三作品目。初期の傑作。
見れば見るほどすごい作品。
小津作品の原点は「落第はしたけれど」にあり!
と言い切ってしまってよいでしょう。
服装調査の前にすさまじい点を簡単にまとめておくと――
①すべてを知り、すべてを支配する女
田中絹代たんが、斎藤達雄のネクタイ(=男根)を完全に支配しております。
さらには「あたしは、何もかも 皆知っているんです」
などというセリフを吐きます。
「全知全能」――これが以降、小津作品のヒロインの特徴となります。
代表的なところをみていくと、
「戸田家の兄妹」(1941)S6
高峰三枝子様は、兄の佐分利信に「早くなさい」と命令し、
「ネクタイはどこ?」と聞き、これからのスケジュールを兄に説明します。
遺作「秋刀魚の味」(1962)S12
岩下志麻ちゃんも父親・笠智衆にひたすら命令です。
「片付けろ」「遅くなるなら電話をかけろ」
そして家庭内のすべての情報を笠智衆に伝達します。
②大きくなったら
斎藤達雄が突貫小僧パイセンに……
坊や
大きくなったら
何になるんだい?
これは当然
「一人息子」(1936)S86
飯田蝶子の「坊や、でかくなったらなにになるだ」
に受け継がれますし、
「東京物語」(1953)S51
東山千栄子の「勇ちゃん、あんた、大きうなったら何になるん?」
というセリフに受け継がれ、
われわれを号泣させるわけです。
③階段
斎藤達雄と田中絹代が座り込む階段……
この階段から、「風の中の牝鶏」(1948)S86
田中絹代は佐野周二に突き落とされ……
その階段は「晩春」(1949)において
蓮實重彦先生のいう「不在の階段」に進化して――
遺作「秋刀魚の味」(1962)のラストで再び姿をあらわします。
もとい。
服装調査です。
服飾品中心目線でまとめると 「落第はしたけれど」は――
・斎藤達雄が着たかったスーツを着れなかったはなし
あるいは
・斎藤達雄が田中絹代にスーツを着せてもらうはなし
ということになりそうです。
表からわかることは
・学生ものは「学生服」→「和服」(普段着)→「学生服」……と衣装がころころ変わる。
・ヒロインはあくまで和服。
というところでしょうか。
あとあと見ていきますが、田中絹代S37の「盛装」は――
それまで地味な割烹着姿だっただけに、
「スタア・田中絹代、降臨!」
というような、かなり強烈な印象です。
(1930年当時は、まだ大スターというような存在ではなかったとおもうが)
・斎藤達雄
S2
学生服。腕には腕時計。
「時計」はテスト中であることを示してもいます。
個人的な感想だが……
斎藤達雄の顔は ちょっと怖めなので↓↓
「若き日」みたいにメガネをかけたほうがいいような気がする。
ちょっと狂気じみた印象なんだよな。
S3
教室の外では学帽をかぶります。
律儀です。
が、バラバラのズボンが 彼らが不良であることを示しています。
右端。斎藤達雄のとなりにいるのは 横尾泥海男。
「古川ロッパ昭和日記」にたまに出てきたな。
S4
若き日同様、下宿では和服。
ワイシャツにカンニングのメモをひたすら書いている。
S15
寝る時の格好。
S16
ふたたび登校。
学帽+学生服。
カンニングのためのシャツを
下宿のおかみさんが気を利かせてクリーニングに出してしまったため、
この表情。
S17
ふたたび学生服。腕時計。
テスト中です。
S23
卒業テストの合格発表をみる斎藤達雄。
学帽が強調されます。
S28
ここは下宿にいますので 和服(普段着)なんですが――
足の爪切り、という……
小津の好きなアクションがありますので、細かくみていきます。
机の上の和鋏。
タバコは革のシガレットケースに入れる、というディテールも興味深い。
無事、卒業できなかったことに絶望している斎藤達雄。
和鋏を首にあてて 自殺の真似事をします。
が、思い直して 足の爪を切り始める。
電気スタンドの形状など面白いが……
こういうモダンな形のスタンドはあまり出てこない気がするな。
S30
階下では、同級生たちが卒業祝いの食事をしている、という気まずいシチュエーション。
斎藤達雄は (卒業するとおもって)売り払った教科書を買い戻しに行く、といって
風呂敷をとりだす。
この風呂敷、という道具。
現代人はすっかり縁遠くなってしまっているので、興味深い。
S37
このS37は、「落第はしたけれど」のキモ……中心となるシーンなのですが、
その前提として
S34で……
及第生……
大学を卒業できた同級生たちを
うらやましげに見つめる斎藤達雄のショットがありまして――
(右端↑↑ 鳥打帽は笠智衆。笠智衆自身、はじめて役名がついた役がもらえた、といっている作品です)
で、S37
本来着るはずだったスーツを見つめる斎藤達雄です。
ここらへん、凡百の監督・脚本家ならば
セリフだの心理描写だので説明してしまうところでしょう。
脚本は、「若き日」でも組んだ 伏見晃。
「若き日」同様、小道具……服飾品の使い方がうまく、丁寧です。
前作の池田忠雄……池忠みたいな雑なシナリオではないです(笑)
(言わずもがなだが、池忠は「出来ごころ」あたりからいい仕事をするようになる)
・カンニングのワイシャツ。
・卒業して着るはずだったスーツ。
・田中絹代の編んでくれたネクタイ。
そういった小道具を使って、実に丁寧におはなしを編んでいきます。
腐っている斎藤達雄のもとに
盛装した絹代ちゃんがやってきます。
「お約束のネクタイ やっと出来たわ」
にこにこ。
Charming Sinners なる映画のポスターは シナリオでも指定されている。
ということは深い意味があるんだろうが、
よくわからない。
いやがる斎藤達雄にむりやりスーツを着せてしまう絹代ちゃん。
ネクタイ(=男根)をがっちり握っている。
「僕はこのネクタイを貰う資格はないんだ」
「僕は、背広なんか着られる身分じゃないんだ」
セリフもうまい。
あくまで服飾品中心で攻めます。
つまり、「実は、不合格だったんだ」「落第したんだ」とかいうセリフは使わないわけです。
勉強になりますね(笑)
対角線を使った、端麗な構図。
で、冒頭紹介しました、
全知全能のヒロイン。
S39
で。春休み明け。
ふたたび学校が始まります。
斎藤達雄の顔は明るい。
及第生は、まさしく「大学は出たけれど」で、職がみつからない。
一方、落第生は親の仕送りがあって裕福、というオチ。
これは↓↓
「応援団のユニフォーム」とシナリオでは書かれているんですが、
一体どういうモノなのか??
スウェットのようにもみえるが、1930年、日本帝国にスウェットみたいなものはあったんですか。
アメリカ合衆国ならありそうだが。
それとも、これはセーターか??
笠智衆が 斎藤達雄に学生服を着せてやっている。
無職の連中が、カネのある斎藤達雄をチヤホヤしているというシーン。
S43
学生服&学帽。
とにかく無帽ということはありえないことなのかな??
S57
で、どの本だったかで、蓮實重彦先生が褒めていた 美しいラストシーン。
応援団のユニフォームです。
左は横尾泥海男。
はい。ヒロインをみていきます。
といって、あまり変化はないのですが。
「朗らかに歩め」でカネを使い過ぎた反動か(笑)
・田中絹代
S5
絹代ちゃんは喫茶店の娘、という設定。
割烹着です。
S10
オカモチをもって 下宿にサンドウィッチを配達。
となりのガキは 突貫小僧パイセン。
オカモチの中身。
シナリオによるとコーヒーらしい。
疑似・母親、のような描写です。
S27
喫茶店での絹代ちゃん。
喫茶店のディテールが興味深い。
壁のポスター 「ビクターレコード 若き力の歌」
あと、なんというの? 新聞のラック。
あと学帽の対比もおもしろいところ。
不良っぽく崩した斎藤達雄の帽子と
月田一郎のきちんとした学帽。
絹代ちゃんは腕時計をしている。
「若き日」の松井潤子も腕時計をしていた。
深読みすると……雇われた女の子ではなく、
この店の娘ということを示しているのか?
S37
で、例のやつ。
何もかも知っているというところ。
S43
さいご。
街頭にて。
このシーンは ロケらしく ワンちゃんやら通行人やらがウロウロしていて
後年の小津作品にはありえないショットで興味深いです。
蒲田……撮影所付近で撮ったのかな?
以上です。
次回は……初期作品に飽きてきたので
一気に時間を飛ばして 「晩春」あたり見てみようかとおもうのですが、
どうなるかはわかりません。