現存2作品目。服装調査。
一体なんのためにこんなことをはじめたのか?
……といわれると、何とも答えようがないですが、
小津安二郎作品の、服飾品への並々ならぬ関心、というのは
誰の目にも明らかでしょう。
服飾中心視点でみてみれば
「若き日」→結城一朗が手編みの靴下を手に入れ、捨てるおはなし。
という見方が可能でしょうし、
「晩春」→原節子が花嫁衣装に着替え、どこかへ去ってゆくおはなし。
とみることも可能でしょう。
今回の「朗らかに歩め」は、そうなると、
「高田稔が上等のスーツを脱ぎ捨て、労働服に着替えるおはなし」
ということになりそうです。
ついでにいうと、前作の「結婚学入門」(1929・プリント現存せず)のラストシーンは、
斎藤達雄&栗島すみ子のカップルが、汽車の窓から「手袋」を投げ捨てる、
というシーンであったらしいです。
もとい、表にまとめてみました。
表からわかることは……
・男性キャラクターは洋服を着る。(和服は着ない)
・川崎弘子は和服を着る。(洋服は着ない)
・伊達里子は洋服を着る。(和服は着ない)
ということで……
「若き日」とはかなり様相が異なっております。
以下、キャラクターごとに服装をみていきます。
・高田稔
S4
んー、きまってます。
背景の船からしてきまってます。気恥ずかしいほどにきまってます。
ダブルのチェスターフィールドコートでしょうか。
ご存知ない方のために ざっとあらすじを書いておくと、
ヤクザの高田稔が、純情な美女・川崎弘子に出会ったことで心を入れ替え、
カタギに生まれ変わる、という実に都合のいい内容です。
シナリオの出来としては「若き日」のほうがはるかに上だとおもいます。
「若き日」のシナリオは、伏見晁
「朗らかに歩め」のシナリオは、池忠、こと、池田忠雄です。
S21
普段着もやはり洋服、というところです。
「若き日」の学生たちの普段着が和服だったことと好対照です。
住んでいるところも
「若き日」(結城一朗&斎藤達雄)→畳敷きの下宿。
「朗らかに歩め」(高田稔&吉谷久雄)→アパアトメント、洋室。
と、対照的。
しかし、昭和五年。彼等みたいな純洋風の生活をしていた人たちが、はたしてどれだけ存在していたのか?
そうそう、左手の入墨というのもポイントか。
S27
ゴルフ場のシーン。
港町といい、ゴルフ場といい、きまってます。
まあ、どっちのシーンも スリだったり美人局だったりと 犯罪のシーンなんですがね。
この頃のゴルフウェアがわかります。
上半身は普通のスーツ……背広なんですが、
下半身はニッカーボッカー、ハイソックス。(ゲートルじゃないよな?)
当時の世界のファッションリーダー、ウィンザー公だと、
フェア・アイル・セーターにニッカーボッカーという組み合わせだったようです。
S56
川崎弘子との鎌倉おデートのシーン。
水玉のショールに蝶ネクタイという、ヤクザが精いっぱい可愛らしくした印象。
こうやってあらためて見るまで、このシーンが蝶ネクタイだとは気づかなかった……
川崎弘子と二人のショット。
背景は鎌倉の大仏さん。
大仏の目の前でクルマを駐車してます。
S72
ヤクザから足を洗う、と、弟分の吉谷久雄に語るシーン。
背景はボクシング関係の新聞記事、だとおもう。
小津も一時期ボクシングにはまっていたようです。
ワイシャツの上からセーター。襟の出し方が特徴的です。
S94
一失業者となった高田稔。
なにを着ているのか、よくわからないが、
明らかに冒頭のパリッとしたチェスターフィールドコートではないですね。
薄手のレインコートか?
どちらにせよ、前半の明るい印象に対してくすんだ色を選んでます。
場所は……「非常線の女」にも登場する横浜・山手。
S110
吉谷久雄のおかげで ビルの窓拭きの仕事をゲットした高田稔。
おそらく当時の新風俗。ある意味「尖端的」な仕事だったのだろう。
この帽子は、なんというんだろう。
中折れ帽からワークキャップへ。
セーターを着ているのかな。
首にはスカーフだが、オシャレというより、実用の印象。
「ボクシング」「自家用車でのドライブ」といったブルジョワな「尖端」から
プロレタリアートの「尖端」へ。といったところか。
S139
ラストシーンです。
いろいろあって刑務所にしばらく食らいこみまして、帰ってきた、というシーン。
ノーネクタイで地味なスーツです。
おつぎ。
ヒロインの川崎弘子をみていきます。
上の表のように、登場人物の中では一番服装の変化の回数は多いです。
前回も書いたが、和装の知識はゼロなので、トンチンカンなことを書くかもしれないですが。
・川崎弘子
S15
川崎弘子は、昭和初期の言葉でいうと「オフィス・ガアル」です。
(社会進出してきた女性を「~ガール」「~ガアル」と呼んだ)
事務職の女性は、当時はお着物で働いたようです。
なので、吉谷久雄(高田稔の弟分)は、川崎弘子を いいとこのお嬢さんなんだろうと勘違いします。
(実際は 会社の社長に頼まれて指輪を取りに行った)
白いショール、革のバッグ、
そして羽織なんですが……
これって「若き日」の最後の方で松井潤子が着ていたのと同じ柄でしょうか?↓↓
オフィスに帰ってショールをとったところ↓↓
場面としては スケベ・セクハラ・パワハラ社長の坂本武が、
こんな指輪くらいいくらでも買ってあげるから 愛人にならないか、とせまるところです。
同僚の伊達里子と。
伊達里子はバリバリ洋装なんですが……さて、こんな人いたんでしょうかね?
タイプライター、オシャレなペンダントライト。
S36
えー、ここははっきりいって言語道断、というか、
小津作品屈指の
クソみたいなシーンです。
ゴルフ帰りの高田稔が、川崎弘子の妹の松園延子ちゃんを轢いてしまう。
で、
高田稔は「やべ!」と逃げようとしたのだが、
川崎弘子が駈けつけてきたのをみて 態度をコロッと変えて
「失礼ですが、お宅までお送りさせて下さい」などという図々しい態度に出る。
で、川崎弘子・松園延子姉妹は ニコニコとクルマの後部座席に乗っている、というところです。
服装は、オープニングの宝石店のものとはちょっと違うようにみえます。
ショールはもっと大きなもの。
着物の柄もちょっと違う??
妹は洋装ですね。
ゴルフクラブという男根状の物体にも注目したいところ。
遺作「秋刀魚の味」にも ゴルフクラブは登場しますな。
これは、まあ、参考までに。
アサヒグラフ 1932年1月13日號
「一かけの襟巻 年を考へて」
という マフラー・ショール姿をまとめた記事です。
さっき クソみたいなシーンと書きましたが……
・川崎弘子はなぜ、自分の妹を轢いた 知りもしない男のクルマに
のこのこと乗りこんでしまったのか??
という問題があるんですが……
どうもこの「88」というナンバーが 大きな理由なんじゃないか??↓↓
という気がします。
詳しくは
二玄社・小林彰太郎責任編集「昭和の東京 カーウォッチング」
という本にあたっていただきたいですが、
どうも 「1」~「100」までの若いナンバー(東京市自動車番号標)は
交通巡査も手出しができない 特権階級のクルマの象徴だったらしいのです。
(ナンバーは持ち主に所属していたらしい。クルマを買い替えても引き継げる。また、ナンバーの売買もあった由)
(神奈川であればナンバーに「神」 埼玉であれば「埼」の字がナンバーにつくらしいので、
この「88」は東京市のナンバーだろうとおもう)
つまり……
川崎弘子は「88」を見た途端に
「高田稔=上流階級のお坊ちゃん」
と認識し、これは悪いことにならないだろうと判断した……
――のではなかろうか、とおもうわけです。
まあ、この推測もムリがあるような気がするが。
(車種がおわかりの方はご教授ねがいます↓↓)
(とくに縁起のいい?「88」は所有者がころころ変わっていたようである)
(よくわからないが 何年か前まで NASCAR随一のスター デイル・アーンハート・ジュニアもやっぱり 「88」という
カーナンバーだった。西洋人も好きな番号なのか??)
もとい……
納得できないことが多々ありますが、
何日か後、
川崎弘子&高田稔のおデートです。
(妹の松園延子ちゃんもいますが)
S56
S36とはまた別の着物のようにみえます。
が正直言うとよくわかりません。
仕事の時の着物とははっきり別のものです。
帯が気合入ってるな、という 実にボンヤリした印象しか書けないですが。
S69
また労働シーン。
今度はお着物の上にスモックです。
――……これはスモックですよね??
(それすら、なんだかよくわからない)
S87
えー、伊達里子が暗躍しまして……
某ホテルにおびき寄せられた川崎弘子。
その、ホテルの部屋で セクハラ社長坂本武にせまられる、というシーン。
これは冒頭と同じ格好だとおもいます。
S100
自宅でのシーン。
坂本武のセクハラ・パワハラ社長の会社をクビになった川崎弘子だが、
再就職が決まって笑顔。
羽織の柄がまた違うもの。
妹の松園延子ちゃんは外では洋装だが
うちでは和装です。
「少女の友」をかかえています。
この子はのちに大日方伝の奥さんになったそうな。
S104
再就職→初出社、というシーン。
さっきのS100の羽織の上にショール。
いぶかしげな視線の先には 窓拭きをしている高田稔がいるのですが、
距離があるのではっきりとわからない、というところ。
背景のアールデコ装飾の建物もおもしろい。
S111
再就職した会社の屋上……という設定ですが、
背景はどうみても朝日新聞本社。
となると、有楽町のなにかのビルなのでしょう。
というか、特定できそうな気もするが、今はその気力がないです。
S138
ラストシーン。
出所する高田稔を迎えます。
可愛らしいチェック模様のスモックというか 割烹着というかを着ています。
高田稔の伴侶となり、家庭を築くのでありました――という安易なイメージ。
どうも、この作品は底が浅い、というか、
月並み、というか。
出来が悪いですね。
いろいろかっこいいディテールはあるんですが。
キャラクターそれぞれも深みに欠けます。
俳優陣がどうこうというのではなくて、もともとのシナリオがまずいのです。
つぎ。
・吉谷久雄
S5
スリをして、群衆に囲まれる吉谷久雄。
われわれ観客は、まだ 高田稔が何者で 吉谷久雄が何者なのか? わかっておりません。
彼等が仲間同士である、という情報も まだ与えられていない状態で、このシーン。
サイズが合っていないダブルのジャケットが 胡散臭いイメージを醸し出しております。
右隣のハンサムな男の子は水兵さんなのか? と一瞬おもったが
髪が長いから船員さんかな?
外国の水兵さん??
S21
タートルネックのセーターに、不思議な柄のベレー帽? でしょうか。
かなり可愛らしい格好です。
こういう……「コロコロまん丸くて、セーターを着て」というキャラクターは
のちに小津作品に たくさん登場する悪ガキどもに受け継がれます。
S65
運転のときの格好。
スーツの上になにかコートを羽織ってます。レインコート?
ちゃんとネクタイをしてます。
悪者三人という設定ですが、クルマの中でもきちんと帽子をかぶってますね、この頃の人は。
左端の……エルヴィス・プレスリーみたいな人は
毛利輝夫。
翌年1931年、自殺します。
詳しくはウィキペディアをご覧下さい。
S72
室内でも靴をはいて、ベッドに寝ころぶ、という……
完全西洋風の生活。
当時の小津の発言をみますと――
ハリウッド映画の模倣から日本映画というのは始まっていますから
(まあ、どの国もそうだろうが)
やはり洋間での撮影の方が楽だったようです。
日本間での日本的な作法をどうやって撮るのか?
というのは、試行錯誤で決めていかなくてはならず、逆に大変だった由。
こうやって↓↓
男性のズボンのお尻をなめて撮るというのは、後年もやってますね。
カメラ位置はもっと低いが。
「出来ごころ」の大日方伝とか
「浮草」の川口浩とかが印象に残ります。
高田稔がヤクザから足を洗う、というところですが……
初期小津は、同性愛的な表現が目立ちます。
というか、まあ、小津作品は 「男-女」よりも
「男-男」「女-女」のほうが親密に描かれますね。
それは初期から晩年まで一貫してます。
構図は完璧な対角線で――
模範的なキスシーン。
もちろん、キスはしませんが(笑)
頭に巻いてるのはバンダナかなにか?
手拭?
このシーンはゴルフクラブだのピストルだの
フロイト的なシンボルにあふれております。
S94
一旦別れた 高田稔&吉谷久雄のコンビが再び出会うシーン。
高田稔はしょぼくれた格好なのに 吉谷久雄がパリッとしているという……
オープニングの見事な引っくり返しです。
こういうところを無駄な説明もなく、スマートに描写するあたり さすがです。
S65の帽子とはまた違うものでしょう。
ネクタイの柄も違うような……
S110
高田稔がビルの窓拭きになって、で
「兄貴、評判いいぞ」
とかいう場面。
このつなぎ(?)がかっこいいんですよね。
デニム地かなにか、ざらっとした布地。
いかにも自動車の整備してます、って恰好。
場所は……川崎弘子が佇んでいた有楽町のビルだろうか??
S139
ラストシーン。
刑務所から出所しました。
S94と同じスーツかな??
さいご。
四人目
・伊達里子
S20
伊達里子は一貫して洋装です。
・良い女(川崎弘子)→和装
・悪い女(伊達里子)→洋装
という、あまりに単純な構図なわけです。
えー、これは↓↓
なんというのでしょう。ファッション関係の語彙が少ないのでなんとも描写が……
ボブヘアー+洋装+タイプライター
と、モダンガアルの公式のような描写です。
昭和初期の文献など読みますと……
ボブはボブでも
「イイトン・クロップ」とかなんとかかんとか
いろいろな種類があったようで、
伊達里子のこれ↓↓ もなにか名称があるのでしょうが、私にはわかりません。
S24
すんごいモフモフの
ムートンコート。
個人的には 「ブレードランナー」のショーン・ヤングを思い出すんですが↓↓
「ブレードランナー」はフィルムノワールをかなり意識しているらしいですから、
伊達里子のモフモフもフィルムノワール由来なのかな??
ちとわかりません。
S27
ゴルフウェアなんですが……
もみあげ(?)……すごい髪の毛のほうに目がいってしまう(笑)
ちょうど同時代のアサヒグラフ 1930年1月26日號
「流行の混線」なる特集で……
奴すがた
などと批判されている髪型で……↓↓
あるいは、この頃流行ったのかもわかりません。
S65
これは吉谷久雄のところでも紹介したショット。
ヒョウ柄のムートンコート……
なんですが、
おとなりのハンチングの毛利輝夫がばっちりきまっているのに対して、
どうももっさりしてますね。
伊達里子がどうこういうのではなく、
1930年の段階では 女性の洋装姿というのはまだ未熟な印象です。
女性の洋装がこなれてくるのは 1930年代後半
例の高杉早苗・桑野通子・高峰三枝子の三人の時代になってから、でしょうか。
S69
これも……説明不可能。なんか「魔女」みたいな。
伊達里子の「千恵子」なるキャラクターは 「ただの悪い女」というだけでおもしろくもなんともないです。
伊達里子が魅力的なのはやっぱり「淑女と髭」でしょう。
S74
S65と同じヒョウ柄です。
ヒョウ柄というのは大昔からあったのだな。
モノクロなのでわかりませんが、ベージュ色のコートなのかな。
S112
くわえタバコでビリヤードをやる、といういかにも不良なシーン。
S24とおなじムートンコート。
伊達里子というと、こんな悪い役ばかりやってますが、
じっさいは文化学院出の良家のお嬢さまだったようです。
(当時の女優さんというと、元カフェの女給だの 元ダンスホールのダンサーだのがごろごろいた)
しかし、構図は凝りに凝ってるな。
こんなセットを作る予算もなさそうだし、ロケだとおもうのだが……
一体どこなんでしょうか??
えー、以上です。
服装調査。やってみるとかなり大変です。
誰に頼まれたわけでもないのに、「表」など作り始めるし(笑)――
さて、いつまで続くのか。