

S1 学校のグラウンド

しょっぱな

すっくと真っ直ぐ立った構造物(塔)だらけです。

 

電柱、街路樹

教師と生徒たち

 

左端は……シナリオでは「肋木」と書いてあります。

運動用の器具です。

 

岡田時彦&斎藤達雄

これもひょろ長く すっくと立っている物体二つ。

 

オープニング近くではやばやと

上方を見上げるポーズが出現します。

 

岡島、肋木の傍で上衣をとり、またシラミを取る。

腰を下ろし、肋木にもたれて、煙草など取り出し、マッチをする。

仲々、火が点かない。

一服して、空を仰ぐ。

 

肋木越しに、大木のポプラの梢が、風にそよいでいる。

 

主人公たち、上を見上げる……

→視線の先には巨大構造物(塔)……

という黄金パターン。

ですので、

木はすっくと塔のように立っていなければならないわけです。

 

S2 岡島の家

 

次のシーンではネクタイを締めようとしていて

おしゃぶりをくわえている……

一瞬で 家庭を持つ勤め人であることが観客にわかる。

 

そうです。もちろん上方を見上げるポーズ……

 

サイレンの音に、ふと窓外を見る。

窓からは町工場の細長い煙突が見え、始業の煙が上り始めている。

 

もちろん 上を見る→塔という

お決まりの黄金パターンですが、

 

なるほど「始業の煙」ですか。

「やれやれ、また一日始まったな……」というサラリーマンの心理描写も入っているわけですね。

 

S20 岡島の家附近の野原

 

S17で岡田時彦は会社をクビになってしまうわけです。

しかし、その朝

息子に「二輪車」を買ってきてやると約束してしまっていた。

(当時、自転車ではなく二輪車といってたのかしら?)

 

で、仕方なく 「スケート」を買ってきた岡田時彦

ぶんむくれる息子というシーン。

 

↓↓このショットはニコニコしてますが、直後ぶんむくれます。

 

背景には塔(電柱)の規則正しい配列。

 

どうも、ですね。

「東京の合唱」にでてくる「塔」は

ビターな味がします。

苦いです。

 

「若き日」~「淑女と髭」の「塔」がもっていた

楽天的で 晴れやかなイメージ、

あれがまったく消えてしまっています。

 

理由は何なのか?

・小津自身の進化がここにあらわれているのか?

・気合いいれまくった「美人哀愁」(井上雪子主演)が完全にコケたせいなのか?

・憧れの井上の雪ちゃんを斎藤達雄にもっていかれてしまったその絶望のせいなのか?

 

「美人哀愁」にはどうも

シナリオを見る限り

岡田時彦が霊柩車の中に入って 自宅まで送ってもらう

完全にイッちゃったシーンなどがあったらしいのですが、

(見たい!)

 

この頃、小津安っさんの中で

「なにか」が死んでしまったことを暗示するのかもしれません。

 

S23 オフィス街

換気の吐き出し口の煙突の向うに、ビル群が見える。

 

字幕が

「失業都市東京」ですからね。

しかし……

コロナ騒ぎの今、

現実になりつつあり、なんともいえませんがね。

 

戦後の作品群にも出て来そうなショット↓↓

 

しかし、戦後のビル群のもっている明るさに比べると……

気のせいか、重いイメージ。

 

S34 医院の前の道

長男を背負った岡島の姿が見える。

去りかけて、上を仰ぐ。長男、窓際のすが子を見つけ、

「ママ!」と手を振る。

 

S35 入院室の窓際

すが子、寂しく微笑して頷いてみせる。

 

例の上を見上げるショットです。

そして「その夜の妻」のラストシーンの変奏曲でもあるわけですが――

 

八雲恵美子が寂しげなのは

ダンナが自分の着物を質に入れて

娘(デコちゃん・高峰秀子!)の入院費を捻出したことを

うすうす気づいているせいなのでしょうか?

 

とにかく苦い味の「東京の合唱」です。

 

S42

芝職業紹介所の表

入口の石段に、失業者らしき人たちが腰を下ろしている。

遠くに、ガスタンクと工場の煙突が見える。

心なしか、煙突の煙も薄い。

 

しかしこのあと岡田時彦は

恩師の斎藤達雄に出会い、

就職先を世話されるという展開ですので……

 

やはり

上を見上げる→塔

という一連のシークエンスは

物語の展開点にあらわれるわけです。

 

このあと、

岡田時彦が斎藤達雄と一緒に 街でビラ巻きをしているところを

奥さんの八雲恵美子に見つかりまして

で、

当時、インテリ階級のものが

ビラ巻きなんぞするのはみっともないということだったらしく、

夫婦喧嘩勃発ということになります。

 

S51 岡島の家

岡島、立って、着替えながら、ふと窓外を見ると、

町工場の細長い煙突から、力なく煙が立ちのぼっているのが見える。

ズボンを脱ぎ、しゃがみ込んで、今度は裏の方へ眼をやると、

ロープに干された洗濯ものの背後に、柳の木が見える。

 

岡島、自嘲するように、

「おれも、近頃は

だんだん

青年らしい覇気が

なくなって来たなァ」

 

にしても、

失業者夫婦の若奥さんにしては

ずいぶん派手でモダンなお着物の八雲恵美子――

 

・上を見上げる→煙突

・上を見上げる→柳の木

と二段構えになっているのが このシーンの特徴でしょう。

 

そして家族は「都落ち」するわけです。

といって栃木県に移住するんですけどね。

 

考えてみると

「東京の女」「東京の宿」

「東京物語」「東京暮色」――

「東京」がタイトルに入る作品では 必ず「東京」は否定的に描かれるわけです。

 

その最初が、この「東京の合唱」でした。


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