市川春代。
通称:ハル坊。
お、おのれ……戦前日本映画――
まだこんな逸材を隠し持っていたとは……
と、
いうのが正直な気持ちです。
なんと卑怯なヤツらなんでしょうか。
この隠蔽体質には、正直憤りをおさえることができません!(笑)
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例によって(?)アサヒグラフなわけです。
昭和8年(1933)1月1日號は スターのお正月特集で華やかです。
その中で、ひときわ目立っているのが↓↓
日活の市川春代さん
お正月封切を、特急で仕上げてほつとした春坊です。
支那のデートリツヒだなんて皆にひやかされた彼女――
「いゝわよウ!」
と大きな目をクリクリと廻轉させて、その問題のデートリツヒ好みのオーヴアーの襟をたてゝ彼女は撮影所を出て行きます。
と、いうことで、たぶんなにかの映画でマレーネ・ディートリッヒがこんなコートを着てたんでしょう。(上海特急?)
もとい、
ドミニク・アングルの絵画から抜け出てきたような卵形の美しい輪郭。
この、モダンな風貌に トマス・ピンコはすっかりやられてしまったわけであります。
(しかし、この帽子はどういう構造なのだろうか? ファッションに詳しい方に教えていただきたい)
ついでにどんな紙面かと 紹介しておきますと
こんなです↓↓
蒲田の岡田嘉子さん。
この5年後のお正月は(1938年)
スターリン体制のソ連に亡命して 生きるか死ぬか散々な目にあわれるわけですが……
この頃はお幸せそうです。
立派なワンちゃんですな。
それと、何回か前 当ブログでとりあげました、
日活の夏川静江さん。
スキー道具と一緒に写ってます。
実際にスキーが好きなのか? 演出なのか?
ハル坊にしろ、夏川静江にしろ、日活の女優さんは モフモフのコートが好きらしいです。
稼いでますアピールかな(笑)
もとい、アサヒグラフの市川春代嬢の写真を目の前に
何度かため息をついたあと、
どうしても 動くハル坊を見たくなってしまったわたくしは
マキノ正博監督・片岡千恵蔵主演
「鴛鴦歌合戦」(おしどりうたがっせん)(1939)のDVDを手に入れ鑑賞したわけです。
(あとはどんな作品でハル坊を鑑賞できるのだろうか? そのあたりもわからない)
結果、これはとんでもない大傑作でありました。
……というか、時代劇ミュージカルというとんでもない作品でした。
作品を最初からみていきましょう。
「マキノ正博監督作品」
マキノ作品ははじめて見ます。
爆笑問題の田中裕二さんが若い頃 マキノ塾?とかいうものに通っていたらしく、
ラジオとか聞いてると、たまに「マキノ先生が」「マキノ先生のところで」というはなしになったりします。
わたくしとしての認識はその程度。
あと佐藤忠男先生の本で 名前を目にしたな、という程度。
もちろんビッグネームだというのは認識しております。
主演 片岡千恵蔵 なんですが、
どうもウィキペディア情報によると、この頃なにか病気をしていた、とかで
主演のわりには登場回数は少ない。
あと千恵蔵が歌うシーンもありますが、どうやら本人の声ではなく 吹き替えである由。
撮影が宮ちゃん、こと宮川一夫先生!
以下、この作品の構図のすばらしさを褒めていくのですが、
これはマキノ先生ではなく宮川一夫先生の仕事だろう――と、勝手ながら断定させていただきます。
「それは違う!」という方がおられたら 教えていただきたいとおもいます。
おもしろいのは真ん中の志村喬ですかね。
志村喬が歌って踊る……
しかも、歌が超うめえ。
ホントにうまいんです。
で、その志村喬の娘役が市川春代 ハル坊です。
ヒロインです。
彼女の恋敵が 深水藤子。
この人は 山中貞雄の「丹下左膳余話 百万両の壺」――矢場のお姉さんを演じてた人。
で、ウィキペディアによると どうも将来山中貞雄と結婚しようとしていた、とか……
で、テイチクレコードの歌手二人。どちらもビッグネーム。
・ディック・ミネ→戦前の芸能界の話を読むと かならずどこかでこの人にぶち当たるような気がする。
あと、立川談志がなにかで 「芸能界三大巨〇」(笑)(調べてください)というので
この人をあげていた。
江川宇礼雄、ディック・ミネ、あと誰だか忘れました。
・服部富子→作曲家の服部良一先生の妹さんらしい。あと宝塚出身ですって。
オープニングは服部富子ちゃんの歌。
彼女はブルジョワのお嬢さまの役。
さすが宝塚、という安定感。
この人もかわいい。
続きましてディック・ミネの歌。
「ぼぉーくは わかーい 殿さま~」と殿様役。
服部富子をみかけて
「すごいシャン(美人)だ」
「あの子にまいっちゃった」
と追いかけていきます。
音楽面に関してはすみません。
素養がないのでまったく解説できないんですが、
すごくキャッチ―でわかりやすい曲ばかりです。
あと「シャン」「まいっちゃった」もそうですが、「ロマンチック」とかなんとか歌う場面もあり、
時代劇らしいコトバづかいはまったくしません。
で、
志村喬-ハル坊の親子登場。
ここは宮川一夫先生らしさがうかがえる気がする。
傘張り浪人の親子、という設定なので
たくさんの傘をパンしまして、
で、親子を写す、という。
はっきりいってコストはかからないが効果的。美しいです。
右。われらがハル坊。
構図もバッチリ決まってるんだよな。
ウィキペディア情報だとひたすら早撮りだったみたいなんですが、
画面をみる限り 手抜き感はまったくないです。
移動撮影とかパンとか かなり乱暴な感じもしないではないですが。
弱点はそれくらいかな。
笠智衆もそうだが……
志村喬もやっぱり戦前からおっさんを演じていたわけだな。
そういえば笠智衆も 「長屋紳士録」ではミュージカル俳優みたいなところを見せますな。
昔の俳優さんは芸があったんだな。
構図もばっちりなんです。
計算されつくしている。宮ちゃんおそるべし。
ハル坊のバストショットだが……
この人が目立ち始めるのは……後半ですね。
このあたり、女優王国の松竹の作品作りとはなにか異質なものを感じる。
松竹ならば、まずヒロインのアップを撮るわけですが、
この作品はあくまで「千恵蔵の作品」なのでしょう。
千恵蔵よりハル坊が目立ってはいけないのでしょう。
志村喬の超うまい歌唱。
このあたりは実物にあたってみていただきたいです。
彼が持っているのは 麦こがしの壺で、
このアイテムがあとで効いてきます。
ハル坊立あがる。
ここも完璧な構図なんですよ。
宮川一夫先生!
市川春代。ハル坊さんの歌。
この子の歌は ヘタウマな印象。
宝塚の、大作曲家の妹の――服部富子嬢の端正な歌を聞いたあとでは
なんか調子がはずれた感じに聞こえるが、
度胸がよく、スカーンと歌っていて気持ちいい。
歌にしろ、演技にしろ、
ハル坊は性格の良さがどうしてもにじみでる感じがします。
ハル坊の歌にのって 片岡千恵蔵先生登場。
背景からみるに、京都の撮影所ですかね。
千恵蔵もやっぱり浪人で
木刀削りをしているという設定。
「あたしが稼いでも お父さんが骨董に使ってしまう」と嘆くハル坊。
志村喬は骨董気ちがい(←この表現、今はアウトか?)という設定。
構図が完璧なんだよね。
ハル坊のグチに対して
「人間誰しも道楽があるもんだぜ」と答える千恵蔵。
それに対して
チェッ……
というハル坊の口調がなんともかわいいんだな。これは。
このショットとか↓↓
このショットとかは↓↓
西部劇の一シーンのような雰囲気があります。
ライフルを持ったカウボーイを仰角で撮るとこんな感じになるような気がする。
違うかな??
なんにしてもおそろしく端正です。
ただ「なんとなく撮りました」という作品ではありません。
「撮影:宮川一夫」という刻印があちこちにあります。
水玉の日傘を持った 服部富子ちゃんが
「せんせーい!」とかいって 千恵蔵に駆け寄ってくる。
ここらへんの……千恵蔵がやけにモテるという設定は なにも説明がないので面喰います。
なぜ木刀削りの浪人がモテるのか??
2つの理由を考えたのですが――
①当時の観客には「千恵蔵=モテる」というのはいちいち説明する必要がなかった。
②シナリオ段階では「千恵蔵=モテる」という設定を納得させるための一シーンがあったのだが、
千恵蔵の病気のため、そのシーンの撮影が不可能になった。
どっちなんでしょうね?
服部富子の安定の歌唱シーン。
構図も完璧なのさ。
服部富子が気に入った傘があったのだが、
市川春代は千恵蔵にモーションをかけるブルジョワ娘が気にくわないので
「売らない」というケンカがはじまる。
この歌がいいんだよな。
な な な なんです。
その傘を
あなたは売らぬといいはるの?
「な な な なんです」がかわいいし、
「いいはる」の「はる」が
ハル坊と 傘張りにかかっていて素晴らしいんだよな。
当記事では構図のすばらしさをひたすらほめてますが、
たぶん音楽にくわしい人がみたら
音楽面でもすごいんじゃなかろうか? 「鴛鴦歌合戦」
モテてモテてしょうがない片岡千恵蔵。
第三の女が登場。
深水藤子です。
こっちは双方の両親が決めた 許婚だった、とかいう設定。
それを盗み聞きする志村喬なんですが……
貧乏長屋という雰囲気はないんだよな。
なんか住み心地よさそう。
はい。姿勢が完璧。対角線。
千恵蔵が「弱っちゃいましたよ」とかいってやってきます。
千恵蔵&ハル坊は両想いなのだが、
素直になれない、という設定です。
志村喬はそれに気づいていて、ハル坊をからかいます。
志村喬-市川春代の 父-娘は、
家父長制的な雰囲気はまるでなく、
仲の良い 兄-妹 のような感じがします。
ここらへんもまた この作品の素晴らしいところでしょうか。
ぶんむくれるハル坊。
構図はぴっちし決まっている、という……
千恵蔵はまったく自分には興味がない、ということに気づいてしまう深水藤子。
美人……
おもしろいのは、ヒロインのハル坊より先に
深水藤子の魅力的な寄りのショットがどーんと登場してしまうという……
さっきも書いたが 松竹作品ではありえないことが この作品では起ってしまうという点です。
先回りして書きますと
「ハル坊、かわいい!」というショットは後半に登場するんですよね……
あいかわらず盗み聞きをする志村喬。
七人の侍とは真逆の役です。
婚姻の日取りはどうしようとか、話がすすんでしまっているのだが……
雨が降り始めまして
大急ぎで 乾かしている傘をとりこむ ハル坊&千恵蔵。
共同作業が二人を結びつける。
雨は一瞬でやんでしまうのですが、
仲直りする二人。
仰角のショット。これもハリウッド作品みたいだな。
②につづきます。