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蛇・にょろにょろ問題① 今野緒雪「マリア様がみてる」全39巻・完読マラソン 

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目下、

今野緒雪先生の「マリア様がみてる」全39巻

完読マラソンの最中のわたくし……なのですが、

 

完読のついでに 前々から気になっていたこと――

①今野緒雪はにょろにょろフェチなのではないか?

(長くてにょろにょろしたものに異様な執着がある)

②紅薔薇三姉妹(祥子・祐巳・瞳子)は、ヘビ三姉妹なのではないか?

 

この2点をチェックしていこうとおもいます。

以下、その検証結果を書いていきます。

 

今回は1巻目「マリア様がみてる(無印)」から

9巻目「チェリーブロッサム」まで順に見てまいります。

 

□□□□□□□□

 

1,「マリア様がみてる(無印)」

作中の時間:某年10月

 

(寸評)はい。言わずと知れた大傑作なのですが、

最大の特徴は、ですね、

理屈っぽくてゴツゴツした――はっきりいって「武骨」な文体、だとおもいます。

文章を組み立てる過程およびボキャブラリーが非常に男性的なのですね。

少女小説の王道として

吉屋信子-氷室冴子-今野緒雪

というラインが考えられますが、

先代二人の作り上げたきわめて「女性的」な世界を

極めて「男性的」な感性と文体でぶっ壊したのが今野緒雪、なのだとおもいます。

 

以下、「にょろにょろフェチ」「ヘビ三姉妹」に関係するところ引用しますと、

 

p10

腰まで伸ばしたストレートヘアは、シャンプーのメーカーを教えて欲しいほどつややかで。この長さをキープしていながら、もしや枝毛の一本もないのではないかと思われた。

「持って」

 彼女は、手にしていた鞄を祐巳に差し出す。訳もわからず受け取ると、からになった両手を祐巳の首の後ろに回した。

(きゃー!!)

 何が起こったのか一瞬わからず、祐巳は目を閉じて固く首をすくめた。

「タイが、曲がっていてよ」

(祥子&祐巳のはじめての会話。マリア像の前にて)

 

「長い髪」の祥子さまが 祐巳にからみついて

「タイ」という「にょろにょろ」したものを結ぶ、という――

しょっぱなから「にょろにょろ」攻撃をかましてきます、天才・今野緒雪。

 

p40

真っ直ぐな長い黒髪が、コマーシャルのモデルみたいにサラサラとねじれて揺れて、やがて定位置に戻った。

(祥子さまの描写。薔薇の館にて)

祥子さまはあくまで黒くて長いストレートヘアが強調されます。

 

p44

「福沢諭吉の福沢、しめすへんに右を書いて祐、それに巳年の巳です」

「めでたそうで、いいお名前」

 白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)が華やかにほほえんだ。

「それで?」

 最後に黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)が、値踏みするように上から下まで祐巳を見た。

「その、福沢祐巳さんが、どうなさって?」

 いつの間にか、祐巳は三色の薔薇さま方に取り囲まれてしまっていた。

 蛇ににらまれた蛙って、こんな状態をいうのだろうか。いくら名前に巳(へび)という字がついていて多少は親しみがあるとはいえ、こんなのは勘弁してほしい。蛇じゃなければ、茨の森か。

(祐巳ちゃんと薔薇さまたちとの初顔合わせの場面。薔薇の館にて)

 

祐巳ちゃんが「わたしはヘビです」と表明するところです(笑)

大部分の方は 「おめえ、何いってんだ?」とおもわれるでしょうが、

そうなのです(断言)

あと、さいごの「茨の森」――これは3巻目のタイトルになりますが、

「にょろにょろ」ですね。

 

p61

「部屋から出て一番はじめに出会った一年生を捕まえて妹(スール)にするなんて、何て短絡的なの。藁しべ長者じゃあるまいし」

(……藁しべ長者)

 祐巳のこめかみに、たらりと汗がつたった。

(すると、私は藁しべだったわけか)

(薔薇さまたちと祥子の会話の中で「藁しべ」なるワードがでてくる。薔薇の館にて)

 

「藁しべ」これも長いものです。

はい。段々おわかりいただけてきたのではないでしょうか?

「長い髪」「タイ」「ヘビ」「茨」「藁しべ」

これは明らかに意識してやっています。

「にょろにょろ」イメージを読者に植え付けようとしているわけです。

 

p103

「☆×■◎※△――――⁉」

 それが何であるかわかる以前に、言葉で表現できない奇声が、祐巳の声帯から飛び出していた。

 なぜって、自分の背後から人の手がぬっと伸びて鍵盤に触れようとしていたのだから。心臓が飛び出しそうになるのも、仕方ないと思う。

「何て声だしているの。まるで私が襲っているみたいじゃない」

(祐巳ちゃんに無音で近寄る祥子さま。音楽室にて)

 

はい。で、無音で襲いかかる祥子さま……

この人もヘビなんじゃあるまいか? とおもわせる一節。

ちなみに無音というと三姉妹の末っ子・瞳子の特徴でもあります。

 

p194-195

「だから、どんな風に変なのよ」

「何だか、竹輪みたい」

「竹輪?」

 蔦子さんの言おうとしていることは、こういうことらしい。祥子さまの魅力は気位の高いお姫さまなところであって、いついかなる時でも芯が残ったアルデンテであるべきなのだ、と。然るに、今の祥子さまは穴の開いた竹輪のごとく、堅い芯が見あたらないのだ。ぼんやりしたり、溜息をついたり、あげくの果てには――。

p196 祥子さまが竹輪や伸びきったパスタになってしまったのは、土曜日、柏木さんに会ってからのことなのだ。

(祐巳ちゃんと蔦子さんの会話。校舎、おそらく廊下にて)

 

ここ↑↑ 決定的だとおもいます。

「竹輪」「パスタ」です。

こんなヘンテコな比喩。フツー使いますか?

あきらかに意図的なんです。

「にょろにょろ」なんです。

そして 祥子さま=伸びきったパスタ=無音で襲いかかる……

とくると、祥子さまもヘビなんです。

「ヘビ」の名を持つ祐巳ちゃんとはこれ以上ないほど相性がいい、というわけ。

 

p228

 祥子さまは棚から下りて、少し離れた水道の側まで歩いていった。そして一つしかない蛇口をひねると、勢いよく落ちてくる水を両手ですくって顔を洗った。

(祥子&祐巳の心が結ばれたあと。古い温室にて)

 

はい。読まれた方はご存知でしょう。

祥子―祐巳のラブシーンの直後です。

 

そこに「蛇口」!

 

「蛇口」……「ヘビ」の口 というのがかなり重要なワードなのですよね。「マリア様がみてる」において。

先回りしていっちゃいますが、34巻目「卒業前小景」p183に

「涙腺の蛇口が壊れてしまった」なる一文があり、

やっぱり 祥子―祐巳の美しいラブシーンとつながるわけです。

 

はい。どうもてもヘビ姉妹なんです。

あとはまあ、「ヘビ」と「水」の親和性も考えたいところか。

 

p244

 今日で、すべてが終わったんだ。

 二週間前、ほどけかかったタイから始まった、夢のような日々が。

(祐巳ちゃんの心理描写。祥子&祐巳が姉妹になる直前の場面。校内グラウンドにて)

 

ラスト直前の一文。

天才が「マリア様がみてる(無印)」の構造を一文でまとめています。

「ほどけかかったタイ」から始まり、ロザリオで終る、と。

つまり「にょろにょろ」に始まり、「にょろにょろ」で終る、わけです。

 

2,「黄薔薇革命」

作中の時間:某年11月。

 

(寸評)

1巻目「無印」と 3巻目「いばらの森」 という大傑作2冊にはさまれて若干地味めな印象。

だが、3巻目以下でトリックスター・由乃を大暴れさせるのにこの前フリは必要なのだろうとおもいます。

p163あたりからはじまる 祐巳が由乃さんのいる病院を訪問するシークエンスがたまらなくうまい、とおもうのですが、

おそらく今野緒雪の目線が「民俗学」(民族学?)してるからでしょう。

 

p22-24

(ああ、でも……もう)

 こんなことなら朝ご飯を食べてくるんだった――。後悔と同時に、ぎょろぎょろぎょ――というカエルの鳴き声みたいな音が、祐巳の身体の中心部からわき上ってきた。それも、信じられないことにたっぷり十秒は鳴り終わらない十六年間の人生における最長記録で、とうとう部屋中がシーンと静まり返っても未練たらしくきゅるきゅると響きわたっていた。

(ああ、もう何もかもおしまいだわ……)

(祐巳ちゃんのお腹が鳴った描写。薔薇の館にて)

 

ここ……なんで「カエル」なのかと長いこと疑問だったのですが、

(ふつう、お腹が鳴る音の比喩で「カエル」を使いますか?)

 

そうか、祐巳ちゃんはヘビだったっけ!

と思いつくと、この疑問は解決しました。

ヘビならばお腹の中にカエルがいても不思議はない。

そうなんです。あらためて 祐巳=ヘビを強調しております。

 

 

p164

「気をつけて行ってらっしゃい」

 祥子さまはいつものように祐巳のタイを直すと、マリア様のようにほほえみ、滑るように自動改札の向こうに消えていった。真っ直ぐの長い髪が背中でさらさらと揺れて、後ろから見てもすごい美人だってオーラがでていた。

(祥子&祐巳。M駅にて)

↑ここから祐巳ちゃんが由乃ちゃんのいる病院を訪問する美しいシークエンスにつなげるのですが、

「タイ」「長い髪」と「にょろにょろ」長いものを描き、

そして「滑るように」というから もう祥子さまはヘビなんです。

 

p183

「祥子さまは、動体視力もいいんですね」

 そう言うと、祥子さまは苦笑していた。

(祐巳ちゃんのセリフ。剣道の試合会場にて)

令さまたち リリアン女学園の剣道部の試合を観戦してるわけですけど、

ここも「動体視力」なんていう言葉を使う必要はないわけです。

ふつーに考えれば。

でも 祥子=ヘビ と考えると……

 

p200

「まさか祐巳ちゃんも、私が妊娠でもしていたって思っていた?」

「えっ⁉ 黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)、妊娠なさっていたんですか⁉」

 驚きすぎて、蛇口から水が弾けた。黄薔薇さまは、あからさまにうんざりした顔をした。

(黄薔薇さま&祐巳ちゃんの会話。薔薇の館にて)

 

はい。例の「蛇口」なる重要なワードです。

「蛇口」=「ヘビ」=「水」=「妊娠」

 

しかし、この場面の蛇口は 「ヘビ」というより

「男根」というフロイト的なイメージか??

鳥居江利子さまはなにかというと「性」に関係のあるキャラクターだったりもします。

(主要キャラの中で 彼女一人だけ 「男性」と交際することになる)

 

3,「いばらの森」

作中の時間:某年12月

 

(寸評)

「いばらの森」→大傑作。

おしゃれでかわいいメタフィクション。そしてトリックスター・由乃完全始動の巻。

「白き花びら」→どうも「百合」的にみて世評は高いらしい。

が、わたくし的には聖-栞のラブシーンは

「にょろにょろ」フェチ・今野緒雪の本領発揮、だとおもってます。

そうそう、「いばらの森」の輝かしき麺食堂シーンも「にょろにょろ」ですね。

とにかく「にょろにょろ」だらけの一冊。

 

p10

 私は、それを静かに、そして永遠に眠らせることにした。

 だからその森は、今でもいばらを堅く張りめぐらせ、外部からの侵入を拒み続けているのだ。

 たぶん、私が死ぬ、その時まで。

(オープニング。須加星作『いばらの森』より)

 

「いばら」なるにょろにょろが再登場です。

あとはまあ いばら姫という 「引き延ばされた思春期」のイメージも考えたいところです。

「マリみて」というおはなしそのものが「引き延ばされた思春期」だったりもします。

 

 

p42-43

「祐巳。白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)の本名言ってみて」

 祥子さまは、突然難問ぶつけてきた。

「えっと……。確か、佐藤――、佐藤聖」

「そうよ」

 セーフ。薔薇さまたちの名前言えなかったりしたら、祥子さまに何て叱られるかわかったものじゃない。

(祥子&祐巳。薔薇の館にて)

 

佐藤聖さま……イニシャル「S・S」 「S」だらけ。

なわけですが、

そういや 祥子さま……小笠原祥子も「S」が多いと気づくわけです。このあたりで。

 

さらに先回りしてしまいますと――

祥子さまのお母さまの名前:「清子」(さやこ)

お祖母さまの名前:「彩子」(さいこ)

と、代々「S」をつける伝統があるらしいです。

 

「S」「エス」というと……吉屋信子先生の時代(大正~昭和初期)には

少女同士の、一種同性愛的な関係を指したワード。

そしてもちろんスネークの「S」です。 

さらに、さらに、

「S」というこの字自体も「にょろにょろ」してまして……

「にょろにょろ」フェチの今野緒雪にとってはたまらんのではないでしょうか?

 

 

p108

 揃って取りにくと、小母さんはハンカチを首から下げて食べたほうがいいってアドバイスしてくれた。どんなにがんばっても、ラーメンの汁って絶対に飛ぶものらしい。

「そうか……。このアイボリーの襟にはねたら大変だもんね」

(由乃&祐巳。麺食堂にて)

はい。麵食堂シーンです。

「にょろにょろ」です。

 

p133

 さっきから気になっていたらしく、祥子さまは祐巳の方に身体を向き直ると「曲がっていてよ」と髪のリボンに手をかけた。身なりを正されながら、祐巳もそういうスキンシップがあった方がいいって思えた。

(祥子&祐巳。小笠原家の黒塗りの自動車の後部座席にて)

リボン、という新しい「にょろにょろ」が登場します。

 

p204

 祥子さまは祐巳の頬の辺りにそっと手を伸ばし、髪を縛っていた黒いリボンを解いた。

「あなたが気にするのなら、代わりにこれをいただいていい?」

 祥子さまは自分の黒髪を束ね、祐巳のリボンで縛った。その様子があまりに自然で、美しくて。祐巳の胸に熱いものがこみあげてきた。

「メリー・クリスマス」

 祥子さまは祐巳の手をとって囁いた。

(祥子&祐巳。おそらく校舎内、廊下にて)

また「リボン」

このリボンが34巻目「卒業前小景」に登場して……というわけ。

 

p236-237

 なぜ、私たちは別々の個体に生まれてしまったのだろう。

 どうして、二人は同化して一つの生命体になれないのだろう。

 私は栞の吐息を感じながら、二人の湿った長い髪を何気なく一筋ずつとって、それを一つの束にした。しかし色も質も違う二種類の髪は、押さえていた手を離すとすぐにはらはらと分かれてしまう。退屈に任せて、縄のようにねじったりもしてみたが、結果はあまり変わらなかった。

 私はなぜだか意地になって、二人の髪を三つ編みにした。栞の髪を二筋、私の髪を一筋とって。そしてやっと私たちの髪は一つになった。

(聖&栞。古い温室にて)

S&Sです。

そしてにょろにょろです。

この三つ編みシーンは、先ほどの「麵食堂シーン」と深い関係があるのだろう、と

かつてわたしは「いばらの森」の分析で書いたことがあります。

 

追加で書くとすると――

 

⑦蛇のペニスと性交

ペニスは二本で交尾期に時々、足と間違われる。縄のように雌雄がからみ合う濃厚さ、時間の長さも人の意表をつくものがある。

(法政大学出版局、吉野裕子著「蛇 日本の蛇信仰」15ページより)

 

三つ編みシーン――これはヘビの性交を表現しているような気もする……

しめ縄みたいに絡み合ってヘビは交尾するんですよね。

とか、考えると 「栞の髪を二筋、私の髪を一筋」というのが妙に艶めかしい。

そう考えると

佐藤聖・藤堂志摩子・二条乃梨子の白薔薇三姉妹もヘビなのか?

という疑問が生じますが、

ややこしいのでやめにします。

 

4,「ロサ・カニーナ」

作中の時間:某年1月。

(寸評)

「ロサ・カニーナ」→姉妹(スール)制度によって支えられる山百合会ですが、

それって、はっきりいって貴族的・反民主主義的なシステムじゃないですか?

というあたりまえの疑問を素直に書いた作品。ちょっと文化人類学のようなニオイも漂う。

(未開部族の統治システムの分析のような感じがするのよね)

ただ、蟹名静さまのキャラクターがいまいちよくわからない。ものすごく屈折している、というのはよくわかるが。

「長き夜の」→傑作。だとおもいます。

「私」という祐巳ちゃん一人称で珍しく描かれているあたり、これはもう「文学」といっていいでしょう。

文化人類学というか民俗学というか、

「日本のお正月」をこれほど明快に美しく描き切った作品が他にあるんだろうか?

 

p10

「うーっ、寒いっ」

 一年桃組三十五番、福沢祐巳は廊下に出た途端ブルブルブルッと馬が身体を揺らすみたいに身震いした。

 春生まれなので冬が苦手。

(祐巳ちゃんの心理描写。校舎、廊下にて)

 

寒さが苦手、というあたり、

「さてはお前、変温動物か!」とつっこみたくなります。

いよいよヘビです。

 

p104

 カサカサ。

 心が、荒んでいく。

 日照りのアスファルトに迷い出たミミズのように乾燥して干からびて、もともとは何だったのかわからなくなってしまいそうだ。

(祐巳ちゃんの心理描写。薔薇の館にて)

ミミズ、というにょろにょろです。

 

p197

「おめでとうございます。お久しぶりです、清子(さやこ)小母さま」

「まあ、聖さん。お元気でした?」

「はい。おかげさまで」

(聖&小笠原清子(祥子さまのお母さま)。小笠原邸、居間にて)

 

祥子さまのお母さまの名前が「S」からはじまるとわかる場面。

そういや柏木さんも 柏木優で「S」だわな。

 

p230

なかきよの

 とおのねふりの みなめさめ

なみのりふねの

 おとのよきかな

「ははあ、回文ですね」

 白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)がつぶやいた。

(『なかきよ』の説明。小笠原邸にて)

回文、なんですけど。

これも「にょろにょろ」の一種だ、とみたいわけですよ。はい。

 

5,「ウァレンティーヌスの贈り物(前編)」

作中の時間:某年2月。

 

(寸評)「マリア様がみてる」の基本構造は、

・「儀礼」(姉妹制度)

・「ゲーム」(例:祥子は祐巳を妹にできるか? というようなゲーム)

この二本立てなわけです。

これは1巻目から一貫してそうです。

んで、その「ゲーム」を主体におはなしを組み上げて見たらどうなるのか?

という実験が本作だとおもいます。

つまりバレンタインデーの「お宝探しゲーム」ですね。

今野緒雪の方法論は実はきわめてアヴァンギャルドだったりします。

 

p62

「令」

「はい」

 呼ばれた令さまは、複雑な表情で答える。蛇に睨まれたカエル、ともちょっと違うけど、珍しくおどおどしている感じ。

(黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)&令。薔薇の館にて)

 

祥子-祐巳とは別の文脈で 「蛇」「カエル」が出て来ます。

 

この巻はあまり「にょろにょろ」「蛇」イメージがないようです。

赤・白・黄 三枚のカードをめぐって おはなしがごちゃごちゃ交錯するので

この1巻全体が「にょろにょろ」なのかもしれません。

 

あと、ゲームの最中、

祐巳ちゃん、由乃ちゃんの背後をぞろぞろと尾行する一団がいますが、

あれも「にょろにょろ」イメージかな、ともおもいます。

引用はしませんが。

 

6,「ウァレンティーヌスの贈り物(後編)」

作中の時間:某年2月。

 

(寸評)この巻は、以下にみる 「ジーンズショップ試着シーン」のためにある!

といってよいでしょう。

トマス・ピンコの個人的な感想を書けば、この「試着シーン」があまりに完璧すぎるために、

以降、7巻目からしばらく 「マリみて」は低迷……というか中だるみみたいな時期に突入するんじゃないか?

という気がします。

あとは「チェリーブロッサム」という鬼っ子の影響もあるのか?

 

p98-100

「ちょっと失礼」

 祐巳は再度断ってから、今度は全身を滑り込ませた。もちろん、靴は脱いでから。

「説明不足でごめんなさい、お姉さま。これは折るんです」

 言いながら祐巳は、祥子さまの足もとにしゃがんだ。

「踏んづけているかかとを、一旦上げてください」

「ええ……こう?」

 ぐらり。

「あっ!」

 大きく傾ぐ祥子さまの身体を、祐巳はあわてて支えた。

「お姉さま、わたしの肩に手を置いてください。それで、かかとを上げるのは片方ずつにしましょう」

「……そうね。わかったわ」

 やがて祐巳の両肩に、重みがかかった。こんな時なのに、こんなことが不思議に嬉しい。今、お姉さまの身体を支えているんだ、っていう実感と、それからお姉さまが信頼して体重を預けてくれていることと。

「じゃ、右足から」

 祐巳の言葉に従って、祥子さまの右かかとがそっと上がる。裾を大ざっぱに折り返してから、左も同じようにする。取りあえずかかとを出してあげないと、バランス崩しても踏ん張れないから。

 いつもスカートの下から見慣れているはずなのに、ストッキングを穿いているだけで祥子さまの足は大人の女性の足に見えた。こういうきれいな足を見ると、「足フェチ」の人の気持ち、わからないでもない。

(祥子&祐巳。K駅駅ビルのジーンズショップ)

 

1巻目の「無印」から一貫して 祥子・祐巳のラブシーンは「重力」が関係しているわけです。

あの激突シーンから。

その「重力」をきちんと描いているという時点ですばらしいのですが、

このシーンがさらにとんでもないのは――

 

 蛇は身体をねじるように這いまわり、顔を床や枝にこすりつけるようにして、まず下アゴ、続いて上アゴ、というような順序で皮をはがし、あとは蠕動運動を行ないながら身体を前に進ませると、皮は裏返しに残ってゆく。女性がストッキングを裏返しにしながら、足を抜いてゆくのと同じである。

(「蛇 日本の蛇信仰」7ページより)

 

これがまあ、ヘビの脱皮でもあるからでしょう。

いよいよ祥子さまはヘビです。

 

 

7,「いとしき歳月(前編)」

作中の時間:某年3月。

 

(寸評)ここから中だるみ期にはいるような気がします。

おはなしの構造をいえば、

前回の「お宝探しゲーム」という壮大な「ゲーム」で

3年生たちの追い出しは済んでしまっているわけです。

「いとしき歳月」は余計。

だらだらとエンディングが長すぎる映画みたいな印象です。

 

ただオープニングの「黄薔薇まっしぐら」はおもしろいです。

 

p48-49

「祐巳ちゃん」

 無邪気に手を振って、黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)が近づいてくる。

「黄薔薇さま、ごきげんよう」

「ごきげんよう。久しぶりね。由乃ちゃんには時々、ちらちら会ったりしてたけれど――」

(えっ⁉)

 髪をかき上げながら、遠くを眺める黄薔薇さまの胸もとを祐巳は見逃さなかった。

(タイが……っ!)

 黄薔薇さまの、学園一美しいと評判のセーラーカラーのタイの形が、今朝に限って乱れている。

(黄薔薇さま&祐巳。校舎、廊下にて)

 

今野緒雪の基本パターンとして

ある「構造」の中の「特異点」への気づき、というのがあります。

その「特異点」からおはなしを展開させていく、というのが基本パターンです。

 

これが↑↑ 典型的なのですが、

さらに「タイ」というにょろにょろが絡んでいるあたり美しいです。

このあたりも含めての構造的な美しさが「黄薔薇まっしぐら」のおもしろさにつながっているのかな?

 

p207

〈アラエッサッサ――〉

 祐巳ちゃんは。

 泥を足で掘りかえして、ドジョウをかごに入れ。

 ドジョウが逃げると、それをぬるぬると捕まえる。

(祐巳ちゃんが安来節を披露する。薔薇の館にて)

 

かくし芸を披露しなければならなくなった祐巳ちゃん――

ヘビの名をもつ彼女がやるとしたら……

そうです。「にょろにょろ」がからむ安来節しか、ない。わけです。

 

8,「いとしき歳月(後編)」

作中の時間:某年3月。

 

(寸評)

中だるみ、ですね。

中だるみ、だからこそキャラクターでどうにか状況を打破しようとするもので、

白薔薇さま・佐藤聖さまがよく出てくるのはそのせいなのでしょう。

 

p33

「お礼参りにマリッジブルー。まあ、卒業前の愛の告白なんかも似たようなものよね」

「似てる、って。どれとどれが」

「全部だって」

 言いながら由乃さん、キュッと蛇口を締めた。

 遺言とマリッジブルーのどこが、って祐巳は心の中で突っ込んだ。いや、だからといって愛の告白だったら納得できるわけでもないのだけれど。

「つまりね。長いこと馴染んでいた場所から別の環境に移るって時にね、人間はやり残したことなんかについていろいろ考えたりするものなのよ」

(由乃&祐巳。薔薇の館にて)

 

「蛇口」がでてきます。蛇口に関しては明確な法則はないようです。

ただ――

由乃ちゃんは「構造」の変化について語っているわけです。

リリアン女学園高等部から 三年生がごっそり抜ける、という「構造」の変化を。

そういう意味で 重要な場面には「蛇口」が登場する、といってもいいかもしれません。

 

p173

 ほら、と私は笑った。蓉子は、こんなにも的確に私の心の内を分析できてしまうのだ。

 私は、出しっぱなしにしていた水道の蛇口を締めに戻って、それでこれ以上この話をしても不快になるだけだから切り上げようと思ったけれど、どうにも怒りが収まらなくて、つかつかと蓉子のもとに戻って言った。

「だとして、それが何だというの」

「何、って」

(白薔薇さま・聖&紅薔薇さま・蓉子。薔薇の館にて)

 

また「蛇口」 これまた重要なシーンです。

聖さまと志摩子さんが姉妹になる前のエピソードで、

志摩子さんが薔薇の館にいるので、聖さまが動揺しているという場面。

 

p181

「あなたも、人間の消えた楽園に住みたい口?」

「は?」

「友達にね、そういう人間がいるんだわ一人」

 廊下の窓から空を見上げる。私はその時、白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)を思いだしていた。

(黄薔薇さま&志摩子。校舎、昇降口にて)

 

人間が消えた楽園……というとそこには「ヘビ」がいるのだろうか?

などと深読みしたくなるところ。

だってエデンの園に アダムとイブがいないわけですからね。

となると

聖-志摩子もヘビなのか?

聖-栞がそうだったように。

 

p200

「猫、好きなんですか」

 私は背後からそっと尋ねた。白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)に自分から声を掛けるのはとても勇気がいるのだけれど、話しかけずにいられなかった。

「うん、好き。大抵の動物は好きだけど」

「ヘビとかミミズとかも?」

「そうね」

(白薔薇さま&志摩子。中庭にて)

 

ヘビ・ミミズというにょろにょろコンビが登場します。

ついでにいうと この聖-志摩子の出会いを扱った「片手だけつないで」

猫のゴロンタというのが登場しますが、

猫にしろ、犬にしろ、

今野緒雪はどうも小動物を飼った経験はなさそうな気がする。

どこか描写が冷たいんですよね。

飼ったことがあるなら、こうはならない気がする。

 

9,「チェリーブロッサム」

作中の時間:某年4月・5月。

 

(寸評)

異物ですね。ムリヤリ異物をつっこんだという。

作者自身があとがきでこう書いているのですから――

 

p241

 こんにちは、今野です。

 まあ、受け取る側には賛否両論ありましょうけれど、『マリア様がみてる チェリーブロッサム』をお届けできる運びとなりまして、今はホッと一安心といった心持ちです。

 前半の『銀杏の中の桜』は、私がよく「雑誌の」とあとがき等で書き散らかしていた例の話でして、編集部や私宛ての手紙などに「文庫にならないのか」という問い合わせを数多くいただいた、いわば問題児のような存在の作品でした。

 

つまり、まず 志摩子-乃梨子の物語が存在した、らしいのです。

祥子-祐巳の前に。

その元「マリア様がみてる」のおはなしを ムリヤリ(?) 祥子-祐巳のおはなしに挿入したので

どうしても異物感を感じるのは否めない――となったようです。

ただ……そういった事情を知らない初読時の印象は、

リリアン女学園の奇々怪々な風習の数々を批判的に、冷たく観察する乃梨子というキャラクターの登場に――

「うわ。今野緒雪、すごすぎる。マリみてを全部ぶっこわす気なのか??」

と、興奮したおぼえがあります。

 

p14

 たしか瞳子と名乗った、両耳の上で縦ロールをつくった少女が言った。巷であまり見かけないレトロなヘアスタイルだが、アンティークなデザインの制服のせいか、これが全然違和感を与えない。

p15

 その声に声を上げると、待っていたのは瞳子のキラキラした瞳。

p16

 言葉の真意を量りかねる不思議な表情で笑うと、瞳子は乃梨子のタイの形をそっと直した。

「乱れたタイは、要注意ですから」

「?」

「上級生に注意されたりしては大変」

 ――彼女は世話焼きのようである。

 銀杏並木は蛇行しながら先へ先へと延びていく。二股の分かれ道の真ん中で、少女たちは立ち止まる。

(瞳子&乃梨子。銀杏の並木道にて)

 

この巻の「にょろにょろ」「ヘビ」関係の表現はひたすら瞳子がらみです。

 

縦ロール(らせん)・キラキラした瞳・タイ・蛇行

ヘビ三姉妹の末っ子・瞳子を丁寧に描いてます。

キラキラした瞳に関してですが、

 

 蛇の目は光らないが、蛇の目にはマブタがなく、透明な角質で蔽われ、いつも開き放しで、マバタキをしない。いつもじっとにらまれているかんじがする。その畏敬、おそれから、蛇は目が光るとされてきたのである。

(「蛇 日本の蛇信仰」6ページより)

と、吉野裕子先生は書いていらっしゃいます。

 

p158

 例の縦ロール。瞳子ちゃんのことだ。

 瞳子ちゃんは、「ほどほどに」という祥子さまの言いつけを守っているためか、あれ以来薔薇の館に現れてはいない。だが、思いも寄らない時に思いも寄らない場所から出現したりして、祐巳たちを十分驚かせてくれた。

(祐巳ちゃんの心理描写。場所不明)

いよいよ瞳子=ヘビです。

 

p178

 階段の音はしなかった。それなのに、ビスケット扉の前、いやそれよりずっと踏み込んだ場所に、縦ロールの少女が一人立っていた。

「どどど」

 今回は、祥子さまと令さまが道路工事の擬音を発した。

「どうしてここにいるの」

「どうして、って? 玄関の扉を開けて、階段を上って」

「全然、音しなかったわよ」

「えー、そうですかぁ? お話に夢中になっていたからじゃないですかぁ? あ、でも瞳子、舞台女優だから、音立てずに歩くこともできるんですよー」

(祥子、令&瞳子。薔薇の館にて)

ひたすら無音の瞳子ちゃん。

ただ、あとあと瞳子はこういう喋り方をしなくなって、性格も屈折してきます。

 

p188

「静かにしないと野鳥は逃げます。ただでさえ祐巳さまは、落ち着きなくて目立ちそうなんですもの」

(瞳子&祐巳。一年椿組の教室にて)

これまたヘビ娘らしいセリフでしょう。


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