その2です。
市川春代たん、
および初期・宮川一夫の丁寧な作品作りを愛でております。
前回書いたが、女優王国の松竹の作品作りからみると
この作品の作り方はかなり異質。
田中絹代主演の作品であれば、オープニング近くに
「絹代たん、かわええ…‥」というカットは必ず用意されているし、
それは桑野ミッチーであろうと、高峰三枝子さまであろうと、同様。
自分とこのスターの魅力を、最大限いかした作品作りをしてきます。
しかし、この「鴛鴦歌合戦」――
ヒロインのハル坊は前半あまり目立たず、
後半に目立ってきます。
これが日活のやり方なのか?
マキノのやり方なのか?
早撮りゆえ、はからずそうなってしまったのか?
片岡千恵蔵さえ、目立っていればそれでいいのか?
もとい、
片岡千恵蔵の部屋に ライバルの服部富子が押しかけてきたので
ぶんむくれたハル坊――市川春代
いったん自分の部屋に帰るが
麦こがしの壺を忘れたことに気づいて 回収、というシーン。
服部富子は千恵蔵に「先生、あなたいい声ね」「わたしこれでも本職よ」などといっています。
早撮り、早撮りというが、
ここなんかはリハーサル何回かやらないと、対角線にはならないはずです。
明暗の対照が美しく、
やはり宮ちゃん、というショット。
セリフは 服部富子が「わたしは歌手よ」ということをいってるわけで、
ホントふざけてるだけなんですけどね。
で、しばらくして
服部富子が置き忘れていった水玉の日傘、
そのかたわらに千恵蔵。
そこにハル坊が訪ねてくる、というシーン。
ハル坊「あら、禮三(れいざ)さん……」
片岡千恵蔵の役名は浅井禮三郎という。
このあたりもリハなしでは撮れないよねぇ。
この木刀の角度は。
千恵蔵「お春さん、妬いてるね」
ハル坊の表情が、なんともいえない。
二人の立ち位置・姿勢 完璧。
で、こっからがおもしろいのさ。
千恵蔵&ハル坊のカットバックなんですが、
ここがいかにも早撮りという感じなのだが……
納期が早く設定されてはいるのだが、できるだけ最善の仕事をしたい、という
宮ちゃんの丁寧な仕事っぷりが なんというか涙ぐましいというか、
日活ではこれがあたりまえなのか?
ハル坊をからかうように見つめる千恵蔵。
で。
ようやくでました。
「ハル坊、きたぁぁぁ……」
というショット。
作品がはじまって、もう36分経ってますが、ね。
この傘をはさんでのカットバックというのがうまいとおもう。
小津安二郎の、真正面から対面した人物のカットバックみたいに
七面倒なことにはならずに 早撮りできるし、
しかし画面の構図は単純にならない。
――うまく説明できるかどうかわかりませんが……
たとえば火鉢をはさんで 二人が真正面に対峙して それをカットバックで処理するとすると、
撮影の手間は 二倍・三倍かかるくせに
完成プリントはもっと単調になってしまったような気がする。
「真ん中に傘を置いて会話するカップル」という設定ゆえに、
早撮りできるし、画面は美しいし、
という一石二鳥の結果になった――そんな気がする。
いや、さっさと撮りたいから、こういう設定になった、というのが正解なんだろうが。
にしても、ハル坊がかわいい。
動くハル坊をもっとみたい……
ハル坊「水玉が好きなのは浮気の性よ」
――え? そうなんすか??
ハル坊「禮三さん、お富さんが好きになったの?」
千恵蔵「そうかもしれないな」
ハル坊「まあ……」
「浮気者!」
……にしても、こんな艶やかな衣装で 完璧にセットされた髪の毛で
「貧乏長屋の住人でございます」というのは説得力がまったくない(笑)
あと、
父親の志村喬が稼いだ金を全部骨董につぎこんでしまうので
ろくろくコメの飯を食べていない、という設定だが、
この、お肌ツルツルの美貌で そんなことをいわれても――ねえ(笑)
この痴話げんかのあと、
ブルジョワ娘の服部富子が 使用人一行をひきつれて
片岡千恵蔵を誕生会だかなんだかにムリヤリ拉致するシーンがあります。
その、ドタバタ騒ぎを
壁一枚はさんで向こう側で聞くハル坊。
なんともキレイです。
えー 細かいことは説明しませんが、
志村喬の傘張り浪人と ディック・ミネの殿様が
骨董屋さんで意気投合しまして、
で、殿様が貧乏長屋にやってくる、というめちゃくちゃなシーン。
で、ディック・ミネは 志村喬が見せびらかすインチキ骨董品よりも
ハル坊が気に入ってしまう という経緯。
はい。完璧な構図です。
小津ほどではないが、カメラ位置は低めですな。
で、殿様がハル坊に惚れてしまって
面倒ごとに。
側仕えせぬか? というが要するにお妾さんにしたい、と。
ハル坊「お父さん、大丈夫? あんなこといって……」
志村喬、そのお妾のはなしを断りますが、
かわりに50両という大金を払わないといけなくなります。
(めんどくさいので説明は省く)
探幽の絵を売れば50両は手に入る。とおもっているんですが、
観客は、そうはならないことはわかっている。
もとい、
志村喬の超うまい歌がはじまります。
山とおもえば山でなし
川とおもえば川でなし
夢を描いた探幽の そこが非凡な芸術じゃ
で。
ふたたび「モノ」をはさんだカットバックがはじまる、と。
これまた早撮り可能なカットバック。
早撮りのためのカットバック。
なのだが、美しい。
宮ちゃん、手抜きはしてません。
というか、これだけ抜いてみると なにやらアヴァンギャルド映画でもみているかのような印象。
あとフロイト的な解釈もここは可能でしょう。
・傘(千恵蔵&ハル坊のカットバック)→男根
・探幽の絵(志村喬&ハル坊のカットバック)→女陰
傘が男根というのはわかりやすいし、
将来結ばれるであろうカップルの間にあるのは、やっぱり男根でしょう。
探幽の絵が「おま〇こ」である、というのは
われわれの目からは隠されていて、
「山のようで山でない」「川のようで川でない」形状である、というのだから、
これはもう、「女陰」でしかないわけです。
さらにいうと、
・探幽の絵=母(志村喬の亡妻・ハル坊の母)
なのでしょうねえ。
ちなみに
シナリオ上は ハル坊の母に関する言及は一切ありません。
とにかく――早撮りっぽいところはあちこちにありますが、
この2つのカットバックを取り上げてみても
すさまじい作品だということはわかります。「鴛鴦歌合戦」
その大事な絵を手放さないといけない、という場面。
ハル坊「お父さん、かわいそうねえ」
志村喬「うん……」
このやりとりから、やはり、
探幽の絵=女陰=亡妻 というのは明らかでしょう。
ハル坊「お酒、買ってきましょうか」
こう、クルッと表情が変わるあたり、
いい女優さんです。
かわいいなあ、ハル坊は。
しかし、だ。
探幽の絵にしろ、他の骨董(ガラクタ)にしろ、
みな、イミテーションで、
全部売り払っても 8両2分にしかならない、というシーン。
コメディなんですが、
画面はひたすら美しい。
女陰だの「おま〇こ」だの言ってましたので
ハル坊の左側に映った物体まで↓↓
そんなふうにみえてくるから不思議。
でも、意図的なのかもしれない。
ハル坊「お妾なんて、死んでもイヤーよ!」
こんな……豪華そうなかんざしをして
おカネがない、というのはもう笑ってしまうより他ないですが。
そうこうしているうちに
ディック・ミネの殿様は 家来たちに力づくでハル坊をさらってこい、などと命令したりしまして、
さあ、どうなることやら、という場面。
志村喬はあいかわらず美声でうたっております。
ひたすら美しいハル坊。
そして 宮川一夫先生の仕事。
1939年当時の日本映画の実力、でしょうか。
日本映画の絶頂期、というと1950年代なのでしょうが、
土台は戦前からあったわけです。
というか、戦前からすごかったわけです。
ハル坊が「どうすんのよぉ!」などといっても
ひたすら「もっともじゃ」としか答えない志村喬。
けっきょく夜逃げをしようということなるんですが、
そこに殿様、および家来どもが襲いかかります。
もちろん千恵蔵が黙ってはいない。
さすがの格闘シーン。
アクションシーンも充実してます。
千恵蔵があっさり殿様一行をやっつけまして
のち……
おなじみの(?)麦こがしの壺が 一万両の壺だということがわかります。
骨董屋「日本一の名器じゃい」
志村喬「ちがうちがう」
などというやりとりがありますが……
「名器」というのがやはり「女陰」を思わせるというのは余計か。
つまり、志村喬の骨董気ちがいは、亡妻への思いが絡んでいたようですね。
傷心をいやすための行為だったのでしょうねえ。
ハル坊が「わたしたち大金持ちよ!」と大喜びで千恵蔵のもとに駆け寄ると――
意に反しまして……
千恵蔵「わしは金持ちは嫌いだ!」
とすかっと言い放ちます。
ここは大事な……大事すぎる場面なので
構図も完璧です。
まあ、ほとんど、どのカットも完璧なんですが。
ハル坊「禮三さん!」
陽光の下でもかわいいハル坊。
ハル坊「うん。わかったわ」
またクルッと表情を変えるハル坊。
くぅー、たまらんっ!
このあと、ハル坊は 父親の手から一万両の壺を受け取りますと、
あっさりそれを地面に叩きつけて壊します。
んで、
とってつけたような(笑)エンディング。
みんなで傘をクルクル回したりしてますが、
ハル坊とか服部富子嬢とかがクルクルやるのはかわいらしいのですが、
男性陣は
やらされてる感が強い(笑)
(とくに千恵蔵)
というのが、とにかくウケます。
もう、とにかく大傑作ですよ、これは。