最近、
学陽書房、今和次郎・吉田謙吉編著「考現学採集(モデルノロヂオ)」
の復刻版を読んでまして――(高かったが、この復刻クオリティをみれば納得……)
考現学っぽいことをやりたくなってしまって、
(↓↓1931年銀座街廣告細見)
やり始めたのが、これです。
本来の「考現学」の意味通りならば、街に出て調査すべきですが、
引きこもって 小津作品を相手にするあたりが
ディレッタントというか、小者というか(笑)……
はじめに、この調査について 述べておきますと――
●ファッション、ファッションセンスに関する記事ではありません。
センスがいいとか、悪いとか、そういうことではなく、
「〇〇のシーンで田中絹代は和服を着ている」とか
「〇〇の作品で田中絹代は何回着替えている」とか
単純に統計をとっていくだけのことです。
この服はかっこいいとかダサいとか、書くことがあるかもしれないが、
それはこの記事の主旨ではありません。
それから
●これによって作品と同時代の服装を判断しようというわけではありません。
あくまで「小津の作品世界内」の調査です。
まあ、それによって同時代の服装を想像するなんらかの材料にはなるかとはおもいますが。
また……
●そもそも書き手(トマス)にファッションに関する知識はあまりないです。
とくに和装。着物はさっぱりわからないので、たまに変なことを書くかもしれないです。
女ものの洋服もよくわかりません。
ですので……
●記述の誤り等発見された場合は、遠慮なくご指摘ください。
えー、とりあえずやってみます。
現存最古の小津作品 「若き日」です。表を作成してみました。
これは作品内で登場人物が何回服装を変えているのかを示しております。
「S〇〇」は、シーンナンバーで
これは新書館の「小津安二郎全集」に従っております。
表について 説明しますと……
一番上、結城一朗はS6に登場して 和服を着ている、ということを示しています。
結城一朗はそのあと、その服装のままで登場。
S34になって(引っ越しのシーン) 和服に帽子をかぶる、ということを示しています。
以下、画像と一緒にみていきましょう。
あ。はじめにおおまかなストーリーを説明しますと、
結城一朗&斎藤達雄の学生コンビが
美人(とされている)松井潤子を争うラブコメディです。
・結城一朗
S6
下宿にいます。普段着は和服。
畳敷きに座布団を敷いて坐る、というスタイルですので
椅子生活ではありません。
その他、壁のペナント(アメリカの大学らしい)とか
机の上のスタンドとか、いろいろ興味深いディテールがあります。
S34
引っ越しのシーンです。
外出する時は律儀に帽子をかぶります。
和服と洋風の中折れ帽の組み合わせというのが今見るとかっこいいです。
アサヒグラフ等みますと、当時はあたりまえの組み合わせだったらしいとわかりますが。
S44
学生服&学帽。
これも帽子をきちんとかぶってます。
S48
学校から帰って来て、和服に着替える、というカット。
着替えるにしても、学帽はさいごまで残すという、妙なこだわり。
さいごに学帽をぬいで、着替えは完了します。
(斎藤達雄も同じことをする。つまり小津の指示なんでしょう)
帽子というアイテムへの妙なこだわり――
これが小津独特のフェティッシュ(?)なのか?
それとも世間一般、帽子を大切にしていたのか?
よくわかりません。
(参考になるかわからないが、次作「朗らかに歩め」で悪役の坂本武もやはり、帽子を大事にしている)
S53
学生服&学帽。
ここでのポイントは教科書をバンドで束ねて持ち歩く、ということです。
(左:結城一朗 右:斎藤達雄)
S59
下宿。
普段着はあくまで和服です。
S68
質屋に行って スキー旅行の資金を調達しようというくだり。
つまり、外出するので、また帽子をかぶっています。
右手に持っているのは鞄ではなく、蓄音器。(当時、ポータブルとかいったとおもう)
S72
スキーへ行く電車の中。
セーター ベレー帽 スカーフ
これは現代日本にまぎれこんでいても違和感ないスタイルかとおもいます。
「R」のひっくり返った刺繍がかわいい。
S74
で、電車の中の格好のまま……(上になにか羽織ったりはしない)
スキー板を装着 リュックサックを背負って
で、パイプです。
パイプ。
結城一朗、斎藤達雄、両者とも、です。
そういや、後年「秋日和」(1960)でパイプの話題が出ますね。
(原節子の亡くなった旦那の遺品)
流行ったのかねえ??
S79
宿屋での一カット。
あくまでくつろぐときは和服。
これは……蒲田のセットなのか?
それともキャメラの茂原さんの実家の旅館なのか?
S86
スキーのシーン。
再び洋服。
というか、寒くないのか? 二人とも。
あ。サングラスとか。ごつくてブサイクな手袋とか。
女の子はセーラーかよ、とか
いろいろ見所があります。
ストックは竹? のようにもみえるが。
S88
また宿屋。
和服。
S90
また、スキーの服。
後半はこの繰り返し。
S??
ここは、「小津安二郎全集」所収のシナリオとプリントが一致しないので
シーンナンバー不明。
だが、まあ 宿屋なのでまた和服。
やっぱしセットかな?
S??
またシナリオにない場面。
実際に妙高高原でのロケ撮影です。
つくづく昔の人は偉かった、としかいいようがない。
厚手のセーター着てるにしても……寒いよね??
あと……「古川ロッパ昭和日記」をみると 昭和初期、曇りの日は光量が足らないので撮影しないというのがわかるが……
(フィルムの感度と レンズの明るさ、ともに低レベルだったのだろう)
この吹雪でよく撮れたものだ。
雪があると明るいのか。
S102
で、ラスト。
下宿に戻って来て和服。
ですが、なんだか今まで登場しなかった服です。
寝巻かな?
今まで「白」系の服を着なかった人たちが ラストのラストで「白」を着る、というあたり、
なんだか気分が明るくなる感じです。
ストーリーとしては 二人ともフラれるんですけどね。
おつぎ。
・斎藤達雄
キャラクターとしては……画像をみていただければ想像つくとおもいますが、
結城一朗の「陽」「ポジ」に対して
斎藤達雄、「陰」「ネガ」という感じです。
S21
街角で松井潤子に出会い、そのままおデートというシーン。
学生服に、コート、帽子。
ただし、帽子は学帽ではなく中折れ帽。
学校帰りではなく休日のお出かけ、ということなのか?
S39
やはり普段着は和服。
カーテンの柄とか ランプシェードのビラビラとか
なんか気味が悪い。
が、このビラビラはアサヒグラフの写真でも目にしたことがある。
よくあったものか?
S42
制服+コート+学帽
だが、まあ、現代のわれわれは
笠智衆が小津の現存最古の作品にあたりまえのように姿をみせることに感動するのである(笑)
(斎藤達雄のほうが若干背が高いのだな)
「小津安二郎物語」で 厚田雄春さんは
大部屋時代の笠智衆はレフ板を持ってくれたりなんだり いろいろ裏方を助けてくれたと証言しています。
S48
下宿。和服。
火鉢、それから机の上の二宮金次郎像が気になるところ。
(画像ではわかりにくいが 机の上にのってる物体がそうです)
こんな像が売ってたのか(笑)
誰が買うのか。
S53
はい。学校。制服、学帽。
肩にコート。
鞄も教科書も持ち歩きません。
手に持っているのはたしかカンニングペーパーだとおもった。
結城一朗は上述の通り、教科書をバンドで持ち歩きましたが。
S62
これは下宿に帰った斎藤達雄のお着替えシーンなんですが、
小津安っさんは、この頃から「着替え」には妙なこだわりがあったことがわかります。
あと、この当時の靴下のめんどくさい……
なんかガーターベルト的な構造がよくわかります。
これはちょっと「考現学的な視線」だとおもいます。
これが、まあ後年 「東京物語」(1953)
香川京子がソックスをはく、意味不明な(だが、妙な色気のある)ショットにつながるのだろうとおもわれます。
S72
んーでました!
スエードジャケット(おそらく)
これが個人的にはとても気に入っております。
左胸の「キリン」の刺繍がかわいいとおもうわけですよ。
キリンのイメージが斎藤達雄にも合っている。
S74
キリンのスエードジャケットはこれだけではない。
裏側にものすごいものを隠し持っていた、というショット……
SMACK FRONT ONLY
「背中をひっぱたかないで」ということかな。
かっこいいな……
これは欲しいな……
誰か復刻してみないか? 東洋エンタープライズさんあたり。
中折れ帽との組み合わせもかっこよし。
S75
えーえんえん このスエードジャケットについて見てまいりましたが、
このショットで、ジッパー付きだということが明らかになります。
1929年、アメリカ製タロンジッパーでしょうか?
しかし、このナイトキャップみたいな帽子は一体なんなのだ?
さっきの中折れ帽はどこへいったのか。
背景の高田屋は茂原さんの実家か??
S79
はい。結城一朗と同じパターン。
スキー服→和服→スキー服→和服……
メガネのデカい人。大山健二さんは
後年「女医絹代先生」(1937)にも登場して、やっぱりスキーに行く。
S86
ゲレンデにて。
例のスエードジャケット。パイプ
手前は松井潤子ですが……
こういう「肩をなめるショット」というのは 後年小津はあまりやらなくなるような気がする。
S88
宿屋。和服。半纏。
S??
はい。吹雪の中。
寒くはないんですか?
S102
で、最後白い和服で仲良く終わります。
まあ、うがった見方をすれば、
同性愛が異性愛に勝つ物語
である、ともいえます。
しかし、そういう物語にありがちな「女性嫌悪」みたいな見方は
小津作品にはないんだよな……
というのを以下見ていきます。
・松井潤子
正直な気持ちを申し上げると、
わたくしと同じ気持ちの人も多数いるかとおもうので申し上げると――
ヒロイン:田中絹代 ならば
この作品は数倍魅力的になったかとおもうのですが……
でも
松井潤子はスキーができたらしいんですよね。
ということは、
「絹代たんが使えなかったから 仕方なく松井潤子」ではなく
「松井潤子でスキーものを撮るぞ」という作品なのかもしれない。
もとい、
S17
初登場シーン。
和服です。
羽織はボタンの模様ですかね?
黒っぽい色のバッグ。
それから腕時計が気になります。
それなりの階級のお嬢さんである、ということの記号なのかな?
S21
斎藤達雄のところでも紹介したカット。
同じ着物かな? とおもうのですが、
ショールを巻いてますね。
あと、バッグもなんか明るい色なんだよな。
なので初登場シーンからしばらく後の出来事らしいです。
(とくに説明もなく、ぶっきらぼうにつないでいるからわからない)
(編集に関しては、もうこの頃から 小津は小津していたのだ(笑))
S28
引っ越しのシーン。
風呂敷包み、傘。
S76
黒っぽい……ボーイッシュなスキー服がかわいい松井潤子。
というか、
ミリタリーっぽいんですよね。
ゲレンデで
ガラッとヒロインの雰囲気が変わるというのが、この作品のミソか。
小津作品では二人の女性スターを起用するということをよくやりますが
(次作「朗らかに歩め」は 川崎弘子&伊達里子。
他の例は……きりがないが「晩春」原節子&月丘夢路
遺作の「秋刀魚の味」では岩下志麻&岡田茉莉子)
――この作品では 松井潤子が疑似・一人二役みたいな感じがします。
S86
結城一朗のところでもみた画像。
セーラー服、ベレー帽。
これは現代のゲレンデでやってもかわいいのではあるまいか。
ただ……どんな布地で作れば寒くないのだろうか?
S??
シナリオとプリントが違う部分。
もとい、
宿屋に将来の伴侶である日守新一に会いに来たというシーン。
また着物。羽織の柄がボタンではありません。
けっきょくストーリーとしては、
松井潤子が 結城一朗&斎藤達雄をさんざんもてあそんだあげく、
地元の有力者の息子(っぽい?)日守新一と結ばれる。
というものなので――
松井潤子を嫌な風に描くこともあり得たとおもうのですが、
そこをしないというのが現代的です。
松井潤子は終始ニコニコしているし
(個人的には、ディズニーの「白雪姫」……
王子様に出会った瞬間、今までさんざん世話になった小人たちと
笑顔で「バイバイ!」と別れる、というあれを思い出すのですが)
結城一朗&斎藤達雄、彼等もなにか、ネガティブな 女性嫌悪的なセリフを吐くでもないです。
S??
最後、吹雪の中。スキー服。
S76の服と同じか。
ただサングラスをしてますね。
ゴーグルがわりのものなんでしょう。
□□□□□□□□
これで、「若き日」の服装調査は終了なのですが、
当時の
なんかミリタリーっぽいスキー服
について、補足しておきたい。
まず
野村浩将「女医絹代先生」(1937)の絹代ちゃんの画像を紹介しておきます。
「若き日」(1929)から8年後なので
垢抜けて……いろいろなディテールがフェミニンな印象です。
ジッパーについたモフモフの球体とか
雪の結晶柄の手袋、とか。
だが、胸のごついポケットとか、略帽みたいな帽子とか……
やっぱり基本はミリタリーなのだという雰囲気。
あくまで推測だが、
スキー文化というものが、軍隊からやってきたという……
そのルーツを物語っているのか??
おつぎ。
大日本絵画、マイケル・H・プルット、ロバート・J・エドワーズ共著
「パンツァー・ユニフォーム」
WWⅡ独逸機甲部隊の軍装を紹介した本ですが
(注:基本トマスは独逸嫌いだが、連中の軍装はなぜかかっこいいと思っている)
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冬期休暇中の第4戦車連隊員。まだ開戦以前の頃である。(中略)制服の形は、そのモデルであったといわれる当時のスキーウェアに酷似している。
まあ、ようするに 独逸の戦車兵の制服は スキーウェアをモデルに作ったらしいんですな。
↑↑真ん中の笑顔の女の子の格好が
「若き日」の松井潤子の格好になんだか似ているような気がする、というただそれだけのことです。