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三宅艶子「ハイカラ食いしんぼう記」感想(エスキモーの新橋ビューティ食いてえ!)

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モダンお嬢さま・ツヤコ

かわいすぎる……という本。

 

「マリみて」ばかり読んでるとおもわれるのもアレなので

(じっさいそうなのだが)

ご紹介いたします。

 

上流階級のお嬢さまが 戦前および戦後まもなくの 印象に残った食べ物の思い出をひたすら書く――という本。

 

アマゾンの評価で、文章が下手とかいうのを見たので

ちと心配だったのだが(文庫本だが、絶版?なのか、古本価格はまあまあ高いんである)

杞憂で――まっすぐのびのびしたお嬢さまらしい文体だった。

 

 なんで羨ましいかと言えば、軽井沢では人々が優雅に退屈しているように思えたからであった。

(中公文庫、三宅艶子著「ハイカラ食いしんぼう記」95ページより)

 

こんな文章を書く人をつかまえて

下手くそとは、どうかしている。

 

ただ――

蝶よ花よと育てられたお金持ち美女が、

(お写真拝見すると有馬稲子似の美人なんである)

贅沢三昧の日々を振り返る、という内容なので

左巻きのアナタには まったくおすすめしません。

(上記のアマゾン評価子も、今どき絶滅危惧種の左翼野郎なのだろうとおもわれる)

 

□□□□□□□□

 

といいますか、タイトルに書いたのですが、

「エスキモー」(ヱスキモ? エスキモ? エスキーモ?)という銀座のお店の

「新橋ビューティ」が気になって この本を読んだ、というのが実際のところです。

 

「エスキモー」とはどういう店だったのか?

そして「新橋ビューティ」とはなにか?

 

順を追って書きますと……

 

①まずは「全日記小津安二郎」

――に、「ヱスキモ」が頻出するのですね。

分厚い「全日記小津安二郎」のはじめの方から抜き出していくと、

 

1933年

11月7日(火)▲ヱスキモで東洋の母のストリーの相談

12月29日(金)皇太子 継宮明仁親王と御命名

夕方清水から電話でヱスキモで会ふ

12月31日(日)内田岐三雄から電話がかゝつて来て ヱスキモで会ふ

 

1934年

1月25日(木)ヱスキモにより一人車にて帰る

2月26日(月)夕方 岸松雄から電話 ヱスキモで会ふ

3月2日(金)ヱスキモで又してもグレープ・ジュウス

3月3日(土)夕景 岸松雄とヱスキモで会つて山中の風流活人剣を見る

5月17日(木)ヱスキモにてお茶をのみ帰る

9月2日(日)ヱスキモ→キリン→松しま→ドウトンヌ→ルパン

 

というかんじです。1935年以降はみてませんが。

銀座で人と待ち合わせをするときによく使うようです。

あとちょっとお茶したり 「ジュウス」を飲んだり。

 

ついでに書きますと、この頃の小津安っさんの様子は――

1933年→水久保澄子たんに恋をしている。

1934年→父が亡くなる。横浜のチャブ屋に入り浸る。山中貞雄と仲良くなる。

というようなものでした。

 

②つづいて安藤更生著「銀座細見」

に、「エスキーモ」が登場します。

「エスキモー」でも「ヱスキモ」でもなく、「エスキーモ」です。

 

エスキーモ

僕はここの看板を読んで、はじめてわれわれがエスキモーとばかり呼びなれていた北極の矮人の名の正しい発音を覚えた。ここは酒も少しはある。コーヒーはここが一番うまいと思う。店の感じはメタリックで冷い。床が坂のようになっている。ここの名物はアイスクリーム、新橋ビューテイなどだ。ここのアイスクリームはきめが細かくって好きだ。

(中公文庫、安藤更生著「銀座細見」112ページより)

 

――と登場します。

「正しい発音」というのがなんのことか? 手持ちのオックスフォード・コンサイス・イングリッシュをみても

発音は「エスキモー」(エスキモウ)だとおもうんですが?

仏蘭西語だと「エスキーモ」?? でもこの人 仏文出てるんですよね。

よくわかりません。

 

ともかくアイスクリームがおいしい。ということがわかります。あと……

◎新橋ビューティ

なる謎の単語が飛び出します。一体これは何なのか?

 

③んで「モボ・モガの時代 東京1920年代」

これは1983年にでた別冊anan なのですが、

けっこうまじめな本で、情報量も多いです。

 

ここに先ほどの「新橋ビューティ」が登場します。

戸川エマさんへのインタビューなんですが、

 

 キャラコ、くそくらえ。ストッキングもむろん絹。そして遊びに行くのは銀座である。『モナミ』という喫茶店で、“新橋ビューティ”を食べるのが流行った。

「パフェみたいなもの。ダンダンになってましてね。休みで田舎へ遊びに行っても、早く帰って銀座で“新橋ビューティ”を食べたい、そればかり。コロンバンはね、ひさしを出しテーブルを道にはみ出させて、テラスにしてあるの」

(平凡社「モボ・モガの時代 東京1920年代」7ページより)

 

新橋ビューティなるものが一体なんなのかが薄ぼんやりとわかります。

パフェか。

段々? ともかくアイスなのだろう。

 

ん? しかし――

モナミという喫茶店で 「新橋ビューティ」??……

「エスキモー」(ヱスキモ、エスキーモ)ではないのかい??

 

また新たな謎があらわれてしまいます。

 

④けっきょく「ハイカラ食いしんぼう記」

 

「モボ・モガの時代」に戸川エマさんと並んで 三宅艶子さんのインタビューものってまして――

 

……なのですが。

ここでは 「エスキモー」も「新橋ビューティ」も語られてはおりません。

(ちなみに ハイカラ食いしんぼう記でわかるのだが 戸川エマ・ツヤコお嬢さまは二人とも文化学院の卒業生で、

戸川さんは一学年上であったそうです)

 

ただ、ハイパーモダンな邸宅にお住いの ハイパーお嬢さまであることはよくわかる。

 

上の画像、右側の写真。

ピアノといういかにもブルジョワな小道具と一緒に写るボブヘアーのツヤコお嬢さま↑↑

 

だが、トマス・ピンコの天才的な直感(笑)で、

このツヤコお嬢さまを追っかけてみるとなにかわかるのではあるまいか? とおもった。

というか、

アマゾンでツヤコお嬢さま検索かけると

「ハイカラ食いしんぼう記」という いかにも食べ物テーマっぽいエッセイ集が登場するではないか。

 

で、読んでみると、ビンゴ。なのであった。

ちなみにツヤコお嬢さまは「ヱスキモ」でも「エスキーモ」でもなく、「エスキモー」とお書きになるのであった。

 

「エスキモー」はいつ出来たか(多分二、三年前だろう。銀座の喫茶店やレストランは大抵大正の末頃からたくさん新しいのが出来たから)、私にはその日以前に「エスキモー」に私なりの一、二年の歴史があった。

 それは「新橋ビューティ」というアイスクリームに関して。誰いうとなく、いつからか「新橋ビューティって食べた?」「エスキモーの新橋ビューティ知ってる?」という話が出た。それは今方々にあるクリームパフェとかその種のものに、外見は似ている。でも実物は似ても似つかない。今喫茶店やどこかにあるアイスクリームは、みんなふわっとして、どろっとして、私は一年のうち一度ぐらいなにかの羽目で口にすることがあっても、みんな嫌いだ。その頃(昭和四年頃)にはおいしいアイスクリームが方々にあった。私の口感覚が変ったのではなく、今のはわずかの店をのぞいて、コーンスターチかゼラチンか、そういうものをまぜることがきまりだからだろう。アイスクリーム談義はあとに廻そう。

 新橋ビューティは、ヴァニラとストロベリーとチョコレートと、そして挽き茶との四種のアイスクリームが、縞のように色をグラスの外に見せてはいっている。それだけのことなのだが、一つ一つのアイスクリームがおいしいし、そのとりあわせが微妙で、ほんとうに「こんなおいしいもの生れて初めて」と思ったくらいだった。銀座に来ると、何かと言えば新橋ビューティのためにエスキモーに寄らないと気が済まない。夏冬行く御宿から東京に帰った時も、エスキモーで新橋ビューティを食べて初めて帰京した、と感じたくらいだった。

(中公文庫、三宅艶子著「ハイカラ食いしんぼう記」153~155ページより)

 

はい。新橋ビューティの詳細がわかります。

(新橋ビューティに限らず 食べ物に関する記憶力に関して ツヤコお嬢さまは異常なほど詳細です)

 

戸川エマ先生のいう「モナミ」は間違いでしょう。

(インタビュアーのミスの可能性も高い)

 

まとめると――

◎銀座ビューティ

ヴァニラ、ストロベリー、チョコレート、挽き茶(今でいう抹茶?)四種のアイスクリームがグラスに入っている。

パフェ状で段々になっているらしい。

食感はさらっとしてきめ細かい口当たりであるらしい。

四種の味の組み合わせが絶妙。

外見も非常にきれいなものであるらしい。

ということがわかります。

 

どこかで食べられないものかしら?

と「新橋ビューティ」で検索したりしましたが、

でてくるのは新橋周辺のエステやら美容院やらばかり――……

 

□□□□□□□□

 

新橋ビューティ以外のところも、どれも楽しい本です。

自分の行ったことのある万平ホテルとか横浜ニューグランドとかの記述もあり、興味深かったです。

 

ただ……エスキモー問題。

「ヱスキモ」「エスキーモ」「エスキモー」

どれが正解なのか? 謎は残ります。


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